目指すは火星有人探査 NASAが次世代電気推進「MPDスラスタ」の大電力テストに成功
暗闇の中に浮かび上がる、赤くまばゆい輝き。これはNASA(アメリカ航空宇宙局)が公開した、次世代の宇宙用エンジンのテストを記録した映像です。
【▲ MPDスラスタのテスト実施を伝えるJPLの動画(英語)(Credit: NASA/JPL-Caltech)】
JPL(NASAジェット推進研究所)は2026年4月28日付で、将来の火星有人探査や深宇宙探査に向けた、新しい電気推進システムの初期テストに成功したことを発表しました。今回テストが行われたのは「MPD(※)スラスタ」や「MPDアークジェット」と呼ばれる技術のプロトタイプで、気化させたリチウムを推進剤として使用します。
※…Magnetoplasmadynamic(磁気プラズマ力学)の略。
パワーアップが求められてきた電気推進システム
宇宙空間の移動において、ロケットの打ち上げ時などに使われる従来の化学推進は強力な推力を得られる一方で、大量の推進剤を必要とします。わかりやすく言うと、出力が高い代わりに効率が低い推進システムなのです。
近年ではこれに代わる技術として、電力を用いて推進剤を加速させる電気推進システムが、深宇宙に向かう探査機などで活躍しています。JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小惑星探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」に搭載されたイオンエンジンも、電気推進の一種です。
JPLによると、電気推進は化学推進と比べて最小で10分の1の推進剤で、同じ速度に達することができる効率の高さが特徴です。その代わりに推力は化学推進よりも低く、長時間稼働しながらゆっくり加速させていく必要があります。また、稼働させるための十分な電力も必要になることから、現在では主に比較的規模の小さい探査機向けに設計されています。
そのため、もしも人間や重量のあるペイロード(搭載物)を火星へ送るための大きな宇宙船を作るとした場合、これまでとは桁違いの電力と推力を生み出す画期的なシステムが必要になるとされていました。
過去最高となる120キロワットの出力を達成

今回、JPLの真空施設でテストされたMPDスラスタは、大電流と磁場の相互作用を利用してリチウムプラズマを電磁気的に加速させる仕組みを特徴としています。その歴史は古く、1960年代から研究されてきた技術ですが、実際に宇宙空間で運用されたことはまだありません。
JPLによると、2026年2月24日に行われたテストにて、MPDスラスタのプロトタイプが最大120キロワットの電力レベルを達成しました。これは、現在NASAの探査機で使用されている電気推進システムの中で最も高出力な、小惑星探査機「Psyche(サイキ)」で使用されているものの25倍以上に相当します。また、アメリカ国内で行われた同種のテストとしても、過去最高の電力レベルだとしています。
今回のテストではMPDスラスタが合計5回点火されました。動画を見ると、スラスタの中心にあるタングステン電極が華氏5000度(約2800℃)を超える白熱状態に達し、鮮やかな赤いプラズマが噴射される様子がわかります。
NASAのJared Isaacman長官はプレスリリースを通じて、「このテストの成功は、アメリカの宇宙飛行士を火星に降り立たせるという目標に向けた、真の前進を示しています」と述べています。
人類を火星へ導く「原子力電気推進」に向けて
今回の画期的なテスト成功は、長大な開発プロセスの第一歩に過ぎません。JPLの主任研究員であるJames Polk氏らの研究チームは、今後数年で電力レベルをスラスタ1基あたり500キロワットから1メガワットに引き上げることを目指しています。
火星への有人ミッションを実現するためには、宇宙船全体で2〜4メガワットという莫大な電力が必要になると試算されています。これを達成するには複数のMPDスラスタを束ねる必要があるだけでなく、2万3000時間以上にわたって極度の高温に耐え、安定して稼働し続ける耐久性が求められるといいます。

これほどの電力を太陽電池だけで賄うのは難しいことから、将来的にはMPDスラスタと原子炉などの強力な電源を組み合わせた「原子力電気推進(Nuclear Electric Propulsion: NEP)」システムとして運用することが構想されています。2026年3月にNASAが発表した惑星間宇宙機「SR-1 Freedom」はその先駆けとなるもので、20キロワット級の小型原子炉と電気推進を組み合わせた原子力電気推進を採用し、ヘリコプター型探査機を火星へ運ぶ計画です。
将来、今回テストされた赤く輝くエンジンが、人類を赤い惑星へと導く原動力になる日がやってくるかもしれません。
文/ソラノサキ 編集/sorae編集部
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