2026年春、ひとつの調査データがインバウンド・観光業界にちょっとした驚きをもたらした。

【画像】インバウンド人気1位…! 中洲の歓楽街そばの“ナゾのショッピングセンター” 「キャナルシティ博多」の人気に納得する写真を一気に見る

「訪日ラボ」が発表した、2026年の『インバウンド人気商業施設ランキング(全国編)』である。全国4124施設を対象に、Googleマップ上に公開された口コミデータを収集・分析したこのランキングで、名だたる東京の最新ビルや関西の巨大モールを抑え、堂々の全国1位に輝いた施設が福岡の「キャナルシティ博多」だったのだ。

 調査期間の約1ヶ月間に寄せられた外国語口コミ数は188件。全国の商業施設の中でぶっちぎりのトップだったという。横浜赤レンガ倉庫(2位)や麻布台ヒルズ(3位)、阪急うめだ本店(5位)といった名だたる観光地、百貨店を相手になぜ、福岡の一商業施設がトップに立ったのか。


福岡の「キャナルシティ博多」

 東京や大阪の最新施設と比べれば、1996年開業のいささか年季の入ったこのショッピングセンターが、なぜこれほどまでに海外観光客を呼んでいるのか。その“ナゾ”を解き明かすべく、博多の街を歩いてみると、意外な理由が明らかになった。

 かつての「エアポケット」に生まれた巨大な街

 JR博多駅から西へ、あるいは九州最大の繁華街・天神から東へ。どちらから歩いても約10分ほどの距離にあるキャナルシティ博多。

 博多川を挟んで反対側には西日本一の歓楽街である中洲の南端「南新地」が隣接し、水商売のネオンや風俗店がすぐ近くに林立する独特の立地環境にある。

 この場所はもともと、明治時代から日本の近代化を支えた「カネボウ博多工場」の跡地だった。

 1959年に工場が閉鎖された後、カネボウプールやゴルフ練習場として使われていたものの、長らく新たな都市機能を担うことなく、約4万3000平方メートルもの広大な土地が取り残されていた。

 博多駅の移転と天神への商業集中が進み、この中間エリアは長らく「エアポケット」のように地盤沈下していたという。

 そこに目をつけたのが、地元のデベロッパー・福岡地所である。当初は25億円を投じるマンション建設計画が進んでいたが、「福岡のへそ」とも言えるこの土地を単なる住居にしてよいのかと方針を大転換。地元の商店街からの反発や、資金面での壁を乗り越え、「職・住・遊が融合した一つの都市を作る」という壮大なプロジェクトへと舵を切ったのだ。結果、開業日には20万人が来場した。

 当時を知る人は「もう30年も経つか」「最初から海外観光客も狙っとった」「いまもインバウンドのお客さんばっかりやろ?」という。実際、施設関係者によると半分以上は海外からのお客様だと実感しているという。

迷ってしまう商業施設…?

 現地に到着すると、その異様な外観に圧倒される。真っ赤な外壁、青や緑の縞模様、そして何より目を引くのが、有機的にうねる「曲線」だ。

 設計を手掛けたのは、六本木ヒルズやなんばパークスなどもデザインしたアメリカの建築家、故ジョン・ジャーディ氏。彼はこの場所に、“キャナル”という言葉通り“運河”を引き込み、自然界の要素(星、月、太陽、地球、海)を表現したという色彩のグラデーションを施した。

 館内に足を踏み入れると、現在自分が何階のどこにいるのか、方向感覚が徐々に奪われていく感覚を覚える。一直線に見通せる通路はほとんどなく、先が見えないカーブを曲がるたびに新しい景色が現れる。目的の店への行きやすさ、すなわち“効率”とは真逆の設計といえる。

 2018年7月11日付の産経新聞によると、ジャーディ氏に設計を依頼したのは、福岡地所の藤賢一氏(現株式会社CCD JAPAN代表取締役)だった。きっかけとなったのは1枚の写真。ジャーディ氏がデザインしたカリフォルニア州サンディエゴのショッピングセンター「ホートンプラザ」だった。

 ジャーディ氏の建築哲学は「人はまっすぐに歩かない」。そこに人は散策の楽しさを見出すというものだった。

傑出した何かがあるわけではない…なのになぜ?

