小川航基〈後編〉尻に火が付いてからの成長曲線にあの中村俊輔が驚いた(桐光学園監督・鈴木勝大)【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【北中米W杯 日本代表選手の恩師を総直撃】
【前編を読む】小川航基〈前編〉泊りがけの遠征先で「帰れ!」と言ったら本当に帰ったが…(桐光学園監督・鈴木勝大)
FW小川航基(オランダ1部NECナイメヘン/28)
10代の頃から「東京五輪世代のエースFW」と言われた小川航基。日本代表デビューを果たした2019年E-1選手権・香港戦でいきなりハットトリックの離れ業をやってのけたが、2021年夏の五輪本番は落選。A代表定着も2024年アジアカップ以降。大器は想像以上の回り道を強いられた。教え子の成長過程を恩師はどう見ているのか。さらに話を聞いた。【前編】から続く。
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──高3で主将に就任した直後はエゴイストな一面も目立ったという小川選手ですが、その後は?
「僕との衝突はまだあります(笑)。2015年8月の兵庫高校総体1回戦で久御山(京都)にPK負けした時のことですね。僕は敗戦後はいち早く撤収する主義。にもかかわらず、小川は取材に時間をかけるなどダラダラした行動が目立ち、他の選手を待たせたんです。その様子を見てカチンと来て、『もうお前、練習来るな』と語気を強め、そのまま帰宅してしまいました。すると小川はその夜、僕の自宅までやってきた。自分もまだ30代前半で血気盛んだったので最初は拒否したんですが、妻が『高校生がここまで来てくれたのに帰しちゃダメだ』と言うので、家に入れて話して、和解したという形です」
──小川選手の行動力もすごいですね。
「そこは小川の良さだと思います(笑)。本人も初戦負けで冷静になれなかったと詫びていましたね。その悔しさを糧に最後の全国高校サッカー選手権を獲りに行ったんですが、3回戦で青森山田とPK戦になり、彼が外して負けた。あの経験は本人の中に刻まれたと思います。1つのプレーが世界への扉をこじ開けるか否か、人生を変えるかどうかということはある。小川はその厳しさを選手権で痛感したはず。その後のキャリアで彼はPKを外したことがないと言っています。2026年北中米W杯でもしPKを蹴る場面があれば、自信を持ってゴールに蹴り込んでほしい。PK戦のキーマンになる男だと僕は考えています」
──卒業後はJ磐田入りを選びました。
「U-18日本代表に呼んでくれた内山篤さん(静岡産業大学コーチチューター)が磐田出身というのもあり、スカウト担当だった中馬健太郎さん(磐田フィジカルコーチ)がずっと追いかけてくれました。多くのクラブが興味を持ってくれたのは確かですが、本人は桐光と代表活動の掛け持ちで忙しく、磐田の練習しか行っていなかった気がします」
──翌2017年からは磐田で高校の先輩に当たる中村俊輔(日本代表コーチ)とも共闘しました。
「若かった小川を見て、俊輔は『まだまだ甘い』と言っていましたね(苦笑)。この年はU-20W杯(韓国)にも参戦しましたけど、ケガで途中離脱を強いられた。磐田でコンスタントな活躍が叶わず、水戸にレンタルに行ったりしましたけど、本人もかなり苦しんでいたと思います。社交的な男なので付き合いも多く、サッカーに集中しきれない部分もあったかもしれません。時々、桐光には来ていましたが、自分に何が足りないのかを自分なりに考えていた様子でした。結局、東京五輪も逃す形になり、本当に悔しかったでしょう」
──横浜FCで俊輔さんと再会した2022年が彼の大きな転機になりました。
「『ここでダメなら終わる』くらいの危機感が本人にもあったはずです。シャドウで水を得た魚のように躍動し、J2で26点を取りました。小川はもともと心肺機能が強く、走れる選手なんです。監督の四方田(修平=大分監督)もその能力を高く買っていた。『前線の中で一番信頼している』と僕に話してくれたこともありました。このシーズンで引退した俊輔も『あそこまで大化けするとは思わなかった』と話していたようですけど、突き抜ける時期がいつ来るのか、選手によって違うんですよね」
コーチの中村俊輔と桐光OB2人の活躍を期待
──翌2023年夏にオランダへ渡り、日本代表にも定着しました。
「森保一代表監督は、東京五輪世代を見始めた時から小川に期待を寄せてくれていたのだと思います。その後、だいぶ時間はかかりましたけど、『やっと代表で使える選手になった』と感じているかもしれませんね。ただ、今は同じオランダで得点ランキングトップに立っている上田綺世選手(フェイエノールト)の活躍を目の当たりにして、相当な悔しさを感じているはずです。今は小川自身、クラブでスタメンから外れていますし、浮上のきっかけをつかもうと必死に取り組んでいると思います。その成果がW杯出場、本大会でのゴールという結果に表れてほしい。俊輔もコーチとしてW杯に帯同しますし、桐光OB2人には心から期待しています」
──小川、上田両選手を筆頭に、今の時代でも高体連出身が日本代表の重要な役割を占めています。
「一番のポイントはリバウンド・メンタリティーでしょう。今の時代に通じるのか、それは分かりませんが、高体連の選手は多少、理不尽なこともグループで乗り越えてきた経験値がある。協調性や責任感、一体感の重要性が刷り込まれているんです。それがもの凄く大きいのかな、と僕は指導者として感じています。伊東純也選手(ゲンク)も神奈川県出身ですけど、小川以上に知られていなかった。そういう選手がエース級になるんですから、高体連には夢がありますね。今の桐光の選手たちにも、俊輔や小川の背中を追ってほしい。彼らにはいい見本として日本代表の躍進に貢献してほしいと心から願っています」
(聞き手=元川悦子/サッカージャーナリスト)
▽おがわ・こうき 1997年8月8日生まれ、神奈川・横浜市出身。桐光学園サッカー部の高1と高3で全国高校サッカー選手権に出場。高3時に4得点を挙げて得点ランク2位タイ。Jの磐田、水戸、横浜FCを経て2023年夏にオランダ1部NECナイメヘンに移籍した。各年代別日本代表でプレーして2019年12月に日本代表初招集。代表デビュー戦のE−1選手権・香港戦で3得点。2024年3月、5年ぶりに代表復帰。W杯アジア3次予選で6試合4得点をマークした。身長186cm・体重80kg。
▽すずき・かつひろ 1977年11月26日生まれ、神奈川・横須賀市出身。桐光学園では元日本代表司令塔・中村俊輔の1学年先輩。3年次に主将を務めた。国士舘大在学中の1999年、ユニバーシアード日本代表としてスペイン・マジョルカ大会に出場。2000年にJ福岡入り。鳥栖、鹿児島、熊本でプレーして2006年に現役引退。熊本下部組織、2013年に桐光学園サッカー部監督に就任した。
