とんでもないことになった…実家を売り払い、年金月15万円・元職人の父を老人ホームへ入れるも、わずか数ヵ月で「まさかの事態」。48歳息子夫婦が寝室を失い“居間に布団を敷いて眠る日々”を過ごすワケ【CFPの助言】
自宅で自立した生活ができなくなった高齢者が有料老人ホームのような施設に入居した場合、「亡くなるまでケアしてもらえる」と考える家族は多いのではないでしょうか。しかし、実際にはさまざまな理由で退居を余儀なくされ、新しい入居先を探さざるを得ないケースは少なくありません。今回は有料老人ホームの職員や他の入居者への暴言により退居を迫られた高齢者の事例から、適切な入居先の探し方などをCFPの松田聡子氏が解説します。
「プロに任せれば安心」…父の老人ホーム入居を決断した息子
埼玉県に住む岩井慎太郎さん(48歳・会社員)は、半年前、ある決断をしました。一人暮らしをしていた父・正三さん(78歳)を、介護付き有料老人ホームへ入居させたのです。
正三さんは元機械メーカーの工場長。典型的な職人気質で、曲がったことが大嫌いな性格です。数年前に妻・美佐子さんを亡くしてからは、持ち前の頑固さに拍車がかかっていました。そこに追い打ちをかけたのが認知症の発症です。
少しずつガスの消し忘れや近隣住民とのトラブルが目立ち始め、「このまま一人暮らしを続けるのは無理だ」。慎太郎さんは、そう判断せざるを得ませんでした。
けれども、慎太郎さんの自宅のスペースは限られており、在宅介護は現実的ではありません。正三さん本人は「家にいたい」と強く訴えました。しかし、慎太郎さんは父を有料老人ホームに入居させる方針を決めます。入居一時金を捻出するため、思い出の詰まった埼玉の実家を売却し、正三さんの年金月15万円で月々の支払いを賄う計画を立てました。
「これで父さんの生活は安心だ。あとはプロにお任せできる」--慎太郎さんは、長年の心配がようやく一つ片づいたような気持ちになりました。
老人ホームから度重なる電話、「まさかの事態」へ…
ところが、入居から3ヵ月が過ぎた頃、老人ホームの職員から慎太郎さんのスマホに頻繁に電話が入るようになります。
「お父様がスタッフや他の入居者様に暴言を吐いています」
現役時代、何十人もの部下を束ねていた正三さんにとって、自分より若いスタッフにあれこれ指示されることは耐え難かったかもしれません。認知症の症状によって自制心が失われ、プライドが攻撃性へと変わってしまったようです。
そしてついに、施設から正式な退去勧告が届きます。
「終身で面倒を見てくれると思っていたのに」
慎太郎さんは言葉を失いましたが、落ち込んでいる暇もありません。急いで次の施設を探し、別の有料老人ホームへの転居を手配しました。
ところが、新しい施設でも、正三さんの暴言が収まらず、再び退去勧告を受けることになったのです。ケアマネジャーに相談すると、「特別養護老人ホーム(特養)に申し込めますが、空きが出るまでかなり時間がかかります」という答えが返ってきました。特養の申し込みをしたものの、すぐに入居できる施設は見当たりません。
「とりあえず、うちで引き取るしかない」
そう決断せざるを得ませんでした。しかし、そもそも自宅のスペースが限られていることが理由で在宅介護を選ばなかったのです。結局、正三さんには夫婦の寝室を使ってもらい、慎太郎さんと妻はリビングに布団を敷いて眠る生活が始まりました。
夜中に何度も起き出しては部屋を徘徊する父の物音で、まともに眠れる日はありません。暴言が出ることもあり、妻は精神的に追い詰められていきました。
「まさかこんなことになるとは。実家を売ったのは間違いだったのか」と、慎太郎さんは途方に暮れるのでした。
有料老人ホームで「退去を求められる」のはどんなとき?知っておきたい契約の現実
「老人ホームに入れれば、死ぬまで面倒を見てもらえる」と思っている方は多いのではないでしょうか。しかし実際には、有料老人ホームであっても、一定の条件のもとで施設側から退去を求められる場合があります。
有料老人ホームの重要事項説明書には、退去を求める場合の事由を記載することが義務づけられています(老人福祉法に基づく)。主な退去事由は以下の4つです。
1.医療行為への対応困難
施設で多い退去理由の一つが、高度な医療行為が必要になった場合です。糖尿病が進行してインスリン注射が必要になったときなどは、医療職配置がない施設では対応が難しくなります。
2.長期入院
病気やけがで長期間入院が必要になった場合、退去を求められることがあります。期間の目安は3ヵ月以上としている施設が多くなっています。
3.暴言・暴力などの迷惑行為
他の入居者やスタッフへの暴力・暴言、夜間の奇声、器物損壊などが「通常の介護方法では防止できない」と施設が判断した場合に退去事由となります。認知症の症状によるものであっても、例外ではありません
4.利用料の滞納
再三の督促にもかかわらず支払いが行われない場合も、退去事由となります。
退去を求められた後、多くの施設では退去までの猶予期間を90日程度としています。この期間内に次の入居先を探さなくてはなりません。
有料老人ホームを退去する際には、さまざまな費用が発生する可能性がありますが、特に重要なのは入居一時金や敷金の返還に関するルールです。
施設に支払う入居一時金は、通常、償却期間に基づいて返還されます。入居後、一定の期間内に退去した場合、未償却分が返還される仕組みです。ただし、入居後90日以内の退去であれば、実費(日割り利用料等)を除いた入居一時金が原則全額返還されます。
退去時の費用負担ルールや返還条件については、契約書や重要事項説明書に明記されています。退去前にこれらの内容をしっかり確認しておくことが重要です。
「まさかの退去」を防ぐためにFPが伝えたい、入居前にできること
岩井家のような事態を防ぐために、入居前の段階でできることがいくつかあります。
1.認知症の進行を想定した施設選びをする
最初から「今の状態」だけで施設を選ぶと、認知症が進行したときに対応できない施設だったと気づくことになりかねません。認知症の行動・心理症状(BPSD)への対応力が高い施設として、「グループホーム(認知症対応型共同生活介護)」や認知症ケアに特化した有料老人ホームが選択肢となります。施設見学の際には「認知症が進み、暴言や興奮状態が出た場合、どのように対応するか」を確認しておきましょう。
2.契約書・重要事項説明書を家族全員でしっかり確認する
「終身利用」と書かれていても、それは「条件が整っている限り」という前提です。退去事由・退去までの猶予期間・入居一時金の返還ルールは、必ず入居前に家族全員で読み込んでおきましょう。
3.問題が小さいうちに施設側と連携する
施設から「最近、少し興奮することが増えました」といった報告があった段階で、家族が早めに面談を求めて動きましょう。また、認知症専門医(精神科・神経内科)を受診し、適切な治療法を施設と共有できると、退去勧告の回避につながります。
4.「次の選択肢」を常に持っておく
入居後も、グループホームや老人保健施設(老健)など、次の受け入れ先の候補をある程度リスト化しておきましょう。また、特養への申し込みは有料老人ホームに入居中でも可能です。「転居の可能性がゼロではない」と考えるなら、早めに申し込んでおくことも一つの備えです。
老後の施設選びは、今の状態だけでなく5年後・10年後の状態を想定した長期的な視点が欠かせません。そして、万が一の事態に備えた契約内容の確認が、「まさかの退去」を防ぐ最大の備えになるのです。
松田聡子
CFP®

