小学生のうちに教えなければならないことがある…NBAで活躍する河村勇輝を変えたミニバス監督のひとこと
※本稿は、島沢優子『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
■山口県の少年バスケで河村を育てた「学び」
「あの子はね、常にいいほうに裏切ってくれるんですよ」
河村(かわむら)勇輝(ゆうき)がミニバス(小学生)時代に所属した柳井バスケットボールスポーツ少年団(山口県柳井市)元監督の森本敏史(としふみ)。NBAプレーヤーに成長した教え子に、森本は自分の予想を何度裏切られたかわからない。
河村が山口県内の公立中学校から、高校王者の福岡第一高校へ進学するとき、森本は「3年間一度も試合に出られないかもしれない」と心配した。21歳で日本代表入りした際も「あの身長で他国に通用するのか」。NBA挑戦を発表したときも「プレータイム自体与えられるんだろうか」と不安を隠さなかった。
ところが、河村は2024年にメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約(NBAチームとその傘下にあるGリーグチームの両方でプレー可能な契約)を結ぶと開幕ロースター(登録メンバー)に残り、10月のヒューストン・ロケッツ戦に出場。日本人4人めのNBA選手となった。
「試合の配信映像を見るたびに、小学生だった勇輝を思い出します。あそこにパスしてほしいなって思ったとき、その通りにできる子はいい選手ですが、彼は、えっ! そこに投げるの? という驚きを見ている人にもたらします」
■「えっ! そこに投げるの?」というセンス
だからこそ河村はNBAの観客から「ユウキ! ユウキ!」と出場をリクエストされる。たった1シーズンでアメージングな選手として認知された。
バスケットのような球技は、高いセンスや感性が幼少時に培われることが多い。であれば、河村にその環境を用意したのは森本だ。1996年、公立小学校で教鞭をとりながら同クラブで指導を始めた。前任者から監督を引き継いだ翌年、28歳のときに早くも全国大会にチームを導いた。中国大会でも優勝。ミニバスにのめり込んだ。

「怒鳴って指導していました。試合に負ければその点差分の回数など、罰走をさせていました。練習に活気がなければ、気持ちが出てないからダッシュしようかって言ってやらせたり。厳しくすればするほど子どもはついてくると思っていました」
実際、子どもたちは厳しい練習に食らいついてきた。最初の全国大会出場から8年後。またもチャンスが巡ってきた。170センチ級の長身選手をはじめ才能のある子どもが揃った。ライバルクラブから「森本君、全国大会間違いなしだね」と太鼓判を押された。
それなのに出場権を逃した。
「よくよく見ると、一人ひとり(の実力)が伸びていなかった。俺はこんなに一生懸命にやっているのに、なぜ子どもは伸びないのかって。本当に苦しかったですね」
■監督は怒鳴り、罰も与える指導を見直す
考えあぐねているとき、本職である教師の経験からヒントをもらった。教育現場で少しずつ広がり始めた「主体的学び(アクティブラーニング)」である。大まかに言えば「目の前の課題について自ら考え、解決法を探る力をつける教育」を指す言葉だ。そのためには、教師が一方的に何かを教えたり抑圧したりせず、子どもが主体的に動いたことを認めて、ほめることが重要だと森本は理解した。
この教育観はバブル崩壊後の1990年代から関心を寄せられるようになった。当時、教員として中堅に差し掛かっていた森本は、こう振り返る。
「学校でも、子どもを認めてほめて育てようという気運が高まりました。学校が変わろうとしているのに、ミニバスで厳しくやって伸びるわけがないと気づけたのが大きかった。怒って圧力をかけるのではなく、いいところをほめて挑戦させる、頑張らせるという指導スタイルに変わっていきました」
森本は「自分で変えた」と言わずに、「変わっていった」と表現する。
「こんなことを言ったら叱られると思うのですが、僕は指導が楽しくて仕方なくてミニバス中心に教員生活を送っていました。そんなふうでしたから、『あいつミニバスばっかしてるじゃん』とまわりに言われるのが嫌で、教員の仕事を頑張っていたんです。だから(主体的学びに関する)講習などにも積極的に参加しました」
■子どもが「腹落ち」するように導く
学校では、トイレのスリッパを揃えた児童に「ありがとうね」と声をかけることから始めた。随所で子どもを認めることを意識すると、子どもたちが授業やさまざまな活動で主体的に取り組み始めるのを実感した。
学校で学んだ新しい教育観は、ミニバスのコーチングにも大いに役立った。いいプレーをほめると、子どもがまたやろうとする姿が見えた。試合の結果ではなく、頑張るプロセスをほめた。
「子どもが自分からやらにゃ身につかんと腹落ちして、バスケットボールを好きになってもらえるよう、楽しめる練習を心がけました」
ある日、他チームの監督たちから「先生のところの選手は、なんであんなに頑張るんだ?」と感心された。怒ったり、厳しい言葉で追い込んだりしないのに、全員がサボらない「頑張るチーム」になっていた。それが2006年から2007年にかけてのことだ。
その2年後の2009年秋、小学2年生の河村が入団してきた。

