“紀子さまバッシング”が過熱…いったいなぜ? 悠仁さまの警護問題からファッションや所作まで「心穏やかに過ごすことが難しい」ほどの状況 かつては雅子さまもターゲットに
「将来の天皇の母」である秋篠宮妃・紀子さま。公務に精力的に取り組むことでも知られるが、近年はメディアやSNS上で厳しい批判に晒されている。いったい、なぜこのような状況が生まれたのか。「合わせ鏡」と形容されることもある皇室と日本国民の関係について、改めて考え直す時がきているのかもしれない。【前後編の前編】
【写真】紀子さまの白いセットアップを見る。ほか、秋篠宮さまと「修養団」の創立120周年記念大会に出席された姿なども。
秋篠宮家の「ソフト警備」の要望
皇室随一の公務出席数がある秋篠宮家のなかでも、紀子さまは、手話を用いた挨拶や自身の研究を生かした結核予防活動など、独自の取り組みにも力を注いできた。
だが、近年、紀子さまへの批判的な目線が強まっている。
その一例が「ソフト警備」に関する問題だ。
「ソフト警備」とは、「国民との距離を縮めたい」との秋篠宮夫妻の意向から警護を担う皇宮警察などに求められる秋篠宮家独自のルールとされる。皇室担当記者が言う。
「警護対象に寄り添うのは当然の職務ですが、秋篠宮ご夫妻は『皇室と国民の架け橋になりたい』との思いから、仰々しい警備を避け、国民となるべく同じような生活ができるよう『あまり近くに寄らないでほしい』との意向を皇宮警察に示していると聞きます」
3月26日発売の『週刊文春』では皇宮警察関係者の話をもとに、2025年2月に運転免許を取得した秋篠宮家の長男・悠仁さまが運転中、後方の護衛車に気付き、「過剰な警護はやめてほしい」と苦言を呈したと報じた。高校時代にも護衛官が近づきすぎたことがあったといい、〈悠仁さまは『ルール違反では』と紀子さまに連絡をなさる。すると紀子さまが皇宮警察の幹部に対し、遺憾の意を強く表明される〉という関係者の証言を載せている。
悠仁さまの警護の話題から、紀子さまがフォーカスされるかたちとなる。
2025年には『週刊現代』(4月28日号)が、皇族が公務中に車で移動する際、信号はすべて青に切り替えるのが慣例だが、秋篠宮家は〈一般の感覚に合わせて、信号は替えないでほしい〉と要望を出していると報じた。また、2021年の天皇誕生日に両陛下と紀子さまがそれぞれ車で皇居へと向かった際の様子を〈トラブル〉としてこう報じている。
〈両陛下はすべての信号を青で通過したものの、紀子さまの車は赤信号で停車したので遅れてしまった。皇居の半蔵門に着いた時には、先着された両陛下を祝福した人々が興奮冷めやらぬまま道を塞いでいて、紀子さまは交差点の真ん中で数十秒も"立ち往生"することになったのです〉
秋篠宮家の「ソフト警備」の要望をめぐり、やはり当主である秋篠宮さまではなく、紀子さまに焦点があたる。
警備について宮内庁に聞くと、「お答えを差し控えさせていただきます」(総務課報道室)と回答した。
公費で賄われる皇室の活動を検証する報道は必要ではあるが、ネット上ではさらに紀子さまに批判が集中している。
YouTubeには海外訪問の際、紀子さまが高いヒールの靴で階段を歩く姿が不自然で、「皇族としてふさわしくない」とする動画や、皇居に外国元首を迎えた際の紀子さまのカーテシー(挨拶)が「屈伸運動のように見える」と揶揄する動画もある。再生数10万回超えのものが多く、100万回を超えるものもある。
2024年9月の誕生日に出された文書で紀子さまは、インターネット上でのバッシングに対し「私たち家族がこうした状況に直面したときには、心穏やかに過ごすことが難しく、思い悩むことがあります」と胸中を明かした。
皇后にふさわしいのは「紀子妃」と評価されていた時期も
このような状況は、近年になって生まれたものだ。かつてバッシングの矛先が向けられていたのは、むしろ皇太子妃時代の雅子さまだった。
米ハーバード大、東京大を経て外務省に勤務した雅子さまが、皇太子徳仁親王と結婚したのは1993年6月。成婚時は祝賀ムードに包まれたが、その後状況は変わる。「お世継ぎ問題」や体調不良による「公務欠席」が取り沙汰され、雅子さまはバッシングにさらされた。
2001年に愛子さまが誕生するが、2003年に帯状疱疹を発症し、翌2004年には「適応障害」であることが公表される。療養生活の際には、「公務をしないお妃」として批判され、2005年以降に徐々に公務へ復帰すると、今度は「外国要人との接見を優先し、公務を選り好みしている」と批判された。
2010年夏には那須御用邸での静養に向かう際に高級ブランド・フェンディのバッグを手にしていたことに対し、「国産品を持つべきだ」などとネット上で槍玉に挙げられた。
雅子さまバッシングが続く過程のなかで、紀子さまは2006年9月に悠仁さまを出産した。
以前から頻繁に御所を訪れ、天皇皇后(現・上皇上皇后)と交流を深めていたこともあり、悠仁さま誕生後も、秋篠宮家は両陛下と密にコミュニケーションを取りながら育児や公務に取り組んだ。そのため、秋篠宮家は両陛下との距離が近い一方、皇太子夫妻は両陛下と距離があると受け止められることが多かった。
2013年には『週刊文春』が読者対象のアンケートを実施し、その結果について〈皇后にふさわしいのは『雅子妃38%』『紀子妃62%』の衝撃〉の見出しでセンセーショナルに取り上げている。
皇室の歴史に詳しい小田部雄次氏(静岡福祉大名誉教授)が指摘する。
「愛子さまの不登校問題が起きた2010年頃は雅子さま・愛子さまへの国民の支持が低い一方、紀子さまは美智子皇后(当時)の覚えもめでたく、皇室内でうまく振る舞っていた印象を与えていました。男系男子の皇位継承にこだわる層の期待もあり、"雅子さま・愛子さまvs紀子さま・悠仁さま"の構図が生まれ、後者への支持が多い状況が続きました」
そこから、評価は一転することになる──。後編では、紀子さまへの批判が増えたきっかけと、宮内庁が考えている対策について詳報する。
(後編へつづく)
※週刊ポスト2026年4月17・24日号
