私たちの天の川銀河(銀河系)の中心部には巨大なブラックホール「いて座A*(Aスター)」があります。これは銀河中心部を公転する天体の軌道解析や、「EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)」による撮影画像の成果によって、ほぼ確定の説となっています。しかしながら、ブラックホールはその性質を現代物理学の理論では完全に描くことができない存在であることから、正体はブラックホールに見える別の天体であるとする説も根強くあります。


【▲ 図1: NASAのチャンドラX線観測衛星で撮影されたいて座A*周辺領域の画像。中央部の明るい場所がいて座A*であり、強力なX線を放っています。(Credit: NASA, CXC, MIT & F.K.Baganoff et al.)】

ラプラタ国立大学のValentina Crespi氏などの研究チームは、「いて座A*の正体は暗黒物質(ダークマター)の塊である」とする研究結果を発表しました。この説は、いて座A*の周りを公転する天体の軌道や、EHTによる撮影画像など、従来の観測結果と矛盾しない性質を持っている点で注目されます。また、この説を採用すると、いて座A*の正体だけでなく、銀河の回転速度に関する別の問題も解決するという一挙両得な側面があります。


この説が正しいかどうかは、さらに精密な観測データが得られれば判明するでしょう。


天の川銀河の中心にある「いて座A*」は巨大ブラックホールである……はず

私たちの天の川銀河の中心部には「いて座A*」と名付けられた強力な電波源があります。この電波源には、狭い狭い範囲に太陽の約430万倍もの膨大な質量が詰まっていることから、正体は巨大なブラックホールなのではないかと長年考えられてきました。そして現在、いて座A*はブラックホールであるとする考えは非常に強固な説となっています。


【▲ 図2: いて座A*の周りを周回する恒星の1つ「S2」の想像図。S2の公転速度は、最大で7000km/s(2500万km/h)以上に達します。(Credit: ESO & M. Kornmesser)】

大きな理由は、2つの観測結果にあります。1つ目は、いて座A*の周りを公転する恒星(S星)やガス雲(G天体)の動きです。これらの天体は、最速で光の速さの約10%にも達する高速で公転運動をしています。


公転速度がこれほど極端な値になるには、とても強い重力源が必要です。加えて、その重力源に接近しなければこれほどの速度は叩き出せないため、少なくともこの接近距離より外側に天体の表面はないことになります。これらの制約から、重力源は狭い範囲に質量が詰め込まれた高密度な天体であることになり、結果として計算上ブラックホール以外には考えられない密度となってしまいます。


【▲ 図3: EHTで撮影されたいて座A*の電波画像。ドーナツの穴のような中央部がブラックホールシャドウです。(Credit: EHT Collaboration)】

2つ目は、2022年に撮影された電波画像です。これは「EHT」によって撮影されたもので、ブラックホールが光を曲げて作り出す “影” (ブラックホールシャドウ)を撮影したものであり、実質的にブラックホールを直接撮影した画像であるとみなされています。ブラックホールは一般相対性理論によって予言された存在ですが、電波観測で浮かび上がった画像は、一般相対性理論によって予測される姿とよく一致しています。このためEHTの画像は、一般相対性理論の正しさを証明する証拠であると同時に、ブラックホールの実在性についても証明する強力な証拠となっています。


しかしそれでも、ブラックホールは実在しないという主張は根強く残っています。一般相対性理論でその存在が予言されたブラックホールですが、その中心部にある「特異点」の存在が厄介だからです。特異点は重力の強さが無限大になる点であり、一般相対性理論を当てはめることができない、現代物理学が破綻する領域に位置づけられています。


現代物理学が適用できない領域があるという問題の解決には「特異点でも破綻しない新しい物理学の理論を作る」という試みもありますが、「ブラックホールに似ているが、特異点がない天体の存在を考える」という別の試みで解決しようとする向きもあります。現状では、ブラックホールそのものでは特異点を回避することができないと考えられているため、もし特異点がない天体を考えるならば、それは “ブラックホールに似ている別物の天体” となります。


とはいえ、これまでの説明の通り、天文学の観測結果はブラックホールの存在を強固に裏付けています。このため、仮に代替天体が存在するとしても、少なくとも外部から観測した “見た目” は、ブラックホールと瓜二つである必要があります。


いて座A*の正体は暗黒物質の塊か?

