昌平に初の日本一をもたらした玉田圭司の情熱。就任1年目の新米監督が選手たちと築いた深い絆【総体】
習志野高でインターハイと選手権に出場し、プロ入り後は柏や名古屋で活躍。日本代表としてもワールドカップに二度出場し、06年大会のグループステージ最終戦ではブラジルからゴールを挙げた。昨年4月から臨時コーチを務めていた昌平で監督に就任してから約5か月。選手として輝かしい経歴を持つ玉田圭司監督が歓喜の瞬間を迎えた。
それでも諦めず、後半31分にMF長璃喜(2年)がハーフウェーラインを超えたあたりから持ち上がり、右足でミドルシュートを叩き込む。勢いに乗った昌平は同34分に長の左クロスにFW鄭志錫(3年)が頭で合わせ、この試合で初めてリードを奪った。最後は相手の猛攻を凌ぎ、冬の選手権も含めて初の日本一に輝いた。
永遠のサッカー小僧――。そんな表現がぴたりと当てはまる。かつて、習志野時代の恩師でもある本田裕一郎氏(現・国士舘高総監督)は玉田監督についてこう回想する。
「玉田はボール遊びが好きな選手でね。ボールを奪おうとしても、なかなか取れないんだよね」
優勝後、表彰式を待つ間に玉田監督はひとりになると、空いたスペースで壁打ちをしていた。スタンスは今でも変わらない。「技術、テクニックは僕の中で絶対にないといけないもの」と言い切り、サッカーを楽しむ姿勢を大事にしていることが見て取れる。
【画像】堀北・ガッキー・広瀬姉妹! 初代から最新19代目の藤粼ゆみあまで「歴代応援マネージャー」を一挙公開!
指揮官の考えは選手たちにも伝播。鄭の言葉からも垣間見える。
「誰よりもサッカーが好きで、誰よりもサッカーを楽しんでいる。人として尊敬しているし、選手としても尊敬している」
選手たちとの関係性もフレンドリーで、近寄り堅い雰囲気は一切ない。時に冗談を交え、コミュニケーションを取る際は同じ目線。キャプテンのMF大谷湊斗(3年)が玉田監督の姿を明かす。
「すごく話しかけてくれるし、フレンドリーで話しやすいし、親しみやすい。学校の先生ではないので絡みやすい(笑)」
その一方でサッカーの厳しさも子どもたちに伝えてきた。「常に情熱を持っているし、毎週のように自分たちのために関わってくれるんです」(鄭)。楽しむだけではなく、勝負にこだわるマインドや球際で戦うスタンスを浸透させてきた。サッカーの原理原則に基づき、“ゴールを奪う”、“ゴールを守る”という部分を練習から徹底。それは普段のメニューにも表われている。
リーグ戦で無得点に終わった翌週は、ゴール前の崩しやフィニッシュに重きを置いたトレーニングを実施。相当な熱量で声をかけ、自らデモンストレーションを行なう時もあった。今までの昌平であれば、“巧さ”があっても得点を奪えない。そんなシーンも目立っていたが、今大会も含めて今季はゴールに向かう姿勢がグッと強まった。
また、子どもたちに訴えかける言葉もメッセージ性と熱がある。神村学園との決勝でも心に訴えかける場面があった。後半の半ば過ぎに取られたクーリングブレイク中の出来事だ。
1−1で迎えたが、旗色は芳しくない。特に左ウイングの長と右ウイングの山口豪太(2年)は積極性を欠き、仕掛けの意識が薄れていた。そこで指揮官は発破をかけたという。
「豪太と璃喜には相手の14番(名和田我空)と比較させてもらい、14番は素晴らしいけど、お前らもそれくらいの存在にならないといけないぞ」
気持ちに働きかけるだけではなく、具体的なメッセージと心をくすぐる言葉でモチベーションを上げる。玉田監督のカラーが滲み出ているシーンだった。
優勝が決まった瞬間、玉田監督の目には涙があった。「歳のせいかな」とおどけるが、子どもたちとともに掴んだ優勝は特別だった。
「大会を通じて成長したところは、本当に球際や戦う姿勢。テクニックや技術だけでは勝てなかった。それは選手たちが感じてくれて実行してくれたと思う」(玉田監督)
楽しさと厳しさ。サッカーに不可欠な要素を融合させた新米監督は「(本田さんの気持ちは)いまだにイメージできない」と監督業の難しさについて苦笑いを浮かべたが、初優勝の裏には玉田流のアプローチと信念があった。
取材・文●松尾祐希(サッカーライター)
