(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

巷で耳にする「高齢になると賃貸物件を借りるのは難しくなる」という説。これを聞いて不安になり、年金暮らしになる前に住宅を購入しようかと悩む人も少なくないでしょう。しかし、手持ちの資金ではなく「先々もらえるであろうお金」を頼りにローンを組むと、思わぬ事態により返済計画が狂う可能性もあります。今回は50代で組んだ住宅ローンの返済が苦しくなった60代夫婦の事例から、経済的に安定した老後のための選択肢をCFPの松田聡子氏が解説します。

「家だけは確保しなきゃ」…夫52歳で住宅ローンを組んだ夫婦

千葉県在住の秋山正博さん(63歳)は、会社員として嘱託勤務を続けています。妻の仁美さん(59歳)はパートで働き、成人した2人の子どもはすでに独立。夫婦2人の生活は穏やかに見えますが、実は毎月の住宅ローン返済に追われる日々を送っています。

正博さんが今の家を購入したのは11年前、52歳のときでした。

「転勤族だったので、ずっと社宅や賃貸住まいでした。ようやく本社に戻れて、子どもたちも独立した。それで、家だけは絶対に確保しておきたいと思ったんです」

この「家を確保したい」という思いの背景には、数年前、副業でアパート経営をしている友人との何気ない会話がありました。

「大家の立場からすると、正直、できるだけ年寄りには家を貸したくない。これが本音だよ」

入居の問い合わせがあっても、条件次第では断ることがある――。あくまで賃貸経営の話として口にされた一言でした。もちろん、その友人が正博さんの大家というわけではありません。それでも、秋山さんは老後への強い不安と危機感を覚えたといいます。

「自分が先にいなくなっても妻が困らないように、やっぱり家は必要だな……」

こうして、本社に異動が決まるとすぐに物件探しをスタート。千葉県内で3,500万円の中古一戸建てを見つけました。定年まであと8年。退職金で繰り上げ返済すれば何とかなると考え、自己資金500万円を頭金に、3,000万円の住宅ローンを組みました。

返済期間は28年。80歳まで返済が続く計画ですが、「退職金が1,500万円ほど出る見込みなので、年金生活に入る前に繰り上げ返済しよう」と考えました。当時の変動金利は0.5%、月々の返済額は9万6,000円ほどでした。

正博さんが60歳の定年を迎えて嘱託社員になると、年収は現役時代の約半分、350万円にまで減少しました。仁美さんもパートで年収100万円を得ていますが、世帯年収は450万円。月々の手取りは30万円台前半になりましたが、ここまでは想定内です。

しかし、ここから思わぬ問題が起きたのです。

こんなはずでは…老後に暗雲「まさかの落とし穴」

それは、勤務先の長年の業績悪化から制度が改定され、実際に受け取った退職金が1,200万円だったこと。65歳時点の住宅ローンの残債は約1,700万円で、正博さんは退職金で不足する分はそれまでに準備しようと考えていたのです。

1,200万円の退職金で、繰り上げ返済資金を別途500万円準備するのは簡単ではありません。転勤生活で貯蓄が難しかった秋山家では、同時に老後資金も準備しなくてはならないからです。

さらに、2024年3月に日銀がマイナス金利政策を解除。金融機関は住宅ローンの変動金利を引き上げ始め、秋山家の住宅ローン金利も、じわじわと上昇しています。

「このままでは月々の返済額がさらに増えるかもしれません。そうなれば年金生活になっても、返済が続いてしまいそうです」

正博さんの年金見込み額は月約14万円、仁美さんは月約8万円。2人合わせて月22万円程度です。そこから住宅ローン9万6,000円を払えば、残りは12万円ほど。突発的な出費も予想され、やりくりは極めて難しくなると考えられます。

「家を持ったために、かえって老後が不安になってしまうなんて……。今になって、賃貸のままだったらどうだったのか、あの時もっと考えるべきだったんじゃないかと、後悔しています」

正博さん夫婦は今、住宅ローンとどう向き合うべきか、真剣に悩んでいます。

50代からの住宅ローンが抱える3つの誤算と、高齢者賃貸の意外な真実

正博さん夫婦のように、「老後の住まいを確保したい」という一心で50代から住宅ローンを組むケースは珍しくありません。しかし、そこには現役時代には見えにくい、高齢期特有の3つの誤算が潜んでいます。

