国枝栄元調教師、71歳から始まった厩務員生活は「肉体労働は健康には最高。よく眠れるし飯もうまい!」
1978年に競馬界に入り、1989年に調教師免許を取得。以来、アパパネ、アーモンドアイという2頭の三冠牝馬をはじめ、多くの名馬を育てた国枝栄氏。今年2月に定年を迎えた氏が、華やかで波乱に満ちた競馬人生を振り返りつつ、サラブレッドという動物の魅力を綴る「週刊ポスト」のコラム連載「人間万事塞翁が競馬」。引退後は厩務員(ヘルパー)として第二の人生を送るという異例の決断をした氏が、調教師時代との生活の違いを綴る。
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ヘルパー厩務員として働き始めて3週間ほどがすぎた。
小島茂之厩舎のやり方は旧国枝厩舎とはだいぶ違う。新しい厩舎で造りが違うこともあって、厩務員としての作業のイメージがすぐに湧かないのだ。今までだったら調教に出るまでの流れも読めたけど、まだよく分からない。スタッフの顔と名前は覚えたけど、まだ担当外の馬についてもよく分かっていない。
朝は5時頃厩舎に出勤。小島厩舎では朝の調教に出る前にウォーミングアップのつもりでまず厩舎に設置してあるウォーキングマシンに入れる。時速5キロで45分間ほど運動をさせている間に空いた馬房の寝藁をあげたり掃除をしたりする。その後馬をウォーキングマシンから出してきて鞍を置いて、調教へ連れて行く。自分の担当馬の世話だけをすればいいというのではなく、追い切りに向かう馬の準備をしたり、調教が終わった馬を馬場まで引き取りに行ったりすることもある。追い切りをする前に角馬場で軽く乗ったりすることもある。
朝は10時ごろまで、午後は2時半から4時半まで。その間は座ったり一息入れたりする時間もないぐらい動き回っている。満杯の水桶を両手に持って運んだり、ボロ(糞)で汚れた寝藁を片づけたり、担当馬の体を洗ってやったり、とにかく体を動かしているな。肉体的にはきついといえばきついのだが、それも楽しいと感じることができる。馬に乗ったりしていたせいか、腰や背中が痛いとかっていうのはあまりない。
むしろ気疲れの方、仕事の段取りが体に染みついていないから、そのたびに確認したり、二度手間、三度手間で迷惑をかけてしまっている。これで給料をもらっているのでは申し訳ないという気になる。
それでも夜はよく眠れるので、体調はすごくいい(笑)。朝起きて今日も馬と一緒に仕事をするのだと考えるとワクワクする。食事は朝の作業が終わった10時半頃に摂るのだが、お腹がすいていて飯もうまい。年を取ってからは軽く茶碗半分程度だったのが、今ではどんぶり飯をかきこんでいるよ。肉体労働っていうのは健康には最高だと思う。朝の作業が終わった後の休憩時も、調教師の時は馬主さんとの連絡やいろいろ考えることがあったりして15分ぐらいうとうとする程度だったけれど、いまは1時間ぐらいすっと昼寝ができる。
厩務員としての担当馬最初のレースは4月25日、武豊騎手に導かれた鎌倉特別のトクシーカイザー(5着)。ふだんの「トクちゃん」はダートで3勝もした牡馬とは思えないほどおとなしくてかわいいんだ。
※週刊ポスト2026年5月8・15日号