ラプラタ国立大学のValentina Crespi氏などの研究チームは、いて座A*の正体が「特定の性質を持つ暗黒物質の塊」であると仮定する研究結果を発表しました。後で詳しく説明しますが、この仮定に基づく結果は、従来の観測結果との矛盾がとても小さいという特徴があります。ですがその前に、「特定の性質を持つ暗黒物質の塊」という部分について説明しましょう。


「暗黒物質」という用語は、内容までは知らずともなんとなく聞いたことがあるという人も多いでしょう。暗黒物質とは、この宇宙に重力源として存在しながらも、その正体がわかっていないモノを指します。暗黒物質の存在は、「観測可能な恒星の数から計算できる銀河の重力に対して、銀河の外側の回転速度が速すぎる」という「銀河の回転曲線問題」から予想されました。


暗黒物質の正体は現在でも判明していませんが、(極めて異質だとしても)何らかの物質でできているという考えが一般的です。そして最も可能性が高いと考えられているのは、未知の素粒子でできているという説です。より詳しい説明は『ダークマター(暗黒物質)とは?』の解説記事もご覧ください。


Crespi氏らはまず、暗黒物質が「300keVの質量を持つ中性のフェルミ粒子」であると仮定しました。簡単に言えば「電子よりちょっと軽いが電気を帯びていない、物質っぽい性質を持つ未知の素粒子」ということです。この仮定の下、「暗黒物質の分布」と「暗黒物質の分布によって決まるいて座A*周辺の天体の動き」を計算しました。


その結果、暗黒物質の分布として、天の川銀河の中心部に大量に集まる核と、その周辺部に薄く広がるハローの構造が現れました。それぞれの構造は、共に重要な意味を持ちます。


Crespi氏らが想定する天の川銀河の核は、暗黒物質が高密度に集まった塊であり、かなり異質ですが、それでも定義上は物質でできた天体です。少なくとも中心の特異点以外は空っぽであり、天体というより時空の特別な領域と観た方が正確であるブラックホールと比べれば、よほど天体っぽく見えます。暗黒物質の塊であるという説が便利なのは、特異点のような現代物理学が破綻する領域はないという点です。


【▲ 図4: 天球における恒星S2の位置のシミュレーション。いて座A*の正体がブラックホール(黒線)であると仮定した時のS2の位置は、暗黒物質の塊(赤線&青線)であると仮定した場合と完全に重なっているようにみえるほど、ほとんど違いが分かりません。灰色丸印は観測値によるS2の位置。(Credit: Valentina Crespi, et al. / 筆者(彩恵りり)により説明用の日本語訳を追加)】

では、いて座A*が暗黒物質の塊だとすると、周りに及ぼす重力の影響はどうなるのでしょうか? 周辺を周回する天体の公転軌道を計算したところ、その結果は実際の観測結果とかなりの精度で一致していました。従来のブラックホールであるという説と比較しても、公転軌道のズレはわずか1%未満です。これほど小さなズレを、現在の観測技術で見極めるのは困難です。


加えて、いて座A*が暗黒物質の塊だとしても、EHTが撮影したのと同じような画像が得られることも分かりました。ブラックホールは実際には暗黒物質の塊だとする説は以前からあったものの、今回のように現在の観測結果と矛盾がないことを示せるのは珍しいです。


また、核から離れた暗黒物質のハロー部分も注目に値します。今回の計算で現れた暗黒物質のハローの分布は、銀河の回転速度から予想される重力の強さと一致します。つまりこの研究結果は、ブラックホールという理論的には厄介な存在を排除すると同時に、銀河の回転曲線問題も解決します。


わずかなズレを観測できれば証明できるかもしれない

今回の研究結果は、「ブラックホールという現代物理学が破綻する領域を含む天体」が「現代物理学では予言されていない暗黒物質というモノでできた塊」に置き換わったという見方もできるので、結局のところ謎の種類が変わっただけではないかという感想を持つ方もいるでしょう。


ただ、一口に謎と言っても、その強度は全く違います。暗黒物質が現代物理学を少しだけ修正・拡張することで対応できそうな謎であるのに対し、ブラックホールの中心にあるとされる特異点は現代物理学の基礎を大幅に修正する必要がある謎であるためです。ラフな言い方をすれば、特異点よりも暗黒物質の方が扱いやすい “マシ” な謎と言うこともできます。


とはいえ、銀河中心部の状況を説明する上で、最もシンプルな解決策はブラックホールであることも確かです。


また、仮にいて座A*の正体がブラックホールではなく暗黒物質の塊だったとしても、他のサイズのブラックホールも暗黒物質に置き換え可能かどうかは、今回の研究では検討していないため未知数です。さらに、暗黒物質の正体は、今回検討したものとは別の可能性も考えられます。将来的に「暗黒物質という不思議な物質は確かに存在し、高重力の天体を作ることもある。しかし、それとは別にブラックホールという不思議な天体も存在する」という結論になる可能性も十分にあり得ます。


今回の研究結果が正しいのか、それとも間違っているのかについて、現時点で結論を出すことは困難ですが、将来に渡って検証が全く不可能というわけでもありません。いて座A*の周りを公転する天体の軌道は、いて座A*の正体がブラックホールである場合と暗黒物質の塊である場合とで、1%未満のズレがあるためです。これはわずかな差であるとはいえ、ゼロではないという点が重要です。


現状の観測技術で、このズレを直接捉えることは困難ですが、将来的な技術革新で観測可能になることが期待されます。


ひとことコメント

いて座A*がもし暗黒物質の塊だとするならば、天の川銀河の中心と周辺の両方の謎が同時に解決するかもしれないよ。(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


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