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決着までに7年あまりを要したヒグマ駆除をめぐる行政訴訟。3月下旬、最高裁判所が言い渡した確定判決で猟銃所持の許可を取り戻した北海道のハンターは、この長い闘いを「意義のある7年間だった」と振り返った。

ところが、その“完全勝利”の直後、思いもよらぬ事実が明らかになる。押収されていた猟銃のうち、最も重要な1挺──まさにヒグマ駆除に使用され、許可取り消しのきっかけともなった銃が、あろうことか捜査機関に「廃棄」されていたのだ。

関係者の誰もが耳を疑ったこの事態に、当事者の憤りは収まる気配がない。最高裁判決から現在までの経緯を整理する。(ライター・小笠原淳)

●「返してくれ」闘い続けたのに、なぜ“廃棄”なのか

「考えられないよ。よりによって、絶対に保管しておくべき1挺を廃棄するなんて…。どう考えてもおかしくないか」

北海道猟友会・砂川支部長の池上治男さん(77)は、そう憤りをあらわにする。長く続いた行政訴訟で代理人をつとめた弁護士からこの事実を知らされたのは、4月中旬のことだった。

検察が銃を廃棄してたと。理由は、私が廃棄に同意したからだって。何をか言わんやだ。一貫して『銃を返してくれ』と言い続けて裁判まで起こした人間が、廃棄に同意なんてするわけないでしょう。終わってるよ、警察検察も」

半月前の勝訴の喜びから一転、「ハンターの魂」を取り戻したはずの池上さんは、再び深い失望に突き落とされた。

●一度は負け、最高裁でひっくり返した「7年越しの完全勝利」

池上さんは、地元・砂川市の依頼でヒグマを駆除した際の発砲行為を警察にとがめられ、北海道公安委員会から猟銃所持許可を取り消された。

その経緯は、本サイトのみならず、報道各社がこれまで繰り返し伝えてきた。この処分を不服として札幌地裁に提訴し、一審では実質全面勝訴の判決が言い渡され、処分の撤回が命じられた。

しかし、公安委の控訴で争いは札幌高裁へ移り、二審は一転して原告敗訴。これを受けて、池上さんは最高裁に上告せざるを得なくなる。最高裁は昨年暮れに弁論期日を指定したことで、関係者らは再逆転の流れに期待を寄せることになった。

大方の予想にたがわず、最高裁は今年3月、二審判決を破棄して公安委処分を無効とする判決(https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-95768.pdf)を言い渡した。提訴から7年あまりを経て完全勝利に至った。

●ようやく謝罪、だが公安委員は姿を見せなかった

判決を受けて、池上さんと代理人(中村憲昭弁護士〈札幌〉、伊藤正朗弁護士〈三重〉、平裕介弁護士〈東京〉)は声明を発表し、最高裁の「破棄自判」を高く評価。

そのうえで銃の速やかな返還と謝罪を求めるとともに、今回の判断が全国のハンターに安心をもたらすことになるよう願うと訴えた。

敗訴が確定した北海道公安委員会は、判決当日の3月27日付で、初めて公式なコメントを出し、謝罪の意を示した。筆者が確認取材で得たコメントの全文は以下のとおりだ。

<北海道公安委員会といたしましては、今回の最高裁判決を重く受け止めております。池上様にご不便・ご負担をおかけしたことに対し、お詫び申し上げますとともに、すみやかに猟銃の返還に向けた手続きを進めて参ります。今回の最高裁の判決の内容を精査し、適正な行政処分の実施に努めて参ります。市町村や猟友会と連携しながら引き続きヒグマ対策に適切に対応し、道民の安全・安心な暮らしを守るよう、北海道警察を指導して参ります>

