なぜガラガラの路線が増えてしまうのか…「北海道新幹線の延伸」を誰も止められない鉄道行政のヤバい闇

■青森駅を過ぎるとほぼ貸し切り状態になった
――『覇王の轍』では、日本の鉄道行政のあり方や、鉄道会社の組織的な問題を指摘されています。鉄道に着目したきっかけを教えてください。
実は、ぼくは鉄道に関心がほとんどなかったんです。鉄道ファンでもマニアでもありませんし、ふだんも必要に迫らなければ新幹線にも乗りません。取材などで遠出する場合は、自分のクルマかバイクで目的地に向かいます。電車や新幹線では、その町の郊外の風景や住宅街の雰囲気、地元に根付いた食堂などに触れる機会が減ってしまいますから。
そんなぼくが鉄道行政をテーマにしたきっかけは、信頼できる人からJRグループが直面している問題を教えられたからです。
話を聞いて新幹線で東京から函館まで行き、驚きました。
ぼくが乗った普通指定席の車両で、東京駅から仙台駅までは利用率が6割ほど。仙台駅でだいぶ降りて、盛岡駅を過ぎると乗客は2割ほどに減り、青森駅でほとんどすべての客が降車して貸し切り状態になった。「こんなにガラガラなのに経営が成り立つのか?」と疑問がわきました。
北海道新幹線の建設費用は運営主体のJRが「貸付料」として支払う一部を除いて、国と地元自治体が負担することになっています。建設段階ですでに国民に負担はあるわけですが、JR北海道が立ち行かない状況になれば、どうなるでしょう。国民の負担はさらに増大します。そしてこの構造は全国の新幹線建設事業に共通している。そうした問題意識が『覇王の轍』を執筆する出発点になりました。
■経営のひずみはボロボロな車体にも見て取れる
――「空気運んでいるって揶揄されている」という登場人物のセリフとも重なりますね。
企業はどのように利益を得て、組織運営していくか。ぼくはかつて通信社で経済担当の記者として、そんな記事をたくさん書いてきました。ぼくの目には、新幹線の延伸がその多額の予算に見合うようには見えなかった。
執筆当時、2030年度までに、函館と札幌を結ぶという新幹線延伸計画が走り出していました。しかし果たしてニーズがあるのか不思議に思いました。札幌の友人たちに「新幹線できたら乗る?」と聞いたのですが「乗らない」とみな口を揃えました。札幌―函館間は、JRや高速道路が走っているほかに、高速バスも航空機も運行している。道民のほとんどはクルマで移動しています。
少し前までは北海道新幹線を旭川まで延ばす話もありました。ただ札幌―旭川間は飛行機こそ飛んでいませんが、JRの特急に乗っても高速道路を走っても1時間半ほどの距離です。
札幌駅に行ってみると、ムリな経営のひずみが見て取れた。札幌駅から道内の主要駅へ向かう車両はボロボロ。塗装がはげてさびが浮いていたり、車体がへこんでいたりする車両が少なくなかった。走行中もガタガタと揺れる。自然環境の厳しい北海道では、車両も線路も傷みやすく、単純比較はできませんが、JR東日本やJR東海でそんな車両は見たこともなかった。採算がとれないから、塗装したり修理したりするメンテナンスが行き届いていない。
■民営化以降国が補助金を出し続けている
――JR北海道は2011年に石勝線列車脱線火災事故を発生させました。2年後には函館線で貨物列車脱線事故が起きた上、レールの検査データを改ざんするなどの重大事故や不祥事がありましたね。
鉄道事故と言えば、2005年に起きたJR西日本の福知山線の脱線事故を想起する人も多いでしょう。ただしJR北海道の事故とは問題の性質が異なると思います。JR西日本は利益を出していますが、JR北海道は民営化当初から補助金がないとやっていけなかった。
「現場社員のずさんな記録管理」などが原因として挙げられていますが、背景には、こうした厳しい経営状態の中で、修繕などへの投資が十分にされなかったという状況があったのではないでしょうか。
加えて、北海道新幹線の延伸計画が5年も前倒しされた。2012年に決めた札幌までの延伸計画では2035年完成予定だった。それなのに2030年の札幌オリンピック招致に合わせて、計画が5年前倒しされた。ふつうは5年の工期前倒しなんてありえません。そのしわ寄せを受けるのは現場です。
鉄道行政の構造が、不祥事の温床になり、重大な事故につながっているという確信を深めました。
それにJRグループのなかでもJR北海道はもっとも脆弱(ぜいじゃく)な企業なんです。毎年国が補助金を出して支えている。突き詰めていくと1987年の民営化で、独り立ちさせてよかったのか、という疑問にまで行き着く。

■そもそも乗客を運ぶための鉄道ではなかった
――登場人物のひとりが作中のJR北海道をモデルにした鉄道会社について語った「鉄道なのに、積極的に廃線にしたがっている不思議な会社」というセリフも印象的でした。
数年前、やはり取材で利用した九州新幹線でも車内が閑散として驚いた覚えがあります。九州では高速バス網が発達しているので利用者が少ない。ただJR九州は不動産開発などで経営を多角化させて成功している。
一方の北海道では、札幌や旭川以外では急速に過疎化が進んでいます。そもそも北海道の鉄道は乗客を運ぶために敷設されたわけではありません。かつては石炭などの貨物輸送で発達しました。しかしいまは炭鉱町に住民がいないでしょう。利用者がいないので採算がとれるわけがない。ただし全線廃止するといっても、農産物などを運ぶインフラであるグループ会社のJR貨物の経営には路線が不可欠です。だから廃線にしたくてもできないという事情もある。
そんな状況で、札幌、さらに旭川へと新幹線を延ばすというのはムリがある。おそらく関係者はみんな分かっているはずですが……。
■「日本列島改造論」の呪縛はいまも生きている
――なぜ計画を止められないのでしょうか?
インフラが利権の塊だからです。新幹線の駅の誘致は、政治家の票に結びつく。延伸工事などにたずさわる下請けの地元建設会社にもお金が落ちる。それもまた票になるから、誰も現状を変えようとしない。

では、路線を延ばし続ければ、どうなるのか。JRは、独立行政法人の鉄道建設・運輸施設整備支援機構に線路使用料を支払っています。利用者が減り続ければ、そう遠くない将来に赤字になり、線路使用料さえ支払えなくなるでしょう。税金でまかなうにしても限界がある。インバウンドが期待できると考える人がいるかもしれませんが、日本の鉄道によほど関心を持つ旅行者でない限り、飛行機を使います。冒頭で指摘したとおり、そのツケはやがて利用者である国民ひとりひとりに跳ね返ってくる。
鉄道行政が抱える矛盾点を洗い出していくと、ひとつの結論にたどり着きました。それが日本の鉄道事業は、いまだに田中角栄の“日本列島改造論”の呪縛から逃れられていない、ということ。政治家や官僚のなかでは、50年前に計画された“日本列島改造論”が生きている。その事実に気づき、愕然とさせられました。(後編に続く)
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相場 英雄(あいば・ひでお)
小説家
1967年、新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりドラマ化され、ベストセラーに。その他の著書に『覇王の轍』(小学館)などがある。
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(小説家 相場 英雄 聞き手・構成=ノンフィクションライター・山川徹)
