妻に財産を譲った夫 とんでもない額の税金が課せられた理由は?

夫婦が共同で築いた財産を分かち合う財産分与。財産の分け方・譲り方によって、課せられる税金が変わる場合がある。裁判資料と専門家への取材に基づき、ある夫婦の事例を再現ドラマで紹介した。
妻は専業主婦、夫は部下からの信頼も厚い銀行員の、都会で暮らす40代の夫婦。夫は職場の部下の女性に心を奪われ、許されないこととはわかっていながらも関係を深め自宅に帰る時間はどんどん遅くなっていった。妻もこの事態に気づいており、夫婦関係の崩壊は時間の問題になっていた。
妻側の弁護士は「奥様は離婚を望んでいます」と正式に離婚の意思を伝えた。こうなることは予想できていた夫は、自分が悪いのだからと要求を飲む形で離婚を決意した。
妻はこう条件を示した。「私はこの家に残って子どもを育てたい」。子どもたちへの影響を考えれば想定内のこと。夫は、現在の住まいを妻に譲って自分が出ていくことにした。この自宅は都会の高級住宅街にあり、敷地も200坪以上。敷地内には自宅だけでなく賃貸物件もあり、その価格は8億円にものぼっていた。
離婚協議は、財産分与として「全て妻に」という条件で話が進んでいく。夫の過ちが原因で離婚に至る今回のようなケースでは、夫婦間に3つの権利が生じる。まず慰謝料。不倫が原因の場合は100万円〜200万円が相場とされる。次に養育費。例えば夫の年収が800万円、妻が専業主婦で年収0円、子どもが15歳の高校生2人であれば、月額16万円から17万円程度が相場となる。3つ目が財産の分配。結婚している間に築いた財産は原則半分ずつ分け合うというものだ。
ただし、夫が父親から相続したものを元手に取得した土地や建物は特有財産と呼ばれ、財産分与の対象にはならない。前述の土地と建物はそれにあたったため、離婚となっても本来は夫の所有物のままであるはずだった。
それを承知の上での決断だったのか、せめてもの罪滅ぼしの気持ちだったのか、夫は全て妻に財産分与することを決意。慰謝料や養育費を一括で払っても1000万円から2000万円程度で済んだはずだった。
夫婦は離婚届に判を押し、離婚協議書も作成された。そこには、夫が持つ土地と建物および家具一式の所有権を妻に財産分与すること、その代わり妻は夫に対して慰謝料と養育費を一切請求しないことが定められた。夫婦そろって離婚協議書にもサインし、数日後には土地と建物の権利が夫から妻の名義に書き換えられた。