 たしかに、建築としては非常にユニークで歴史的な意義も深い。しかし、テナントに目を向けてみると、GAPや無印良品、ニトリといったおなじみのブランドが並ぶ。もちろん、全国の有名ラーメン店が集まる「ラーメンスタジアム」や、スポーツ用品の「Alpen FUKUOKA」、ガンプラを主体とした総合施設「ガンダムベース」など、インバウンドに刺さる強力なコンテンツは揃っている。

 それでも、東京や大阪の巨大商業施設と比べて「キャナルでしか体験できない傑出した何か」があるかと言われると、首を傾げてしまうのも事実だ。それにもかかわらず、なぜ日本一海外観光客の注目を集める施設に選ばれたのか。

 その理由のヒントは、「時間消費型施設」という開業当初からのコンセプトと、博多という都市のコンパクトさにある。

 福岡は、直航便が充実するアジア各都市からのアクセスが抜群に良い。空港から地下鉄で十数分で中心街に到着し、キャナルシティ博多周辺に観光、グルメ、ショッピングがぎゅっと凝縮されている。団体客の行動を管理しやすい施設規模と構造も、旅行会社のツアールートに組み込まれやすい要因となっているのだ。

 さらに、キャナルシティ博多では韓国最大のカード会社「新韓カード」が発行する韓国内専用クレジットカードが使えるよう決済システムを整えたり、一括で免税手続きができるグローバルタックスフリーカウンターでは、現金だけでなく韓国で普及している「Naver Pay」での還付も選択できる取り組みを一早く始めていた。

ひときわ注目を集める“ショー”

 キャナルシティ博多の中で、ひときわ熱気を帯びている場所がある。地下1階の中央を流れる運河のサンプラザステージだ。ここでは、開業当時から続く噴水ショーが毎日開催されている。夜には、プロジェクションマッピングと音響、照明演出が加わった「キャナルアクアパノラマ」へと進化し、観客を魅了する。

 失礼を承知で書けば、ささやかな規模だ。しかし、この水辺には常に多国籍の人々が腰を下ろし、歓声を上げている。取材で訪れたのはGW真っ只中だったが、施設関係者によると、平時でもショーには多くの人が集っているという。

 ショーが終わったタイミングで、その場にいた外国人観光客に声をかけてみた。

 台湾から家族旅行で訪れていた女性はこう語る。

「純粋に買い物をしたいだけなら、東京に行きます。でも、私たち家族はそういう旅行を求めていません。美味しい日本食をランチで食べて、ぶらぶらして、疲れたらベンチに腰掛けながら噴水を眺めて……。そうしていると、大抵夜になっているので中洲の屋台街に向かいます。スローな時間をただ過ごす観光が心地いいんです」

 また、韓国から恋人と訪れていた20代の男性は、どこか感慨深げに運河を見つめていた。

「実は、僕が5歳の時に両親に連れられて初めて海外旅行に来たのが、福岡だったんです。そのときはこの噴水の中に入ってびしょ濡れになって。親にひどく怒られたときのことを彼女に話していました。それから20年くらい経って、久しぶりに来たんですけど、昔と全然変わっていなくて、興奮しました」

「モノ」を買う場所から、「時間」を過ごし、「記憶」を刻む場所として、稀有な立ち位置のショッピングセンターに成熟しているということがうかがえる。

30年目の決断、変わりゆく福岡

 開業から30年という節目の年を迎えたキャナルシティ博多は、今、大きな変化の波の中にある。

 長らく休業していた「ラーメンスタジアム」は、全国の選りすぐりの人気店を集めてリニューアルオープンし、連日すさまじい活気を呈している。

 ただし、その発展は順風満帆というわけではない。2011年に増床オープンした別館・イーストビルは、2023年に一度は建て替えによる再開発計画が発表され、閉館していた。しかし、昨今の急激な建築費の高騰を受け、計画を大きく方針転換。既存のビルを解体せずに活用し、2026年秋に“体験型”の要素を強めた商業施設として営業を再開することになったのだ。

 現在、福岡市は「天神ビッグバン」や「博多コネクティッド」といった規制緩和による大規模な都市再開発の真っ只中にある。街の風景が日々塗り替えられていく中で、キャナルシティ博多を開発した福岡地所の取締役・榎本一彦氏は、読売新聞のインタビューでこう語っている。

〈「商業施設というのはそんなに長持ちするものではない。世の中の流れがあり、人間の気持ちも変わっていく。30年は限度に近い。だからこそ、今後10年を考えると、次のステップが最も大事だ。仮に建て替えたらどうなるかというのは考えた方がいい。難しい課題だが、世界にはもっと面白いものがあるはずだ」〉

 歓楽街の脇のエアポケットから始まり、国内のみならず海外の観光客をも惹きつけるモンスター施設へと成長したキャナルシティ博多。

 ただ古いわけでもなく、ただ新しいわけでもない。それでも不思議と愛される。この“ナゾのショッピングモール”は、これからの福岡の街をどのように彩っていくのだろうか。

(「文春オンライン」編集部)