東急新社長・堀江正博の「イノベーション、新産業が生まれる街づくりを!」
創立は1922年(大正11年)で、2022年に創立100周年を迎えた。創業者・五島慶太(1882―1959)は鉄道省(現国土交通省)の官僚出身で、民間の電鉄経営に身を投じた。
戦前、首都・東京が膨れ上がっていく中、五島は鉄道事業、宅地造成に乗り出している。
沿線の田園調布、洗足といった宅地開発、さらに沿線に学園(大学)を誘致し、若い世代も集う街、文化性の高い街づくりを目指してきた。
現在、東急目黒線と大井町線が交差する大岡山(目黒区)に東急は戦前、蔵前高等工業(通称)に土地を提供、同校を誘致。同校はその後、東京工業大学として発展。その東京工大は今年、同じ国立の東京医科歯科大学統合し、東京科学大学として新しいスタートを切る。
慶應義塾大学の日吉キャンパス(横浜市港北区)も同様に土地を提供して誘致。また東京都立大、東京学芸大など沿線に立地する大学や小・中・高の学園も多い。
こうして東急沿線内の開発が進んだ。言ってみれば、東急コミュニティの構築。それが最近は鉄道に見られるように他社路線とつなぐことでの経済圏拡大である。
〝つなぐ〟という発想─。
「東急線を(国営の)山手線とつなぐという構想が創業者の五島慶太翁にはありました」と語るのは東急会長・野本弘文氏。
祖業の鉄道とは何か? という本質的な問いかけをした時に、「東急の場合はやはりお客様を目的地まで、より早く、より便利につなげることが最大の利便性だと」(野本氏)ということ。
〝つなぐ〟ことで新しいサービスを開発
「五島翁以来のつなぐという思想が今の東急の基礎作りにつながっている」(同)という考え方。
最近では、東横線が神奈川県南西部を地盤とする相鉄線とつながり、新幹線・新横浜駅ともつながった(2023年)。それ以前に、東横線は東京メトロ副都心線とつながっているので、埼玉県や栃木県など北関東圏に行く利便性も高まっている。
こうしてJRや他の私鉄との連携、つまり、他社のルートとつなぐことで、同.社の営業距離数もぐんと伸びた。もともと東急だけの営業距離数は、104.9キロと他の大手私鉄と比べて短い。
同じ関東地盤の東武鉄道(463.3キロ)、西武ホールディングス(176.6キロ)、京成電鉄(152.3キロ)、小田急電鉄(120.5キロ)などと比べても東急のそれが短いのが分かる。
他社との連携の中で顧客の利便性向上のために社会インフラ基盤を拡充するという戦略。
そのような戦略も踏まえて、堀江氏は生活サービスの充実に注力し、「新しいサービスを開発していきたい」と抱負を語る。
「東急沿線が日本の中で最も優れた生活サービスを提供していると思ったら大間違いで、それは他社さんの、小田急さんでもいいし、京王さんや西武さん、あるいは都心で森ビルさんなどが提供されているようなもので、『あれ、これってうちにはないよね』というものは積極的に拾い上げていきたい」
堀江氏は、そうした新サービスの展開について、「それは僕らが手がけるのか、あるいはその分野で上手な方がいらっしゃって、そういった方々に来てもらう。これはやりようがあります。全て1から10までわれわれでやるというのは、そもそもできないことですしね」と語る。
街に厚みを!
街に厚みを─。「われわれは沿線の付加価値というか、生活のしやすさ、あるいは楽しさを提供していくと」と堀江氏。
東急グループは生き方・働き方改革の中で、『楽しさ』、『豊かさ』、『美しさ』の3つをキーワードに掲げて沿線の都市・郊外開発を進めてきた。
