「待てません」借金の取り立てで妻が倒れた…物価高と介護で限界、定食屋夫婦を救った選択肢
「妻と一緒に働いて、たくさんの人を笑顔にできる店にしたいと思って開業しました。夢は叶いましたが、想像以上にお金がかかり大変です」
定食屋を営む坂田大輔さん(47・仮名)はそう振り返る。難病の妻を支えるために脱サラして開業したが、物価高騰と家族の介護費用が経営を直撃した。
返済が滞ると、わずか6万円の督促でも金融機関は店まで返済の催促に来た。精神的に追い詰められた妻は入院を余儀なくされた。
まじめに働く日常の延長線上で、「借金苦」は誰にでも起こり得る。坂田さんは弁護士に相談し、店を続けながら返済を見直す「債務整理」を選択した。
「もう銀行と話さなくていいと言われ、救われた」
その言葉には、孤立した当事者の切実な思いがにじむ。一人で抱え込まず、専門家を頼ることで、守れる生活がある。本稿はその現実を伝えたい。(ジャーナリスト・中村竜太郎)
●「妻のそばにいたい」脱サラして定食屋を始めた
坂田さんは2021年、東京・多摩地区に定食屋を開いた。
「仲良し夫婦が切り盛りする店」としてテレビ番組でも紹介され、唐揚げや生姜焼きが評判だ。グルメサイトでも高評価を得ている。
実家が飲食店だった坂田さんが調理を担当し、妻の理恵さん(仮名)が接客と経理を担う。高校生になる子どももいる。
穏やかな笑顔が印象的で、明るく飾り気のない坂田さんは、誰からも好かれそうな人柄だ。
「妻は難病を抱えていて、急に倒れることもあります。できるだけそばにいたいと思い、独立を決めました」
●開業当初に資材高騰のあおりを受けた
開業資金に必要な500万円は地元の信用金庫から借りることができた。自己資金は貯金や保険解約金を合わせて200万円で、合計700万円余を準備。コロナ禍の逆風もあったが、「やらなければ後悔が残る」と勝負に出た。
夫と夢をともにすることを決めた理恵さんは勤め先のガス会社を辞めた。もちろん、開業にあたっては、夫婦で事業計画を立てた。
だが、物件の建築費は、人件費や資材が高騰したため、当初300万円の見積もりから430万円に膨らんだ。
「大工さんへの支払いを終えた時点で、手元に残ったお金は70万円ほど。厨房機器や備品をそろえれば、すぐに資金は底をつきました」
家賃や光熱費、食材の仕入れ費用も重くのしかかり、開業時から余裕はなかったという。それでも「なんとかなる」と夫婦で励まし合った。
●定食屋を襲った米の値上がり「働き詰めで夫婦の収入は20万円」
飲食業界は競争が激しく、3年以内の廃業率は7割とも言われている。
平均的な利益率は8〜10%と低く、食材コストの上昇は赤字に直結する。高い初期費用と固定費が経営を圧迫した。
「お客さんに満足していただけるよう、定食1000円未満を目標にして、味とボリュームを売りにしました」
SNSも活用し、店は地元でも知られる存在になっていったが、売り上げは安定しない。とくに打撃となったのが、想定外の米の値上がりだった。
「仕入れ値は何倍にもなりましたが、定食にご飯は欠かせません。簡単に値上げもできず、どうにもなりませんでした」
働き詰めでも、経費を差し引いた夫婦の手取りは20万円に届くかどうか。そこから自宅の家賃や教育費、同居する義両親の生活費を賄うと赤字だった。
●経理担当の妻は「督促電話」に追い詰められた
高齢の両親の介護費用も重なり、その出費もばかにならなかった。「美味しい」という客の笑顔が支えになったが、それでも経営は苦しく、ついに支払いが滞り始めた。
「信金さんは待ってくれません。毎月25日に振り込まなければならないのですが、1日も猶予はないんです」
経理担当の妻の携帯や店に、業務中でも頻繁に督促電話がかかってきた。
「会社務めの経験しかなくお金の苦労を知らなかった妻は、催促電話を受けるのが初めての経験でした。それだけでも大きなストレスなのに、執拗な取り立てに心を病んでしまったんです」
●「待てません」信金の督促は店まで
信金は事情に十分耳を傾けることなく、事務的に返済を求め続けた。