●「戻ってきてうれしいわけじゃない」謝罪の場に漂った違和感

謝罪を表明した公安委が銃の返還を申し出るのは、3日後のこと。連絡は警察を通じておこなわれた。その電話でのやり取りを、池上さんはこう振り返る。

「電話は滝川署からでした。当時、私の銃を取り上げた砂川署はその後の統廃合で滝川署に吸収されていた。で、用件を聞くと『銃をお返ししたい』と。直接やり取りして『言った・言わない』とかになると嫌なので、それ以後の交渉は代理人を通すようにと伝えました」

代理人の中村憲昭弁護士は3月30日、警察側に「オープンな場での銃返還」「対面での謝罪」を求めた。これを受けて、警察・公安委はおよそ1週間を経た4月8日、いずれも受け容れるとの意思を表明し、翌4月9日午前、報道陣が立ち会う形で謝罪が実現した。

しかし、その日に公安委員会のメンバーは一人も姿を見せず、訪れたのは、北海道警の保安課長だった。池上さんに笑顔は乏しく、眼の前で低頭する相手にこう尋ねている。

「公安委員会でなく、代理で来たんですね」

問われた相手は、しどろもどろにこう返すので精一杯だった。

「代理と言いますか、公安委員会の事務をやっておりますから…」

池上さんは「本当に反省しているとは思えなかった」と振り返る。銃の返還について報道陣に感想を問われても、表情は硬く「戻ってきてうれしいとか、そういうことはない」と言い切った。

「だってね、当たり前の状態に戻っただけなんだから」

●返ってきたのは1挺だけ…しかも“魂の銃”が消えていた

もっとも、池上さん本人は「戻った」としているが、その「当たり前」すら完全には回復されていなかった。

取り上げられた猟銃はライフル3挺、散弾銃1挺の計4挺。このうち2挺はすでに「返還」されたことになっているが、持ち主の銃所持が認められない状態だったため、取り扱い資格を持つ地元の銃砲店に預けられた。池上さんは、店に負担をかけたくないとして、いずれの銃も店へ「譲渡」した。

つまり、池上さんは残る2挺について返還を求めていたわけだ。では、4月9日に返還された銃は2挺あったのか。否。北海道警の課長らが持参した銃は、1挺のみ。残る1挺について説明がないまま、謝罪の場は終了した。

その1挺こそ、「銃はハンターの魂」と語る池上さんにとって特別な意味を持つ銃だった。2017年春、若くして亡くなった登山家であり猟師の知人から託されたライフルだ。

最後に面会が叶った際、病床の友に「使ってくれないか」と請われ、その場で「わかった、人のために役立たせてもらう」と約束を交わした。仮にほかの3挺が戻らなくとも、その1挺だけでも返してもらわなくてはならなかった。

公開謝罪から一夜明けた4月10日、代理人の中村弁護士が、銃を保管しているという札幌地検に問い合わせた。その4日後、返ってきたのは、耳を疑うような衝撃的な回答だった。

「適正に廃棄しました」

理由は「所有権放棄書へ署名をもらった」ため。では、その「所有権放棄書」を見せてほしいと求めると、「不起訴記録なので閲覧・謄写はできません」というのだ。

そもそも池上さんが、いつ放棄に同意したのか、実際に破棄されたのはいつごろなのか聞いても「お答えできない」ということだった。

●不起訴のあとも「返してくれ」と求めていたのに

裁判で問題となったヒグマの駆除行為があったのは、2018年8月。警察はその2カ月後に突然、池上さんに銃刀法違反や鳥獣保護法違反などの容疑をかけ、猟銃4挺を押収した。

事件は翌年春に書類送検されたが、札幌地検滝川支部の出した結論は、不起訴。上に引いたやり取りで検察の担当者が「不起訴記録」という言い回しを使っているのは、つまりそういうことだ。

廃棄されたとみられる銃は、持ち主の池上さんの思い入れが深い1挺であるのみならず、捜査機関にとっても不起訴事件の重要な証拠品となる1挺だった。中村弁護士から検察の報告を伝え聞いた池上さんは「私が放棄に同意するわけがない」と怒りを込める。

