■新聞各紙が菅政権の責任を追及する社説を一斉に掲載

観光支援策「GoToトラベル」の事業が年末年始の12月28日から来年1月11日まで全国一斉に停止される。12月14日に政府がこの決断を表明すると、新聞各紙は揃って菅義偉政権の責任を追及する社説を掲載した。

写真=時事通信フォト
記者団の質問に答える菅義偉首相(左端)=2020年12月16日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

権力の監視はメディアの重要な役目のひとつだ。新聞がときの最高権力である政権を批判することは必要だ。しかし、感染拡大防止と社会・経済活動の両立を基本方針に掲げ、難しい舵取りをしながら日本を引っ張っている菅政権を一方的に真っ向から否定するのはいかがなものだろうか。

断っておくが、沙鴎一歩は菅政権を全面的に擁護するわけではない。これまでの連載を読んでいただければ分かると思うが、スタンスは常に是々非々である。

■左から右まで新聞社説がここまで批判的なのは珍しい

菅政権を批判する新聞各紙の社説の見出しを並べてみよう。

朝日社説「政策を転換する時だ」(12月16日付)
東京社説「遅きに失した決断だ」(同)
毎日社説「後手に回った責任は重い」(15日付)
読売社説「感染抑止優先で安心を与えよ」(同)
産経社説「28日まで待つ必要あるか」(同)
日経社説「GoTo停止でも続く医療逼迫の不安」(同)

表現の温度差はあるものの、どの社説も「感染拡大が続く状況下でGoTo停止の決断が遅すぎた」と批判する。左から右まで新聞社説がここまでそろって批判的なのは珍しい。

新型コロナウイルスは人から人に伝播する。だから感染予防の基本は人の移動を制限することだ。制限すればするほど、感染の広がりを抑え込むことはできる。

その反面、制限が強化されるほど社会・経済はダメージを受ける。今回のGoToトラベルの一時停止によって、ホテルや旅館、飲食店などは年末年始の収益が大きく落ち込む。野村総合研究所の試算によると、GoToトラベルの停止期間の経済損失は893億円に上る。

新型コロナウイルスは無症状の感染者が多く、感染の有無自体が分からない。隔離の原則が通じない。つまり駆逐できない病原体なのである。多くの人々が感染して自然に免疫を獲得するか、あるいは安全で有効なワクチンによって免疫を人工的に獲得しない限り、ウイルスは終息しない。

■防疫と社会活動のバランスを保つことが大切

それでは集団免疫が形成されるまでどうすればいいのだろうか。春や夏の第1波や第2波で経験したように非常事態宣言や欧米のようなロックダウン(都市封鎖)で感染拡大を抑え込んでも、それは一時的なものだ。

新型コロナウイルスをコントロールするには、人の移動制限などの防疫を実施すると同時に社会・経済活動を続けていくことが求められる。そこで大切なのがバランス感覚である。防疫に偏り過ぎるのも、人の動きを活発化させすぎるのもよくない。肝要なのはこの両者を天秤にかけて均衡を保つことである。

12月18日から1月11日の期間は、施設の利用料を割り引く「GoToイベント」と、飲食店を支える「GoToイート」の食事券についても全国で一律に新規の販売が停止される。こうした「GoToキャンペーン」はどれも人の動きを促すもので、確かに感染拡大の一因にはなる。だからと言ってキャンペーンを停止すれば、それで問題が解決するわけではない。

■菅首相が「GoTo停止」を公表した夜に7人と会食

会食に対し、政府はGoToイートについての適用を「原則4人以下」の利用に制限するよう全国の知事に要請している。それにもかかわらず、菅首相がGoToトラベルの停止を公表した14日の夜、自民党の二階俊博幹事長や林幹雄幹事長代理ら計7人と会食していたとして批判を集めている。

写真=iStock.com/SamuelBrownNG
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SamuelBrownNG

