営業成績はトップ、家では“空気”のサラリーマンが60歳で完全リタイア…〈年80万円以上の年金減額〉も、あえて「繰上げ受給」を決断したワケ
「家では空気でした」……。営業マンとして成果を出し続けてきた男性が、50歳で初めて気づいた“自分の居場所のなさ”。仕事人間だったはずが、60歳での完全リタイア。老後資金4,500万円を確保しながらも、あえて年金は繰上げ受給。それらの決断の裏にあったものとは?
「家では空気でした」…優秀な営業マンも家では“自分の居場所”なしの現実
「妻にも娘にも、“お金を運んでくるおじさん”としか見られていなかったと思います……」
そう振り返るのは、関東近郊に暮らす元会社員の佐藤さん(仮名・64歳)。かつてはメーカー企業で営業として活躍し、社内でも評価の高い“できる人”でした。
ただ、その評価は、あくまで会社の中での話。家に帰れば、まったく別の現実が待っていたといいます。
「仕事は順調でした。数字も取れていましたし、昇給もしていた。でも、家のことは全部妻任せ。娘の交友関係だって、ひとつも知らなかった」
当時、60歳の定年まであと10年。その後は再雇用で65歳まで働く、“よくあるコース”を想定していました。しかし、そこに疑問を持ち始めます。
「65歳まで仕事に身を捧げて、気がついたら“おじいさん”。家族と話すことも見つからない。そんな悲しい老人の姿が目に浮かんだんです」
会社でいくら活躍しようとも、代わりの利く存在であり、必ず職場を離れる日が来ます。一方で、家族関係はずっと続きますが、そこには努力が必要です。
佐藤さんは、正直に妻に話したといいます。
「家族を二の次にしたままでは、後悔すると思うと。そしたら妻も『やっと気づいたの? 私、このままのあなたが、65歳になって家にずっといるようになったら、すごく嫌よ』って(笑)」
“夫婦で長く続く老後”どころか、熟年離婚という選択肢だってないわけじゃない。佐藤さんは50歳を期に、人生のシフトチェンジをする決断をしました。
会社中心から私生活中心へ
佐藤さんは、それまで残業、休日出勤もいとわなかった働き方をやめ、早く帰り、休むことを意識するように。
「いきなり仕事ゼロになると、たぶん耐えられない。だから少しずつ“会社中心”の生活から抜けていった感じです。自分が頑張らなくても、思ったより会社は回りました。ちょっと悲しかったですが……」
一時期は他人のように希薄になっていた妻との関係も、徐々に改善していきました。そこで、佐藤さんはもうひとつ大きな決断をします。それは、60歳での退職と年金の繰上げ受給です。
「60代前半なら、体力も多少衰える程度でしょう。まだ好奇心もある。“年寄り”になる貴重な5年を、夫婦で楽しみたいと思ったんです」
退職金と貯蓄、運用資産を合わせ、老後資金は約4,500万円強を確保。そのうえで、「年金の繰上げ受給」に踏み切りました。
本来、65歳から受け取れば夫婦で月27万円ほどになる見込みでしたが、5年前倒ししたことで約20万円に。月7万円、年間で約80万円の減額です。
「もちろん迷いましたよ。1年で80万円、10年で800万円も減るんですから。でも、自分が何歳まで元気に動けるのかを考えたら、早くもらっておいた方がいいと思ったんです。先に受け取って手元に余裕を持たせておけば、取り崩しも抑えられるし、運用にも回せる。自分にとっては、そのほうが納得できる選択でした」
正解は「損か得か」では決められない
年金受給の開始年齢は原則65歳ですが、希望すれば最短60歳から受け取ることも、最長75歳まで繰り下げることもできます。
厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業年報(令和5年度)」で繰上げ・繰下げ受給状況をみると、国民年金の受給権者(基礎年金のみ)の繰上げは146.5万人で24.5%、繰下げは12.9万人で2.2%となっています。
また、厚生年金の受給権者(特別支給の老齢厚生年金の受給権者を含まない)の繰上げ・ 繰下げ受給状況では、繰上げは26.0万人で0.9%、繰下げは44.5万人で1.6%です。
繰上げは一見“よくある選択”に見えますが、実際には主に生活事情の厳しい層に偏っているのが実態です。佐藤さんのような厚生年金受給者での選択は、少数派だということがわかるでしょう。
繰上げれば1ヵ月につき0.4%減額、繰下げれば0.7%増額。数字だけを見ると繰下げの方が得に見えますが、70歳まで(5年)繰下げた場合の損益分岐点は82歳前後。実際に得する条件は「長生き」になります。
一方で、繰上げは早く年金を受け取れるというメリットはありますが、受給額が減る、障害年金を請求できない可能性がある、65歳以前では遺族厚生年金と老齢年金のいずれかしか受給できないといった注意点もあります。
繰上げ・繰下げのどちらが得かは結果論であり、正解はないというのが実情なのです。
老後を前にした「節目」に立ち止まってみる
佐藤さんは現在64歳。生活は決して派手ではありませんが、日々に満足しているといいます。
「朝、近所を散歩して、気が向いたら妻と出かける。最近は美術館をゆっくり回るのが楽しいです。以前はまったく興味なかったのに(笑)」
国内を中心とした節約旅行も楽しみのひとつ。資産運用を続けながら、必要以上に取り崩さない生活を心がけています。
佐藤さんのように「今を生きたい」と感じる人もいれば、「将来に備えたい」と考える人もいて、どちらも間違いではありません。
繰上げにも、繰下げにも、メリット・デメリットがあります。また、仕事に全力を注ぐ人生もあれば、早めに自由な時間を手に入れる生き方もある。どちらが正しいという話ではありません。
ただひとつ言えるのは「もっと早く考えておけばよかった」と後悔しないために、50代という節目で一度立ち止まってみる価値はあるということでしょう。
