日本では何ががんの原因になることが多いのか。内科医の名取宏さんは「がんの原因として、酒・タバコ・運動不足・塩分過多があげられることが多い。しかし、最も割合が多いのはそのどれでもない」という――。
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■診察室で最も多い質問

診察室で患者さんから繰り返し受ける質問のひとつ、それは「なぜ私はがんになったのでしょうか」です。でも、がんにはさまざまな要因が複雑に関与しているため、この問いに答えるのは非常に難しいことです。

たとえば、喫煙者が肺がんになったとしましょう。喫煙が肺がんの危険因子であることはよく知られています。日本人では、喫煙者の肺がんリスクは非喫煙者の約4倍です。つまり、喫煙者に生じた肺がんの多くは喫煙に関連していると考えられます。

それでも、目の前の患者さんの肺がんが、喫煙によって起きたと断定することはできません。統計的には、喫煙者の肺がんの約4分の3は喫煙に起因し、約4分の1は喫煙がなくても発生したと推定されます。たばこを吸わなくても肺がんになる人はいます。

ただし、個人ではなく集団に目を向ければ、どのような要因ががん発症にどれぐらい関わっているのかを推定することは可能です。

では、日本人集団における「がんの発生」には、どの要因が、どのくらい関わっているのでしょうか。2022年、国立がん研究センターの研究グループは、日本人のがんについて、予防可能な要因がどれくらい関与しているのかを分析し、どの要因の影響が大きいのかを推計しました(※1)。加齢や遺伝などの予防不可能な要因は、分析対象になっていません。この研究の結果をランキング形式で見てみましょう。

※1 Burden of cancer attributable to modifiable factors in Japan in 2015 - PubMed

■第4位以下の要因はいろいろ

まずは割合の低い4位以下から見ていきましょう。その中で注目すべきは、4位の高塩分食品です。

4位 高塩分食品 2.4%
5位 身体活動不足 1.3%
6位 大気汚染 1.2%
7位 食物繊維不足 1.0%
8位 肥満 0.7%
9位 受動喫煙 0.5%

胃がんの多い日本らしい特徴といえるでしょう。塩分の多い食事は、胃がんのリスクを高めることが知られています。塩分は胃の粘膜を傷つけ、慢性的な炎症を起こしやすくすることで、発がん物質の影響やピロリ菌感染によるダメージを増強するためです。さらに塩蔵食品には、発がんに関与する化学物質が含まれる場合もあります。こうした複数の要因が重なり、胃がんのリスク上昇につながると考えられています。

一方、肥満の順位が低いのも日本の特徴です。欧米では、肥満はがんの主要な危険因子のひとつ。実際、米国の推計では過体重・肥満は全がんの7.6%に関与しており、喫煙に次ぐ上位の要因です(※2)。しかし、日本での寄与割合は0.7%に過ぎません。日本は欧米ほど肥満者が多くないため、社会全体への影響も比較的小さいのです。もっとも、これは日本人は肥満でも安心という意味ではありません。肥満は、大腸がんや閉経後乳がん、子宮体がんなどのリスクを高めることが知られていて、個人レベルでは重要な危険因子です。

同様に牛肉・豚肉といった赤肉・ベーコンやソーセージといった加工肉は大腸がんの危険因子ですが、日本人集団において影響は小さいといえます。日本人の赤肉や加工肉の消費量が、欧米人と比較して少ないからでしょう。ただし、日本人でも、大量に赤肉や加工肉を食べている個人は注意が必要です。

※2 Proportion and number of cancer cases and deaths attributable to potentially modifiable risk factors in the United States, 2019 - PubMed

■第3位 飲酒(6.2%)

では、トップ3を順番に発表します。第3位は飲酒。アルコールは、国際がん研究機関(IARC)が発がん性を認めている物質です。

お酒というと、一般的に肝臓への影響が注目されがちですが、実際には肝臓がんだけでなく、食道がん、大腸がん、乳がんなど、さまざまながんのリスクを高めることが知られています。たまに「少量のお酒は健康にいい」「酒は百薬の長」などという説を耳にすることがありますが、近年の研究によって少量の飲酒であっても、がんのリスクは上昇することが明らかになっているのです。

