『ぼのぼの』© 1993いがらしみきお/“ぼのぼの”映画製作実行委員会

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 開業から140周年を迎えた新宿駅は、いま再開発計画が進み、かつてないほどの変化のただなかにある。駅の顔の一つ、小田急百貨店本館の解体が完了し、48階建ての高層ビルが建設される。駅周辺が生き物のように姿を変え続けているなか、街のシンボルの一つだった、若者文化の象徴として知られた新宿アルタも、その歴史に幕を下ろした。

参考:「新宿東口映画祭2025」いがらしみきお、吉田大八、石井裕也らのトークイベントが決定

 そんな時代のうねりのただなかで、今年も“あの映画イベント”が幕を開ける。「新宿東口映画祭」である。

 「新宿東口映画祭」とは、長年の間、街の歴史とともにあった映画館、「新宿武蔵野館」と、ミニシアターブームを牽引してきた「シネマカリテ」という、二つの映画館で開催される、新宿駅のすぐそばでおこなわれる映画祭だ。

 ここでは、新宿東口映画祭の内容を紹介しながら、映画ファンはもちろん、これまで「映画祭」に足を運んだことのない人にも、配信サービスが普及し映画館で映画を観る機会が減りつつあるいまの時代に、“新宿の街で映画祭を楽しむ意味”を提案していきたい。映画への情熱に溢れた、多様な趣味に対応したイベントの中には、あなたの琴線に触れるものが、必ずあるはずだ。

 開催第5回目となる2025年のテーマは、「映画でよむ」。「本」をテーマにした作品や、詩、小説や漫画など、力を持った原作のある作品が、人気作品の中からセレクトされた。今回の「映画祭ナビゲーター」に就任した、映画ライターのよしひろまさみちは、「表層の娯楽的体験だけでなく、観る人それぞれにこれからの人生を豊かにする“何か”を受け止められる作品群が揃っています」とコメントしている。

 上映作の一つ、三浦しをん原作の『舟を編む』(2013年)は象徴的だ。松田龍平、宮粼あおい出演で石井裕也監督が描く、辞書編集部で働く人々の物語は、言葉を通して現実の世界を“読むように”仕事の不思議さを映し出している。

 同じく石井裕也監督作として、最果タヒが“詠んだ”詩集を映画化した、石橋静河、池松壮亮出演の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017年)も上映。一部の回において、石井裕也監督とミヤザキタケル(映画アドバイザー)のトークショーが予定されている。

 今年生誕100年を迎える三島由紀夫の異色SF小説を映画化した、リリー・フランキー、亀梨和也、橋本愛出演の『美しい星』(2017年)も上映される。監督の吉田大八は、よしひろまさみちとともに、一部上映回後のトークショーに参加する。吉田大八監督作として、吉田和正原作、堺雅人が実在の結婚詐欺師を演じる『クヒオ大佐』(2009年)も上映プログラムにタイトルを連ねた。

 三島由紀夫のドキュメンタリー作品『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』(2020年)の上映も貴重。三島が自決する1年前に、東大全共闘とおこなった討論の映像、そして関係者のインタビュー映像を通して、難解な三島の人物像を観客が“読んでいく”作品となっている。

 人気漫画の初のアニメ化作品である『ぼのぼの』(1993年)の一部上映回の後には、原作者・いがらしみきおと藤津亮太(アニメ評論家)のトークショー、さらに、ぼのぼのが来場し、15名限定でいがらしみきおサイン会も開催される(サイン会用鑑賞券は完売)。

 アニメ作品は今年も充実している。声優として中森明菜も参加した、太宰治の有名な小説を基にした劇場アニメーション『走れメロス』(1992年)、はるき悦巳の漫画を原作としたTVアニメの劇場版で、高畑勲監督作でもある『じゃりン子チエ』(1981年)、そしてアメリカの天才監督ブラッド・バードの劇場初監督作品にしてカルト的な人気のある『アイアン・ジャイアント』(1999年)が上映される。『アイアン・ジャイアント』の一部上映回では、よしひろまさみちが作品の魅力を語るトークショーも催される。

