2025年12月末、中国軍が台湾周辺で大規模演習を実施した。軍事ジャーナリストの宮田敦司氏は「中国の真の狙いは戦争を起こすことではなく、台湾社会に不安と混乱をもたらすことだった」という――。
写真=ゲッティ/共同通信社
中国の習近平国家主席=2025年12月27日、北京 - 写真=ゲッティ/共同通信社

■今すぐ台湾有事が起きるわけではない

2025年12月29・30日、中国軍が台湾周辺で軍事演習を行った。「正義の使命2025」と名付けられたこの演習には、陸軍、海軍、空軍、さらにミサイル部隊であるロケット軍や海警局が参加。中国軍機89機、軍艦や船舶28隻が台湾周辺で探知される大規模なものだった。

中国が台湾周辺で大規模演習を行うのは今回が初めてではない。2022年以降常態化しており、直近では2025年4月にも行われている。

こうした動きがあるたび、台湾や日本のメディアは「緊張激化」といった表現で報じる。今にも“台湾有事”が起きかねない危機的状況と言わんばかりだが、実は中国の狙いはそこにない。

では、いったい何が真の目的なのか。それは「台湾の消耗」と「国内統治」だ。

■「台湾の生命線を遮断する」

「軍艦と軍機が台湾を取り囲んだ」というと、今回の大規模演習があたかも台湾侵攻のリハーサルのように聞こえる。しかし、実際の演習内容を見ると、短期間で台湾を制圧する上陸作戦よりも、包囲・封鎖・遮断といった作戦が強調されていることがわかる。

特徴的なのは、上陸作戦を行う際には主力を担うはずの強襲揚陸艦4隻が台湾沿岸から160海里(約300km)離れた西太平洋に展開されていた点だ。中国軍は近年、大陸東部や南部の沿岸で上陸訓練を主とした演習をたびたび実施している。大型の移動式桟橋を搭載した船や民間船も交えたこの演習は、台湾への上陸作戦を想定したものとされる。

しかし今回、その演習の“成果”を発揮する様子は見られなかった。中国国防大の専門家は今回の演習の目標を「エネルギー補給線(=生命線)を遮断し、戦意を断つこと」と強調している。

この発言からは、一気に大規模な戦力を投入して勝利する戦争ではなく、台湾が消耗し、耐えきれなくなる過程を想定していたことがうかがえる。つまり前提にあったのは台湾の行動の自由を奪う構想だった。

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■真の標的は台湾社会そのもの

中国が展開しているのは軍事行動を伴った認知戦であり、その主戦場は台湾市民の意識にある。

海と空がいつ遮断されるかわからない状況が続けば、経済活動、物流、投資、観光に影響が出る。台湾社会の心理には不安と疲労が蓄積され、「この状態が続くなら、現状を変えたほうがいいのではないか」という空気が生まれてくる。

事実、台湾政府・与党は冷静な対応を強調しているが、野党・国民党をはじめとする勢力や一部メディアは「政策が危機を招いた」という見方を広めることで、世論を特定の方向へ引き寄せようとしている。

圧倒的な軍事力という恐怖によって恫喝するのではなく、持続的な圧迫によって意思を摩耗させる――これこそが、中国が軍事演習を繰り返し行う狙いである。

さらにいえば、こうした状況が継続的に繰り返されることで、戦争と平時の境界線は曖昧になり、「いつ戦争が始まってもおかしくない状態」は日常化する。台湾や日本は恒常的な警戒を強いられる一方で、緊張そのものに慣れてしまう危険も生じる。

いざ中台関係が本格的に悪化し、攻撃が迫っても、「これまでの延長線」に見えてしまえば初動対応は遅れる。中国はこの「慣れ」を戦略的に作り出しているのだ。

■“強い中国”を国内に向けてアピール

そしてもうひとつの狙いは、中国国内へのアピールである。

台湾問題は、習近平政権にとって対外戦略であると同時に、国内統治の象徴でもある。経済成長の鈍化、若年層の失業、不動産不況など、社会不安が蓄積する中で、「強い中国」を演出する材料として台湾を取り囲む演習はきわめて有効だ。

大規模演習を実施することで「外部の脅威」と「国家的使命」を強調するナショナリズムを動員する。「正義の使命」という演習名はまさにそれを示しているといえるだろう。

実際、演習の最大の観客は台湾や日本や米国ではなく、中国国内の世論であった。だからこそ演習開始後、国内のテレビ局は軍の勇ましい姿を収めた映像を放送した。「正義の使命2025」は習近平政権が国内の不満をコントロールするための政治的装置でもあったのだ。

■トランプ大統領は「何も懸念していない」

演習が開始された12月29日、トランプ米大統領はフロリダで記者団に対し、「何も懸念していない。彼らはあの海域で20年間も海軍演習を行っている」と発言している。

もしトランプ大統領が本気でこのように考えていたとしたら、中国の認知戦に飲み込まれていることになる。

先に触れた通り、中国が企図しているのは戦争を起こさず緊張だけを維持し続けることで、台湾や日本、米国が「危機を危機として受け止めなくなる状態」を長期的に作り出すことだからだ。

2026年4月には米中首脳会談の開催が予定されている。トランプ大統領がこのような認識のまま場に臨み、レアアースの確保や貿易に関する合意を引き出すために台湾問題に関して譲歩に譲歩を重ねた場合、米台関係は危機に直面するだろう。

ひいてはアジア全体の安全保障構造が激変する可能性すらある。日本をはじめとする周辺の同盟国も、米国の関与を前提とした防衛計画の抜本的な見直しを迫られるかもしれない。

■中国の斬首作戦を批判できなくなった米国

そして米中関係に関しては、ここにきてさらに大きな懸念が生じている。

1月3日、米軍はベネズエラに対し攻撃を行い、ニコラス・マドゥロ大統領を拘束した。これは結果的に中国に対して格好の口実を与えてしまったことは間違いない。中国が台湾に侵攻する際に実行するであろう「斬首作戦」を、米国が批判する道義的根拠を自ら損なったからだ。

斬首作戦とは、要人の暗殺や拘束によって敵国の指揮系統の無力化を図る手法を指す。中国は以前からこの作戦の準備を行っている。

内モンゴル自治区内にある中国軍最大の訓練場・朱日和合同戦術訓練基地には、2015年に台湾総統府を模した建物がつくられている。その後も外交部(外務省に相当)や司法院、国防部後備指揮部を模した建物を続々と建設。さらには模擬総統府と模擬司法院をつなぐ全長280メートルの地下道も完成済だ。

過去には兵士たちが建物周辺で訓練をする様子が国営中央テレビで映された。現在もここで台湾指導部を排除する作戦の訓練が行われていると見られる。こうした建物の存在自体が、台湾に対するプレッシャーになっているはずだ。

■「遺憾の意」で終わらせない

2026年の日本に突きつけられた安全保障上の重要課題は多い。以前から継続されてきた日本周辺における中国軍艦艇・航空機の活動、尖閣諸島周辺での中国海警船の活動、台湾周辺での大規模演習の常態化に加え、新たに台湾近海における艦艇や航空機を動員した「斬首作戦」に関連する動向への対応が必要になってくる。

しかし少なくとも前者二つについて取るべき基本姿勢は決まっている。過剰に反応して深刻な対立を招くのではなく、かといって「遺憾の意」などという曖昧な抗議で既成事実化を許さないこと。そして海上保安庁、自衛隊、外務省や政権がそれぞれに役割を分担しながら連携した体制を作ること。これらを粘り強く積み重ねることが抑止そのものになる。

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宮田 敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。中国・北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。
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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)