以前は、がん対策として「飲み過ぎを避ける」「節酒する」といった表現が用いられていました。しかし、新しい国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん予防法5+1」では、飲酒に関する推奨が従来の「節酒する」から「飲酒を控える」へと改められています。がん予防という観点に限れば、飲酒量は少ないほどよく、飲まないことが最もリスクの低い選択と考えられているのです。

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■第2位 喫煙(15.2%)

第2位は喫煙です。じつは第1位は単一原因ではないため、喫煙こそが最大の発がん要因と考えることもできます。

実際、がん罹患ではなく、がん死亡への寄与において、喫煙は1位を上回ってトップになります。喫煙が、予後の厳しい肺がんの発生に大きく関与していることが一因でしょう。さらに、喫煙は肺がんだけでなく、食道がん、喉頭がん、膀胱がん、膵がんなど、多くのがんのリスクを高めることが知られています。

しかし幸いにも、日本の喫煙率は長期的に低下を続けています。ただ、喫煙の影響ががんとして現れるまでには数十年という時間がかかるため、喫煙率低下がすぐにがん統計に反映されるわけではありません。それでも、年齢構成の変化を調整した肺がんの罹患率や死亡率はすでに減少傾向を示しており、禁煙対策の効果が少しずつ表れはじめています。

■第1位 感染症(16.6%)

がんの原因の第1位は、じつは感染症です。ただし、ピロリ菌や肝炎ウイルス、HPVなど複数の病原体をまとめたカテゴリーですから、単一原因としては喫煙のほうが害が大きいともいえます。16.6%という数字は、「もしも感染症による発がんがまったく起きなかったら、日本全体のがんの罹患がどれくらい減るか」を表したもの。

がんの原因となる代表的な病原体には、ピロリ菌、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス(HPV)などがあります。ピロリ菌は胃がん、肝炎ウイルスは肝がん、HPVは子宮頸がんの主な原因です。長期間にわたって炎症を引き起こしたり、細胞の遺伝子に影響を与えたりすることで、がんの発生を促します。

これらの感染症には対策手段があります。B型肝炎ウイルスやHPVには有効なワクチンがあり、感染そのものを防ぐことができます。感染してしまった場合でも、ピロリ菌は除菌治療によって胃がんのリスクを下げることができますし、C型肝炎は抗ウイルス薬によって高率に治癒が期待できるようになりました。B型肝炎は高率に治癒とまではいきませんが、やはり抗ウイルス薬によってウイルス増殖を抑え、肝硬変や肝がんへの進行リスクを低減できます。さらにHPVについては、HPV検査を用いて高リスクの人を絞り込み、効率的に子宮頸がんを予防する検診も普及しつつあります。

感染症ががんの原因になる」という事実は意外かもしれません。しかし見方を変えれば、感染対策やワクチン接種、適切な検査や治療によって、将来のがんを減らせる余地が大きいということでもあります。

■ストレスや添加物は原因になるか

さて、このランキングを見て、「ストレスが入っていない」「食品添加物は関係ないのか」などと思った人もいるでしょう。

もちろん、この研究はあらゆる発がん要因を網羅しているわけではありません。しかし、世間でがんの原因として語られるものの中には、科学的な根拠が十分とはいえないものも少なくありません。たとえば、仕事や家庭、人間関係などによる精神的・心理的ストレスについては、がんとの関連を認めた研究もあれば、認めない研究もあります。研究結果は一貫しておらず、喫煙や飲酒のような主要な発がん要因であることを示す確立した証拠はありません(※3)。

