だからYOASOBIは「夜に駆ける」で終わらなかった…コロナ禍のバズを必然のヒットに変えたチーム戦術
※本稿は、柴那典『ヒットの復権』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

■「チーム・ビルディング」の勝利
2020年の最大のヒットとなったYOASOBI「夜に駆ける」も、世の中のルールが書き換えられた象徴の一曲となった。
やはりこの曲もコロナ禍のステイホーム期間に大きく伸びた。ビルボードジャパンの「Hot 100」で初の首位となったのは「香水」が1位となった翌週の6月1日付チャートだ。その後も勢いはとどまらなかった。2020年の「Hot 100」年間チャートでは首位を獲得。初めての「シングルCDをリリースせずに年間首位を獲得した楽曲」となった。
なぜ「夜に駆ける」はヒットしたのか? 瑛人が「完全なるインディペンデント」の奇跡だとするならば、YOASOBIは「チーム・ビルディング」の勝利だ。彼らはソニー・ミュージックエンタテインメントのプロジェクトである。ディストリビューターもソニーのグループ会社であるThe Orchard Japanだ。コンポーザーのAyase、ボーカリストのikura、そしてスタッフであるソニーの屋代陽平氏、山本秀哉氏の4人がひとつのチームとして結束して動いていった。そこには、状況の変化に即応する、柔軟かつ機動的な意思決定があった。
■「アルゴリズムの女神の微笑み」
本書の第二章で前述したように「夜に駆ける」の反響がYouTubeで最初に広まったのは2019年の年末のことだった。初動のきっかけは、やはり「アルゴリズムの女神の微笑み」だった。屋代氏と山本氏はこう語っている。
「Ayaseのチャンネル登録者数が一気に上がったタイミングがあったんです。1000人を超えてからどんどん増えて、すぐに1万人を超えた。そうするとYouTubeのアルゴリズム上『おすすめ』に出やすくなる。それが『夜に駆ける』の1カ月前くらいに起こっていたので、初動が底上げされていた。それは大きかったです」(山本)
「あとはTikTokで、年末から年明けにかけて『鬼滅の刃』のMAD動画に『夜に駆ける』が使われていて、子供たちのあいだで『鬼滅の刃』の曲だと思われていた瞬間がありました。それも一つのきっかけではあります」(屋代)
■朝の情報番組に毎日のように出演
2020年1月に「夜に駆ける」はSpotifyの日本国内のバイラルチャートで1位を獲得する。その数字と「小説を音楽にするユニット」という話題性がメディアを介して広まった。4月のステイホーム期間にはテレビの情報番組にリモートでたびたび出演。5月にはアーティストの自宅やプライベートスタジオで撮影する「THE FIRST TAKE」の企画「THE HOME TAKE」に登場し、チャンネル自体の勢いも相まって大きな反響を集める。YOASOBIは様々なチャンネルを駆使して認知度を高めていった。
「朝の情報番組に毎日のように出ていたのは大きかったですね。特に3月から5月くらいにかけては、ライブもCDリリースもなくなった。エンタメの話題が少なくなっていたときに、YOASOBIがざわついているということで『小説を音楽にする』という話題を好んで取り上げてくれた」(山本)