こうして夫は自宅を出て、交際相手と暮らすことになった。
新居で彼女と生活を始めた夫は、職場の上司に離婚を報告。自宅と土地は全て妻に譲ったと話すと、上司は驚いた様子で「君に納税の義務がかかる」と言った。夫はすぐに銀行の経営相談室へ駆け込んだ。
担当行員は「確かにこの場合、土地を譲ったあなたに納税の義務が発生します。それは譲渡所得税というものです」と説明。譲渡所得税とは、土地や建物、株式などの資産を譲り渡して得た利益に課せられる税金のことだ。
今回、夫には一体いくら課せられるのか。夫が税理士に相談すると「譲渡所得税は2億2000万円ほどになる」と示された。夫が妻に譲渡した不動産の時価は8億円で、取得時より価格が高騰していたため差額が莫大になっていた上、当時の税率が高かったこともあり、2億円を超える税金がかかるというのだ。
もし財産分与ではなく、財産を無償で相手に渡す贈与にしていた場合は、夫には税金を払う義務は生じず、受け取った元妻に莫大な贈与税が発生していた。その金額は4億円を超えると想像される。贈与か財産分与か、その名目の違いだけで、どちらに税が発生するかが全く異なるのだ。
自宅や土地を渡すこと自体には異論のなかった夫。しかし、贈与なのか財産分与なのかで課税の仕組みが変わることなど知らず、離婚の場だからと深く考えないまま財産分与という名目で手続きを進めてしまったことで、この事態を招いた。
夫はすぐに財産分与の無効を元妻側に申し出たが、元妻はその要求を完全に拒否。夫も譲らず、双方弁護士を立てて話し合いを続けたものの平行線に。夫は裁判所に財産分与の無効を訴え出ることにした。
裁判に向け夫側が立てた作戦は、「財産分与の合意が書かれた離婚協議書を無効にする」というもの。突然離婚を告げられて気が動転し、冷静な判断ができないまま離婚協議書にサインしたのだから離婚自体が真意ではなく無効であり、それゆえ協議書も無効だという主張だ。加えて最も重要な点として、自分に税金がかかることを知らなかったという事実を訴えた。
しかし判決は、夫の訴えを棄却するもの。離婚自体はお互いが合意したものなので無効にはならず、離婚協議書も無効にはならないとされた。さらに、課税されることを知らなかったという主張に対しては、勘違いをしていたことが明確に妻に伝えられていなかった以上、契約を無効にすることはできないという判断が示された。
こうして財産分与は認められ、夫には2億円を超える譲渡所得税が課せられることに。夫はすぐに控訴した。
控訴審で夫が新たに打ち出した主張は、「元妻側には弁護士がついていたのだから、財産分与で不動産を譲れば夫に税金がかかることは分かっていたはずで、これは詐欺行為に当たる」というものだった。
一方元妻も新たな主張を追加した。夫は長年銀行員として働いてきたのに自分に税金がかからないと勘違いするのは重大なミス。離婚を切り出されてから協議書にサインするまで1週間あり、その間に調査や専門家への相談ができたはずだ、そもそも離婚の原因は全て夫にあるのに今さら協議書を無効にしろとは社会道徳的にも許されない、との主張だ。

お互いの主張をぶつけ合うこと5か月。高等裁判所が下した判決はまたも棄却。税金に関して勘違いしていたことは認めるが、それが明確に伝えられていない以上、契約は無効にできないという判断だった。
だがこの判決に対し夫はさらに上告し、裁判の行方は最高裁判所へと委ねられることになった。
最高裁が下した判決は「原判決を破棄する」というもの。さらに「本件を高等裁判所に差し戻す」、つまり裁判をやり直せという指示も下された。最高裁は、財産分与の契約を交わした時の状況や行動から見て夫が勘違いをしていたことは十分に理解できる、そのあたりを考慮してもう一度裁判をやり直すように、と判断したのだ。裁判を始めてすでに5年が経過していた。
差し戻し審で夫はこれまで通り、錯誤、すなわち勘違いをしていたことを全面的に主張。一方の元妻は、土地と建物の財産分与があったからこそ離婚協議書にサインしたのであり、慰謝料も養育費も求めないという条件を受け入れたのだと新たな主張を加えた。さらに、離婚を切り出してから協議書にサインするまでの1週間で調査や専門家への相談ができたはずで、それをしなかったのは夫のミスだとも訴えた。
迎えた差し戻し審。裁判所はまず、夫が長年銀行員として様々な役職を務めてきたものの税務を専門とする部署の経験はなく、譲渡所得税に関する詳しい知識がなかったのは仕方がないと認定した。そして、数日間のうちに財産分与に関する調査や専門家への相談をしなかったからといって重大なミスがあるとは言えないとも認めた。
こうして裁判所が下した最終的な判決は、全面的に夫の訴えを認めるもの。妻名義に変更されていた自宅と土地は夫の名義に戻されることになり、夫に課せられた2億円を超える譲渡所得税も取り消すことが可能に。それに合わせ、財産分与の条件も全て白紙撤回となった。
ただし、現在同様の財産分与の知識不足によるケースが起きたとしても、同じように白紙撤回できるかどうかはわからない。財産に関する書類には、とにかくしっかり調べてからサインすることが何より大切。その後、夫が自宅を贈与したか慰謝料を払ったかは不明だが、一から財産分与に関する協議がなされることになった。