もちろん、ストレスが健康に無害という意味ではありません。ストレスは、飲酒や喫煙、運動不足、睡眠不足といった好ましくない生活習慣につながり、それらを通じて間接的にがんを増やす可能性があります。しかし、例えば「禁煙するとストレスがたまり、かえってがんになりやすい」といった話は間違いです。喫煙が多くのがんのリスクを高めることははっきりしていて、禁煙による利益を精神的ストレスの害が上回るという根拠はありません。

食品添加物の影響もよく話題になります。しかし、現在の科学的知見では、日常的な摂取量の食品添加物ががんの主要な原因とは考えられません。SNSなどで「日本は食品添加物の規制が緩いから、がんが増え続けている」といった主張を見かけることがあります。しかし、日本の食品添加物規制が特に緩いという事実はありません。また、日本でがん患者数が増えている最大の理由は高齢化です。同じ年齢で比較した年齢調整罹患率や年齢調整死亡率を見ると、多くのがんは減少あるいは横ばいです。

※3 Stress and Cancer - NCI

■コレステロール値に関する間違い

そのほか、「コレステロール値が低いと、がんになりやすくなる」という説が一部医師によってまことしやかに広まっていますが、これは大間違いです。

確かに「コレステロール値が低いほど、がんが多い」という観察結果はよく知られています(※4)。でも、これは必ずしも「コレステロールが低いから、がんになる」とは言えません。反対に「がんがコレステロール値を下げている」、または肝硬変のように何らかの要因が「コレステロール値の低下」と「がん」の両方を引き起こしているケースがあります。現在の主要ながん予防ガイドラインや専門家団体は、低コレステロール血症を主要ながん危険因子として位置づけていません。

メディアでは、不正確でも意外性のある医療情報が人気ですが、「医師が言っているから正しい」と受け取るのではなく、その主張が専門家の間で広く支持されているのか、公的機関や学会の見解と整合しているのかを確認することが大切です。根拠のあるがん予防法を知りたいなら、国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん予防法」がおすすめです(※5)。ぜひ一度、読んでみてください。

※4 Serum cholesterol levels and cancer mortality in 361,662 men screened for the Multiple Risk Factor Intervention Trial - PubMed
※5 国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがん予防法」

■私たちにできる現実的ながん予防策

最後に、がんになるかどうかには「運」の要素もあります。というか、運の要素のほうが大きいかもしれません。感染症対策を行なって、タバコを吸わず、お酒を飲まず、きちんと運動して適正体重を維持していても、がんになる人はいます。反対に長年にわたってタバコを吸い続けても、大きな病気をせずに天寿を全うする人もいます。しかし、それは喫煙や飲酒が安全だという意味ではありません。予防とは「必ず防ぐ」ためのものではなく、「確率を下げる」ためのものです。

国立がん研究センターは、「禁煙」「節度ある飲酒」「適切な食生活」「十分な身体活動」「適正体重の維持」という5つの健康習慣を実践している人は、ほとんど実践していない人に比べて、がんの発症リスクが男性で43%、女性で37%低いと推計しています。残りの多くは加齢や遺伝、偶然の要素など、私たちにはどうしようもない部分です。

国立がん研究センター「科学的根拠に基づくがん予防法」より

この数字を大きいと感じるか、小さいと感じるかは人によって異なります。「3〜4割も減る」と考える人もいれば、「それだけ努力しても3〜4割しか減らない」と考える人もいるでしょう。そこは人それぞれ。どの程度まで生活習慣の改善に取り組むかは、最終的には個人の価値観や人生観による部分が大きいといえます。

お酒のリスクの話をすると、「そんなに我慢して長生きして幸せなのか」と言われることがあります。私自身、お酒は飲みます。別に誰かに禁酒を強制したいわけでもありません。ただ、お酒を飲むことにリスクがあるのは事実です。そのリスクを知った上で、それ以上の価値があると考えるならお酒を飲めばいいという話です。

他のがん予防対策も同じです。できる対策は行う。しかし、それで100%防げるわけではありません。人事を尽くして天命を待つ。結局のところ、それが私たちにできる最も現実的ながん予防なのだと思います。

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名取 宏(なとり・ひろむ)
内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)