発端となったのは、12日に行われた自民党大会。そこで「君が代」を歌唱したのが自衛隊員であることを問題視する声が上がっている。

【映像】女性自衛隊員が“見事な歌声”で熱唱している様子(実際の映像)

 国民民主党・玉木代表、中道改革連合・小川代表から、自衛隊員は選挙権の行使以外の政治的行為が制限されていて、自衛隊法に抵触しているのではないかとの声が…。小泉防衛大臣、高市総理ともに、自衛隊員は私人として出席、国歌の歌唱は法的に問題はないとしたが、自衛隊員は制服を着て出席。

 歌唱の前には「陸上自衛隊中央音楽隊に所属し、陸上自衛隊が誇るソプラノ歌手として、広く親しまれている」と、自衛隊員として紹介されていた。今回の自民党大会での自衛隊員の国歌斉唱は適切だったのか。そして、自衛隊員と政治の距離感はどうあるべきなのか。『ABEMA Prime』では、元自衛隊員、元自衛隊幹部とともに考えた。

■自衛党大会での国歌斉唱は「政治的行為」か

 陸上自衛隊出身で江戸川区議会議員の中野ヘンリ氏は、今回の件について、「自衛隊法のいわゆる政治的活動制限に抵触する恐れが極めて高いと考えている。問題の本質は条文の解釈論争ではなく、自衛隊法の趣旨に立ち返るべきだ。制服姿で自衛隊所属として紹介され、明確に政治的目的を持った党大会の場で歌う行為は、外見上の政治的中立を損なう予見可能なリスクだった」と語る。

 対して、元航空自衛隊空将の永岩俊道氏は「国歌斉唱は国旗に対して、つまり日本国に対して敬意を表して歌うものだ。自民党に向かって歌ったわけではない。この議論で現場の隊員たちの誇りや立ち振る舞いを揺るがしていること自体、日本政治の問題だ。自衛隊はいつだって公人である。制服を着るときは、日本国民の平常の生活を守るために命をかけて役割を果たせという証だ。私人・公人という枠組みで言い訳がましく言うのは極めて不適切だ」と反論した。

 また、元航空幕僚長の田母神俊雄氏は「何が一体問題なのか。難癖をつける人たちの意見にいちいち取り合う必要はない。自民党は『問題があるならあなたたちが立証しなさい』と強く出ればいい。官房長官などが反省するようなことを言うからつけ込まれる。今日まで普通にできたことが明日からできなくなるのは、国民の自由が失われるということだ」と訴えた。

■シビリアンコントロールと自衛隊の定義

 中野氏は、自衛隊が政治的な行為に関わってはいけない背景に、「軍民統制の規範の中には、軍人の手を縛るだけでなく、政治側が軍人を政治活動に動員してはならないという政治家・政党側の規範も含まれている。そこが理解されていないことが議論のズレに繋がっている」と説明した。

 一方、永岩氏は「シビリアンコントロールは、国民・政治家・自衛隊の三者でなされるべきものだ。軍の暴走を管理する一方で、いざという時に背中を押してでも軍隊を使うのが政治の責任であり、その受益者は国民である。今の日本の法律は『やっていいこと』だけを並べるリスト方式だが、他国は逆だ。これでは戦争を仕掛けられた際に勝てない。些細なことで議論して自衛官の立ち位置を揺るがすのは、どこの国を利するのかを考えるべきだ」。

 田母神氏は「世界で日本ほど文民統制が徹底している国はない。自衛官はみんな国を愛し、日の丸や君が代が好きだ。それなのに箸の上げ下ろしまで政府が口を出すのはおかしい。かつて私は現職のとき、自衛官であることを分かってもらうために制服で政治家のパーティーに出ていたが、誰からも文句は言われなかった」と述べた。

■現場の自衛官を守るための制度改善

 今後のあり方について、中野氏は「防衛大臣や官房長官が『適切ではなかった』と言っている以上、これは堂々と参加できるものではない。自衛隊法の制限列挙の中に政党活動への関与を明文化するか、あるいは政党側に自衛隊を政治動員させないための規定を設けるなどの制度改善が必要だ」との考えを示す。

 田母神氏は「自衛官が行動しにくくなるような配慮はまずい。政府は今回の件を『問題ない』と言い切って戦うべきだった」と話す。

 永岩俊道氏は「今回の議論でも、最前線の自衛官に非があるかのような攻撃がSNS等である。彼らに対する最大の処遇改善は、自衛隊を軍隊にすることだ。世界標準の軍人としての誉れを与え、胸を張って命をかけて日本国民を守れるようにすべきだ」とした。

(『ABEMA Prime』より)