「すみません、25日の支払いがまだなんですけど、3時までにいけますか」 「ちょっと待ってください。1日待てますか」 「待てません」
午後の入金を確認できないと、翌日には若い担当者が店を訪れる。その金額は6万円──。夫婦がやっとの思いで捻出した“大金”である。
●妻は携帯の呼び出し音に恐怖を感じるようになった
追加融資を頼んでも、信金は耳を傾けることなく、10年の支払期限を15年または20年に延長することを提案してきた。
利息は元金の倍近くになる。坂田さんは「これ以上の借金はできない」と辞退したという。
妻は携帯の呼び出し音に恐怖を感じるようになった。おそるおそる電話を取ると、いらついた声の担当者が「借りたのはご主人なんだから、ご主人に電話させてよ!」と言い放った。
●倒れた妻、追い詰められた夫婦
坂田さんが振り返る。
「最初に信金からお金を借りるとき、初めの担当者は親身にアドバイスをくれて、応援してくれたんです。人事異動で後継の担当者に変わると、ほとんど引き継がれていない様子でした」
支払いの相談をしたいからと、上司の支店長との面談を頼んだが、実現されなかったという。
「とにかく目の前の仕事を一所懸命して、お客さんに来てもらうしかありません」
夫婦にできることは限られていたが、すでに限界寸前だった。
「お客さんが来ないと食品ロスが出て赤字の要因にもなる。頑張っても心が空回りする。妻は自分の病気を抱えつつ家族の面倒をみて、僕以上に必死でやってくれていたのですが、ついには倒れてしまい2週間入院しました。やはり最大のストレスは信金からの取り立てでした」
●弁護士に債務整理を依頼
このままでは店を失うかもしれない──。限界を感じ坂田さんは、仕事の合間にインターネットで弁護士を探した。
店を手放さなくても済むように、自己破産ではなく任意整理を希望した。
「借金の債務整理には、借金を返す必要がなくなる自己破産や、減額などを求める任意整理があります。それぞれにメリットもデメリットもあります。でも、当時の私が求めていたのは、心を救ってほしいということでした。
藁にもすがる思いでしたが、メールや電話で問い合わせして面談し、最終的に説明に納得し、債務整理をお願いすることにしました。『もう信金と話さなくてもいいですよ』と声をかけてくれたときは、ホッとしたし、救われました」
弁護士に一任した後、信金の態度は大きく変わったという。
「どういうふうに決まったんですか」 「すみません、その話は保留にして、もう一回支店に来てください」 「支店長とお話しましょう」
●「お金を借りる側はすごい弱い立場」
「弁護士に債務整理の手数料を支払っても、お任せしたことで実際に精神的にすごく楽になりました。
後日、たまたま外で出くわした信金の担当者にあいさつしましたが、『ああ』というだけで足を止めることもなかった。
私たちが迷惑をかけたとはいえ、金の貸し借りの世界には人情がないのかなと思いました」
坂田さんは、この体験を通じて「お金を借りるというのは、すごい弱い立場」と感じている。
信金(300万円)と消費者金融(50万円)から借りたお金の任意整理を法律事務所に依頼。現在も弁護士の作った返済プログラムに沿って、無理のない計画で返済している。
●家族と常連客がいるから頑張れる
しっかりとした計画や十分な蓄えが必要で、事業を始めるにあたって、リスクの想定など自分たちに甘さがあったことは否めないと坂田さんは反省する。
しかし、お金のことばかり考えていた日々が苦しかったことは事実だ。
「あのままだったら、精神的におかしくなって最悪の展開になったんじゃないか、そんなことを夫婦でしみじみ話します。
すべては力不足の自分のせいだと思いますが、家族で手を取り合って頑張っていきます。子どもがいますし、踏ん張らなければならないですよね。
ほら、僕らには家族と同じくらい支えてくれる人がいる。『ここの唐揚げは日本一うまい』と褒めて通ってくれるお客さんたちです」
顔をほころばせた坂田さんの表情は穏やかだった。