 注目したいのは、本映画祭初の試みとしておこなわれた、ファン投票で上映作品を決めるという企画。選ばれたのは、あのショートアニメ『チャージマン研!』である。『チャージマン研!』といえば、低予算、厳しいスケジュールなどの事情によって尺を埋める独特の間が存在していたり、強引なストーリー展開が後年話題となり、逆にカルト的な人気を集めるようになった作品。なかでも常軌を逸した伝説の回が、いくつもピックアップしたかたちで、今回上映されるのだ。

 『チャージマン研!』が映画館のスクリーンで楽しめる機会は、そうそうない。いったい劇場内がどんな雰囲気になるのか、気になって仕方がない。上映回では、株式会社ICHI(旧・制作会社ナック)の代表取締役・吉野百子、河野義勝(武蔵野興業株式会社 代表取締役社長)の特別対談も予定されている。

 新作として今回プレミア上映されるのは、『Dr.カキゾエ 歩く処方箋~みちのく潮風トレイルを往く~』。これは、82歳になる「Drカキゾエ」こと医師の垣添忠生が、青森県八戸から福島県相馬までの1025キロを歩いて回るドキュメンタリー。道中に出会った、東日本大震災を生き抜いた人々とのふれあいを通して、ある気づきが語られる。

 とくに、「映画祭」を経験したことのない方や、古い映画作品にあまり馴染みがない方に、おすすめしたいのは、映画史における重要作『カリガリ博士』(1919年)や、『【活弁】「映画でよむ」~無声映画篇~『ベン・ハー』』『【活弁】「映画でよむ」~クラシックアニメ篇~』などのプログラム。

 話題の新作映画を楽しむのも良いけれど、古着屋やヴィンテージショップで唯一無二のアイテムに出会うように、普段なら関わらない作品に会いに積極的に劇場に出向いて、映画館の息吹を味わう経験は、貴重な財産になるはず。ファッションや音楽が、いつでも過去のスタイルを参照しているように、過去の名作を観るたびに、「自分の目」も養われていく。「新宿東口映画祭」は、そんな機会を提供してくれるのだ。

 「新宿東口映画祭」は、多くの映画祭に比べ、“街”や“人”に近い。前半は落語とトーク、後半は落語を通して人々の交流や成長を描いた映画『しゃべれども しゃべれども』(2007年)を上映する、レガス出張落語会とのスペシャルコラボイベント「~シネマカリテで落語を~」では、映画と寄席の文化が根付く街の映画祭ならではの劇場体験が味わえるだろう。

 唯一無二の劇場体験といえば、「新宿東口映画祭」と同時開催される提携企画「カツベン映画祭」にも注目してもらいたい。まだ映画に音声がなく、映画が「活動写真」と呼ばれていた時代、「活動弁士」という、劇中のセリフや状況を語る役割を担う人々や、音楽を奏でる「楽士」たちが多数活躍していた。そんな時代のスタイルが、この映画祭では再現され、喜劇王・チャップリンのコメディや、テイラー・スウィフトの楽曲のモデルとなった伝説のスター、クララ・ボウのラブコメディ『恋人強奪』(1927年)など、さまざまなタイトルが上映される。

 「第五回カツベン映画祭」でも、澤登翠などをはじめとする現役活動弁士、現役の楽士やミュージシャンが、生でパフォーマンスをおこなうという、豪華な劇場体験が楽しめる。ゲスト弁士としてフリーアナウンサー笠井信輔、茅原ますみ夫妻も登場予定。配信やソフトでは実現できない、まさに「一期一会」の魅力が、ここにあるのだ。

 新宿の歴史を見つめてきた映画館、「新宿武蔵野館」、「シネマカリテ」。街が急速に変遷を遂げていくなか、いまだ変わらないのは、そこで映画を楽しんできた人々の、映画を愛する精神だ。そしてスクリーンに映る映像の奥に、何があるのかを知りたいと思う好奇心も健在だろう。アクセスのしやすい新宿の真ん中に気軽に足を運んで、映画を「よむ」体験を、思う存分味わってほしい。

(文=小野寺系(k.onodera))