1. 完済時の年齢と60歳以降の収入の問題

50代でローンを組む際、多くの人が80歳完済などの長期計画を立て、それを「退職金で一括返済すればいい」と考えがちです。

しかし、金融広報中央委員会の「2023年家計の金融行動に関する世論調査」(二人以上世帯)によると、60代の世帯主がいる世帯でも、住宅ローン残高の平均は733万円にのぼります。定年後、再雇用や嘱託で年収が大幅にダウンしても、ローンの返済額は現役時代のままです。

正博さんのように手取り額の3割以上がローン返済に消える状態は、家計にとって非常にリスクが高い「返済困難予備軍」といえます。

2. 退職金と金利が想定外になるリスク

かつては「退職金でローン完済」が想定パターンでしたが、現代ではその前提が崩れつつあります。厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によれば、退職金制度を取り巻く環境は年々厳しくなっています。

・退職金制度がない企業の増加: 2018年の19.5%から、2023年には24.8%へ 上昇
・給付額の減少: 大学・大学院卒の定年退職者の平均額は、2018年の1,983万円から、2023年には1,896万円へと、約90万円減少

これに加え、2024年のマイナス金利解除以降、変動金利が上昇し始め、返済額が増加し続けることも懸念されます。

3. 「高齢者は家を借りられない」という恐怖の正体

正博さんを家購入に突き動かした「高齢者は賃貸住宅を借りられなくなる」という不安には、一定の根拠があります。

国土交通省の「住宅セーフティネット制度の見直しについて 」によると、賃貸人の約7割が、高齢者の入居に対して拒否感を抱いているのが実情です。主な理由は、孤独死や残置物の処理、家賃滞納への不安です。

しかし、国もこの状況を放置しているわけではありません。2025年施行の改正「住宅セーフティネット法」 では、高齢者などの入居を拒まない住宅の登録制度を強化し、入居後の見守り支援を行う仕組みが拡充されました。

「家を借りられないから買う」という選択が、実は「老後の資金をすべて家に投じてしまう」という別のリスクを招いている可能性を、冷静に見極める必要があります。

住宅ローンに縛られないセカンドライフのための処方箋

正博さんのように、年金生活を目前にしてローンの重圧に直面した場合、どのような解決策があるのでしょうか。ここでは、考えられる方法を整理します。

1. 住み替えと賃貸の再検討

もっとも根本的な解決策は、今の家を売却し、身の丈に合った住まいに移ることです。

・メリット: ローンを完済し、固定資産税や修繕費の負担から解放され、売却益が出れば老後資金に充てられる。

・デメリット:希望の条件で売れるとは限らない。「高齢者は借りられない」という不安に対しては、前述の住宅セーフティネット法の活用やUR賃貸住宅のような高齢者が借りやすい物件を探すのが現実的です。

2. 「リバースモーゲージ」という選択肢

「今の家に住み続けたいが、毎月の返済額を減らしたい」という正博さん夫婦にとって、有力な候補となるのがリバースモーゲージです。リバースモーゲージとは、自宅を担保に融資を受ける住宅ローンの一種です。

通常の住宅ローンと違い、毎月の支払いは利息のみで、元金の返済は契約者が亡くなった後に自宅を売却して充てる仕組みです。自宅に住み続けながら、月々の返済負担を大幅に軽減できますが、以下のような注意点があります。

・担保評価額の制限:融資額は自宅の評価額の50〜70%程度で、評価額が低い物件では十分な資金を得られない可能性がある

・長生きリスク: 融資限度額に達すると、存命中に融資が止まる可能性がある

・金利上昇リスク: 変動金利が一般的で、金利が上がれば毎月の利息支払額が増える

・不動産価格の下落リスク: 土地の価値が下がると、融資限度額が引き下げられることがある

・相続への影響:相続人が自宅を残したい場合は、一括返済する資金を用意する必要がある

正博さんの場合、まずは現在の自宅の査定額を確認し、ローン残債を完済できるかの見込みを立てましょう。そのうえで、リバースモーゲージが利用可能か、あるいは賃貸に切り替えたほうが生涯の収支が安定するかをシミュレーションする必要があります。

いずれにしても住宅ローンの老後の返済に不安がある場合、早めに専門家に相談し、自分たちに合った解決策を見つけることが重要です。

松田聡子
CFP®