あのボクシング・山根明会長はなぜ失脚したのか…スポーツライター・小林信也氏が指摘するスポーツ界パワハラ問題の”闇”
“意図的に”作られたパワハラ問題
〈会ってみるとみな本当に愛すべき、魅力的な情熱家たちだった〉
これは作家・スポーツライターの小林信也氏の新刊『謀られたドンと女帝 スポーツ界の深い闇』(さくら舎)の一文だ。
日本ボクシング連盟の故・山根明元会長、女子体操指導者の故・塚原千惠子元強化本部長、レスリング指導者の栄和人志学館大学元監督、日本テコンドー連盟の金原昇元会長。本書で小林氏が取材した人々はいずれも選手や関係者から告発され、パワハラ問題の加害者として失脚した指導者たちだ。
かつて日本中から注目された“スポーツ界のパワハラ問題”について、小林氏は「本当にただの加害者だったのだろうか」という疑念を元に取材を続けていた。
当事者たちとの交流を続け、その本音や問題の背景を探った。すると、見えてきたのはただの”パワハラ問題”では片づけられないスポーツ界の深い闇だったという。
――加害者として失脚した指導者を取材した印象はいかがでしたか?
みんないい人だったんですよ。それなのに、なぜ悪者にされたのか。私が興味を持ったのはそこでした。確かに彼、彼女らはパワハラが問題視される前の時代に活躍し、成功してきた世代ですから、パワハラ体質がまったくなかったとは言えないかもしれない。
私がこの本で問いかけたいのはそのことよりも、「正義が悪を倒してスポーツ界を良くした」という世間の思い込みがまったく裏切られている現実です。取材を続けていくと、「悪い権力者を正義の告発者が立ち上がって追い落とした」というだけの単純な図式だけではなかった。なかには、彼らの地位を手に入れたい一部の人たちが「パワハラはいけない」という論調を切り札のように持ち出して、意図的に諮っていた背景もあるのではないか…そんな構図も見えて来ました。
確かに、問題が明るみに出れば社会が関心を持ち、体制の見直しが進みます。パワハラ問題自体もスポーツ界に先立って、社会全体で議論されていました。
ただ、本書で取り上げた人々については、ただのパワハラ問題というわけではないと気付いたのです。
当時、私はテレビなどのコメンテーターとして、たまたまこの問題に携わっていました。当初は被害者たちが訴える権力者たちの横暴に胸を痛め、寄り添うコメントを出していました。一方で十分な取材もしていないのに、告発者の主張を前提に、告発された人を非難する自分の姿勢も気になっていました。そのうちに、腑に落ちない矛盾を感じ、「私のコメントが、何かの策略に加担しているのではないか」とも考えるようになったんです。
騒動後もスポーツ界は変わっていない
――そうした背景が本書の取材のキッカケになったんですね。
騒動直後ではなく、時間が経ってから会えた人もいます。ボクシングの山根会長には、騒動から3年以上経ってお会いしました。
塚原千惠子さんに初めて会ったのも騒動の後、メディアがまったく取り上げなくなってからでした。テコンドーの金原会長と至学館の谷岡郁子学長には騒動の最中に直接会って話が聞けました。取材を通して皆さんと交流し、親しくなった。そして当時、騒動の渦中では告発した側の主張ばかりが事実として共有されたけれど、そこには何かしらの意図があって、告発された側から事情を聞くとまったく違う事実も見えていた。だから、みんなが本当だと思っていることの向こう側に、隠された事実もあることを伝える使命があると感じたのです。
そして知ってもらいたいのは「騒動後もスポーツ界はほとんど変わっていない。良くなっていない」という事実です。「権力者を排除した”新たな権力者たち”はもっと独善的だった」という声もあるほどなんです。
山根さんの“正義感”は私のそれとは全く違います。山根さんは「ボクシングの世界では権力を握った者が判定にも影響を与えられる。だから権力を手に入れて日本選手を勝たせるんだ」という信念で動いていた。私はその信念にはまったく賛同しませんが、それが当時アマチュアボクシングの背景にあったというのです。
とはいえ、加害者たちが告発される前のスポーツ界ではパワハラが日常的に行われてきた。続く中編記事『成功したのは大谷翔平ら一握り――「スポーツ界の闇」に切り込んだ小林信也氏が「スポーツはやらないほうがいい」と訴える理由』ではその理由について聞いた。
【つづきを読む】成功したのは大谷翔平ら一握り――「スポーツ界の闇」に切り込んだ小林信也氏が「スポーツはやらないほうがいい」と訴える理由