「同意なんてするわけないことは、先方もよく知っているはず。不起訴が決まった直後の2019年3月に、私は自ら旧砂川署へ赴いて『鉄砲を返してくれ』と頼んでるんですよ。しかし先方は『不起訴といっても起訴猶予とかのケースもあるから…』とか言って返還を拒んだ。

少なくともその時点で、私が銃を返してもらいたがっていると認識できていたはずでしょう。それをどうしたら『放棄書に署名』なんてできるんですか。もし事実だとしたら、警察検察はこちらに十分な説明をせずに『騙し討ち』で書類にサインさせたことになる。詐欺ですよ」

●もし裁判の途中で廃棄されていたとしたら

今回の問題の背景には、2018年のヒグマ駆除から始まる一連の経緯がある。時系列でまとめると次のようになる。

2018年8月 池上さんが砂川市の依頼でヒグマを駆除
2018年10月 道警が銃刀法違反などの疑いで池上さんを在宅捜査、銃4挺を押収
2019年2月 道警が北海道公安委員会に猟銃所持許可取り消しを上申、池上さんを書類送検
2019年3月 札幌地方検察庁滝川支部が不起訴処分を決定、道警が池上さんの銃返還要求を拒否
2019年4月 公安委が池上さんの銃所持許可取り消し処分を決定
2019年6月 池上さんが行政不服審査請求を申し立て
2020年4月 公安委が審査請求棄却
2020年5月 池上さんが札幌地裁に行政訴訟を提起
2026年3月 最高裁で池上さんの勝訴判決確定

検察の言う「廃棄」が事実だとして、いつ廃棄されたのか。池上さんの代理人らは、少なくとも裁判提起のころには処分されていたのではないかと推測する。池上さん自身もほぼ同じ見方だ。

「すでに銃が廃棄されてしまったのに札幌地裁が原告勝訴判決を出しちゃったもんだから、向こうは控訴せざるを得なくなったんじゃないか。その時は、よもや二審判決が最高裁でひっくり返るなんて思っていなかったんでしょう」

●謝られても、いちばん肝心なことは何も説明されていない

公安委や警察検察の対応も後手に回っており、不信感は募っている。

最高裁判決当日の謝罪文で、公安委は銃廃棄にまったく触れなかった。対面謝罪でも、道警は問題の1挺に一切言及しなかった。翌10日に代理人から照会を受けた検察もまた、回答を返すまでに4日間を費やした──。

この「廃棄」は適切だったといえるのか。中村弁護士が事態を把握した翌々日の4月16日、地元では札幌地検の新検事正着任記者会見が開かれることになっていた。

記者クラブ非加盟ながら同日の会見に参加した筆者は、この廃棄問題について加藤匡倫検事正に当時の処分の適正性を尋ねる機会を得ている。だが、その場で明答を得ることは叶わず、回答は「後日」に先送りとなった。

「そういったことが発生したということは承知をしております。この件につきましては後日、次席検事のほうから説明の機会を設けさせていただけたらと思っております」(加藤検事正)

本稿執筆時点(4月20日)で、その「説明」の機会はまだ設けられていない。

●「絶対に返さないぞ」処罰感情が暴走したのか

「捜査機関の『絶対に返さないぞ』という強い意志が垣間見えるようだ」

中村弁護士はそう指摘する。捜査当時、警察官が検察に退出した意見書には、池上さんの人格を否定するような文言を連ね、「短気で傲慢」「再犯のおそれがあり、改悛の情もない」「自己中心的」などの記述もあったという。

こうした“異常な処罰感情”の積み重ねが、今回の事態を招いたのではないか──。

最も重要な1挺は、なぜ廃棄されたのか。どのような手続きが取られたのか。池上さんと代理人らは、個人情報開示請求などを通じて、引き続き事実関係の解明を求めていく考えだ。