報道によると、問題の会食は東京・銀座の高級ステーキ店で開催された。プロ野球ソフトバンク会長の王貞治氏、俳優の杉良太郎氏、タレントのみのもんた氏、政治評論家の森田実氏らも参加していた。全員が重症化する可能性が指摘されている高齢者だった。アクリル板の設置はなく、菅首相自らが勧める「マスク会食」もなかった。

菅首相以外は20年前から時折集まっているメンバーで、菅首相は2時間ほど遅れた午後9時ごろに参加し、簡単に食事だけをして話もほとんどせずに帰ったという。

■野党が積極的なのは「感染リスクがあるから」ではない

国会では野党が「大人数での飲食の自粛を国民に求めている最中の首相の行動は問題だ」と追及した。

菅首相は16日、問題の会食について「他の方との距離は十分にあった。だが、国民の誤解を招くという意味では真摯に反省している」と陳謝した。

確かに政府が「原則4人以下」と呼びかけている最中では、誤解を招く行動だろう。しかし十分な距離があれば感染のリスクは小さい。会場は高級ステーキ店というから、距離と換気に問題はないだろう。

野党がこの問題追及に積極的なのは、「感染リスクがあるから」ではなく、「菅首相を批判できるから」だろう。厳しい経営を強いられている飲食店の関係者は、こうした政治的パフォーマンスをどう思うだろうか。こうした批判を続けているから、野党への支持が伸びないのではないか。

■ウイルスを駆逐できない以上、経済活動の在り方を議論するべき

12月16日付の朝日新聞の社説は「医療現場の一部は既に崩壊の危機に瀕している。遅きに失した判断と言わざるを得ない。中止を求める専門家らの声を無視し、事業を続けてきた菅政権の責任は、極めて重い」と書き出す。

「遅きに失した」「無視」「極めて重い」とかなり手厳しい。安倍晋三政権を引き継ぐ菅政権を嫌う朝日社説らしいが、冷静さに欠ける。感情に流されている。かつて朝日社説が誇った理性や知性はどこに消えてしまったのだろうか。

朝日社説は指摘する。

「菅政権はこれまで、感染拡大防止よりも経済活動の維持に軸足を置いてきた。しかし第3波とされる流行が一向に収まらない今は、政策の優先順位を見直すべきだ。長い目で見れば、それが本格的な経済回復にとっても近道なのではないか」

朝日社説は、「本格的な経済回復」に結び付くのは、経済活動の維持よりも感染拡大防止だと強調する。しかし、新型コロナウイルスは駆逐や根絶ができる病原体ではない。

2002年〜03年に東南アジアを中心に流行したSARSウイルスとは違う。大半の専門家がそう考えている。駆逐できない以上、経済活動を再開する時期など、今後の社会の在り方についての議論が欠かせない。朝日社説にはそうした視点がない。

■「地方経済の下支えに有効であることは結果が示した」と産経社説

12月15日付の産経新聞の社説も、保守派とは思えないほど厳しい。

「印象は遅きに失し、中途半端である。これで感染拡大と戦えるのか、不安である」と書き出し、「菅義偉首相は『皆さんが落ち着いた年明けを迎えることができるように、最大限の対策を講じる』と述べた。それならなぜ全国停止を28日まで待つのか」と主張する。

産経社説の「感染拡大と戦う」という表現は間違っている。人類はウイルスなどの病原体と戦おうとして何度も失敗してきた。重要なのは、戦うことではなく、感染症をうまくコントロールすることだ。

「28日まで待つ必要があるのか」との主張もよく分からない。いきなりGoToトラベルを停止すると支障が出る。菅政権はそう判断して余裕を持って28日からとしたのだろう。

産経社説は朝日社説とは違ってこんなことも書いている。

「トラベル事業とは、国による移動の推奨である。それ自体が悪いのではない」
「トラベル事業が地方経済の下支えに有効であることは結果が示した。この成功体験に自信を持ち、感染が収束傾向に転じるのを待って堂々と再開すればいい」

菅首相はGoTo事業の旗振り役を務めてきた。この政策で救われた事業者は多い。自粛だけでは社会経済のほうが死んでしまう。人を殺すのはウイルスだけではないのだ。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)