■9歳にして「ユウキ!」コールが巻き起こった
「先生、面白い子が入ってきたよ」
練習に行くと、下級生担当のコーチが息を弾ませ駆け寄ってきた。見に行くと、ボールが手のひらに吸い付くようなドリブルをしていた。3年生になると、試合でスーパープレーを見せるようになった。相手を背中で巻き込むようにバックターンをしてシュートを決めた。ノールックパス(受け手を見ずに出すパス)などトリッキーなプレーは、スタンドで応援する仲間の親たちをも虜(とりこ)にし、9歳にして「ユウキ! ユウキ!」とコールされた。

河村がこの時点ですでに会得していた高い空間認知力やパスセンスは「NBAマニアだったお父さんのおかげでしょう」と森本は言う。往年のNBAスター、マジック・ジョンソンやマイケル・ジョーダンの大ファンだった父親が集めたビデオを、河村は就寝前に毎日のように観ると聞いた。
■「ルーズボールを追いかけず、怒られた」
上級生の試合に起用し始めた4年生のころだった。森本は、河村を初めて怒った。練習試合でルーズボールを追いかけなかったからだ。
「頭がいい子ほど、転がるボールに自分が追いつけるかどうかを見極めようとします。ただ、追いかけないと本当に追いつけるかどうかわからないし、追いかける姿が仲間を勇気づけることだってある。そこは小学生までに伝えなくてはいけません」
勇輝! なぜ追いかけないんだ!
怖い顔でそう怒ったらしい。らしい、と書くのは、そのときのことを森本はあまり覚えていないからだ。河村がBリーグの横浜ビー・コルセアーズに所属していたころ、試合を観に行った森本は河村と並んで地元放送局の取材を受けたことがある。その際「森本さんに怒られたことはありませんでしたか?」と尋ねられた河村本人が「ルーズボールを追いかけなくて怒られました」と答えたのだ。
忘れていた森本は隣で「そんなことを覚えていたのか?」と驚かされた。一度も怒った記憶がなかった。目を丸くする恩師の横で、河村は「あのとき追いかけなくて怒られたので、そこからルーズボールは最後まで追うようになった」と胸を張った。
■「好き」という気持ちが成長を加速させる
6分×4クオーター制のミニバスは、選手たちに出場機会を与えるために1人3クオーター(18分)までしか出場できない。3クオーター出る選手は「ベストメンバー」と呼ばれるが、河村は4年生からチームの司令塔であるポイントガードのポジションでそこに入っていた。
4年生のベストメンバーは珍しい。河村が最上級生になったときに全国制覇をと目論んだ森本は、ときにミスがあっても経験を積ませた。
「勇輝が高校時代に毎日シュート600本イン(成功)させたという話が以前話題になりましたが、小学生のころからやっていました。1000本入れてきたと聞いた日もあります。あの子の一番の才能は努力です」と語る。その努力を支えたのは、森本らに育まれた「バスケが心底好き」というマインドだろう。だから、ああ今日は体がだるいなと感じても、コートに立ちシュートを打ち続けたのだ。
■スランプになっても心底好きなら打開できる
河村が6年生になったとき、森本は初の日本一を成し遂げた。
「僕が指導スタイルを変えた後に彼が来たのは、本当にタイムリーだったと思います。小学校の教員になって本当によかった」

森本の指導に影響を与えた「主体的学び」は、河村が小学5年生になった2012年8月に文部科学省中央教育審議会の答申に「アクティブラーニング」という表現で初めて記載された。2020年度から小学校、2021年度から中学校、2022年度から高校で実施された新しい学習指導要領の総則には「主体的・対話的で深い学び」という言葉が登場している。
この主体的・対話的学びがいかほどに日本の教育に根付いているかはわからない。しかし、NBAで仲間たちと英語で会話し、アメリカメディアの取材に堂々と答える河村の姿を眺めていると、主体的に動くことで自らの人生を切り拓いているさまが見てとれる。
「好き」の破壊力は最強だ。故障や不遇が続いても、その競技が心底好きなら必ず困難に向き合える。河村はこれからも、森本を「いいほうに裏切ってくれる」だろう。教え子が想定外の活躍を見せることこそが、指導者の価値ではないだろうか。
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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
ジャーナリスト
筑波大学4年時に全日本大学女子バスケットボール選手権優勝。卒業後、英国留学などを経て日刊スポーツ新聞社東京本社へ。1998年よりフリー。スポーツや教育などをフィールドに執筆。2023年5月に上梓した『オシムの遺産 彼らに授けたもうひとつの言葉』(竹書房)は2024サッカー本大賞特別賞。ほかに『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)、『部活があぶない』(講談社現代新書)など。調査報道も多く「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。沖縄県部活動改革推進委員、日本スポーツハラスメントZERO協会アドバイザー。
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(ジャーナリスト 島沢 優子)
