中国の貧困 世界2位の経済大国が直面するジレンマ(2)
中国は人口規模でとてつもない超大国であり、また、貧困人口も想像を絶するほど多い。
貧困とは何か、貧困層とはどんな人びとを指すか、また、貧困率とは何を意味するか。
一般に、貧困率の測定は、ある所得以下の状態を「貧困」と定義しようという前提があるが、そのラインを貧困線という。貧困線以下の人びとの人口割合を貧困率という。それらを判断する基準または指標は決して世界的に統一されているわけではない。
経済協力開発機構(OECD)の貧困の定義が、ちょうど真ん中の順位の人の所得(中位所得という)の半分以下ということになっている。
OECDによる相対的な貧困線・貧困率はどの国にも適用できる物差しであるが、これとは別に、各国が自国の貧困線を定めている場合がある。これが、日本においては、生活保護基準に該当する。一般的には、生活保護基準に満たない生活が貧困であるとされている。しかし、生活保護基準のどこまでをどういう定義で貧困線とするか、研究者によって十人十色である。
貧困撲滅にはまず貧困状態を確定するための基準を定め、貧困状態にある人びとの数を把握しておかなければならない。1985年、中国国家統計局は中国初の農村貧困線を発表した。それは、(1)1人1日あたりの必要な栄養摂取量(2100キロカロリー)、(2)食費支出、(3)エンゲル係数などをベースに計算した結果、1985年農村貧困線を1人あたり年間199.6元とした。この貧困線は物価水準と経済発展水準の変動にスライドさせてほぼ毎年調整されるようになっている。
貧困の度合いなどからして、貧困は「絶対貧困」と「相対貧困」という二つに分類されるのが普通である。中国でも、貧困人口を二つに分ける。一つは、いまだに「温飽問題」を解決できていない、つまり、最低限の生活水準すら満たされていない絶対貧困者で、具体的には1人あたりの年間純収入が785元以下(2007年貧困線)の人びとである。これらの絶対貧困者は1479万人いる(07年)。もう一つは、1人あたりの年間純収入が786元以上1067元以下の低所得者(相対貧困者)であり、その数は2841万人にのぼる(07年)。つまり、07年現在、生活水準が極めて不安定な状態にある低所得者も入れると、中国の貧困人口は合計4320万人以上に及び、ほぼミャンマー一国の総人口にも匹敵する数となる。
一方、08年末、中国政府は貧困線を引き上げると同時に、絶対貧困者と相対貧困者の区分をなくした。その後、貧困線および貧困人口の推移は次のとおりである。
2008年 貧困線1196元、農村貧困人口4007万人2009年 貧困線1196元、農村貧困人口3597万人2010年 貧困線1274元、農村貧困人口2688万人
このように、中国では、貧困線はほぼ毎年のように引き上げられ、農村部の貧困人口もそれに伴い減少し続けてきた(もちろん、増加の年もある)。問題はこの貧困線の中身である。というのは、1日の栄養摂取量は最低どのくらいを満たさなければ貧困と見なされるか、また、貧困線を政策的にどのレベルに設定するか、などによって貧困人口の規模は大きく異なってくるからだ。
1日あたりの栄養摂取量を2100キロカロリーにするという中国の基準は「低すぎる」とほとんどの研究者や有識者が指摘している。また、中国の貧困線は世界銀行の基準を大幅に下回っている。その結果、中国の貧困人口は人為的に「縮小されている数字だ」と厳しい批判にさらされている。
国連ミレニアム開発目標(MDGs)で定められた貧困の絶対的基準は、「1日1ドル以下で生活している」状態を示している。年間所得1274元というのは、かりにそれを全部生活消費に回したとしても、1日あたりはせいぜい3.5元(約0.5ドル)にすぎず、1日1ドルの生活すらできない(ほど遠い)のは、果たして貧困から脱却できたといえるか。
2010年10月、国務院貧困扶助開発事務室の范小建主任は週刊誌「瞭望」の記者に対して次のように語った。
「2009年現在、中国の貧困人口は年収1196元という中国自身の基準で計算すれば3597万人、世界銀行の基準で計算すれば1億5000万人になる。経済発展の推進に伴い、貧困脱却の効果は減退している。貧困人口は依然として膨大であり、貧困に舞い戻るリスクも大きい」
貧困線の低さを率直に認めた意見である。これは中国政府の正式な見解を示すものとも考えられる。実際、2011年3月の全人代で行われた温家宝首相の政府活動報告は、「貧困線を引き上げ、貧困人口を減らす」とも約束している。
貧困の実態を直視し、貧困線を適宜引き上げ、貧困人口を着実に減らしていく、という中国政府の姿勢は近年一層前面に出ている。
中国のGDPは1985年から09年までに、7780億元から33兆元まで、42倍激増したが、同時期の貧困線は5倍になっただけだ。貧困線を引き上げるべきという声はここ数年高まり続けてきた。
全国政治協商会議の委員と中国国際慈善基金会の顧問を務める中国扶貧開発協会の林嘉ライ執行副会長によると、2011年は貧困線が1500元に引き上げられる可能性がある。実現すれば08年と09年の1196元に比べて25%上昇することになり、貧困人口は大幅に増加して9000万人あるいは1億人に達する可能性もあるという。一方、かりに1500元までに引き上げられたとしても、国際水準との差はまだ大きい。
いうまでもなく、貧困線の引き上げは貧困人口の大幅な増加および国家財政支出の大幅な増加を意味する。中国政府はそのような用意はできているのか、これはむしろもっとも肝心なところである。
貧困脱却関連の財政投入金額は国務院貧困扶助開発事務室の発表によれば、1980年から07年の28年間、中央財政は累計1600億元を拠出してきた。07年には144億元にのぼるが、1600億元を年平均に換算すると、年間わずか57億元となる。
もし2009年の貧困線1196元と貧困人口1億5000万人で推計すれば、中央財政支出は738億元に拡大しなければならない。さらに農村最低生活保障の給付対象者も増やせば、それに必要な中央財政支出は805億元になる。農村の貧困扶助と最低生活保障給付を合計すると、中央財政支出は1500〜1600億元に達する見込みである(「新京報」2011年3月4日付)。
一方、2010年の財政収入は8兆3000億元で前年度より1兆4562億元も増え、伸び率は21.3%である。国家財政はいろいろなところに使われるが、貧困者の救済および貧富格差の縮小を至上命題とする以上、貧困扶助関連の財政支出を何としても確保しなければならない。このような基本認識を持てば、現在、貧困線を思い切って引き上げ、強力な財政支出のバックアップを確立するのはそれほど難しい問題ではないだろう。(執筆者:王文亮 金城学院大学教授 編集担当:サーチナ・メディア事業部)
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