■「点」を「線」にする
現象を「夜に駆ける」1曲で終わらせず、「点」を「線」にするための取り組みも急ピッチで進められた。2020年1月には2曲目の「あの夢をなぞって」を発表。5月に「ハルジオン」、7月に「たぶん」、9月に「群青」とハイペースで楽曲のリリースを重ねた。全ての楽曲に原作小説が存在するという「小説を音楽にするユニット」としてのクリエイティブのルールを守りつつ、音楽性の幅を広げていった。
「まず、僕としては純粋に曲をどう組み立てていくかということをすごく考えてました。
『夜に駆ける』で知ってくれた人が、どういう導線を辿ってYOASOBIというものを好きになってくれるか。そこが一番大事なことだと思っていたので」(山本)(現代ビジネス「『夜に駆ける』で2020年を席巻したYOASOBI、その巨大な可能性」2020年12月11日掲載)
■メディアミックス展開も功を奏した
原作小説のメディアミックス展開も功を奏した。アニメーションのMVを一つの核にしつつ、様々な切り口で楽曲を楽しめる立体的な導線を整備した。
「サブスクにおけるヒットって、チャートに長く居続けることにほかならないと思うんですね。そのために、YOASOBIには原作小説と行き来するという唯一無二の武器がある。だから、新曲を出しながら、過去の原作を広げていくという作業をやっていきました」(屋代)
9月には原作小説集として『夜に駆けるYOASOBI小説集』が刊行された。書店にYOASOBIの名が並び、タッチポイントはリアルな場にも広がった。
「双葉社さんとご一緒して、初版の部数もかなり刷っていただいて、書店で大きな展開をすることができた。原作小説が別の媒体で世に出ていくという立体的な作り方ができたのも大きかったと思います」(屋代)
そして2020年12月31日、YOASOBIは紅白歌合戦に初出場を果たした。舞台は角川武蔵野ミュージアム・本棚劇場。無数の書物に囲まれた幻想的な空間から、彼らは「夜に駆ける」をテレビで初めてパフォーマンスした。

■激動の1年間
明けて2021年1月。その数日後に取材で会ったAyaseとikuraはその体験をこう語っていた。(『AERA』2021年2月8日号掲載)
「めちゃくちゃ緊張していたので、終わった瞬間は安堵で膝から崩れ落ちました。今はホッとしている感じです」(Ayase)
「プレッシャーで泣きそうになっていたんですけれど、本番が始まる直前になぜかスッと冷静になれた。ゾーンに入ったような感覚があって、みなさんのおかげで無敵な状態で歌えました」(ikura)
人生が大きく変わった2020年について、二人は「怒濤の1年だったというのが素直な思いです」(Ayase)、「いろんなことが180度変わりました。激動だったんですけれど、初めてのことばかりでその一つ一つに食らいついていかなければいけなかった。毎日新しい出来事に一生懸命向き合ってきた。そういう1年だったと思います」(ikura)と振り返っている。
■「偶発」を「必然」に引き寄せる戦略
しかし、想定外のメガヒットにも、彼らは浮足立ってはいなかった。Ayaseはこう野心を語っている。

「もちろん、去年以上に飛躍して駆け上がっていくぞという気持ちはあります。20年は『夜に駆ける』に手を引っ張ってもらった年だったと思うので、紅白に出たと言っても、今はまだ僕らのことまでは知ってもらえていない。僕らがどういう考えを持ってYOASOBIをやっているかも含めて、Ayaseもikuraも、そしてYOASOBIというこのユニットのことも、もっと知ってほしい。そのためにどう見せていくかということを今は考えています」
2021年1月、YOASOBIは初のCD『THE BOOK』と同時にテレビアニメ『BEASTARS』第2期オープニングテーマ「怪物」をリリースしている。ダークで荒々しいベースラインが唸る「怪物」は彼らのさらなる飛躍のきっかけになった。
「アルゴリズムの女神の微笑み」がもたらした最初のバイラルヒットの“種火”をどのように燃え広がらせるか。メディアをどう巻き込むか。そして1曲のバズ(=話題性)をどのようにしてアーティストとしてのオーセンティシティ(=信頼性)につなげていくか。YOASOBIの辿った道からは「偶発」を「必然」に引き寄せるための戦略を読み解くことができる。
----------
柴 那典(しば・とものり)
音楽評論家
1976年神奈川県生まれ。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーや社会批評の分野にて執筆やインタビューを手がけ、テレビやラジオ出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)など。ブログ「日々の音色とことば」Twitter:@shiba710
----------
(音楽評論家 柴 那典)
