「私たちの関係は、何だったの...?」恋と友情のあいだで苦悩した女。最後の哀しき願いとは
―あの頃の二人を、君はまだ覚えてる...?
誰もが羨む生活、裕福な恋人。不満なんて何もない。
でもー。
幸せに生きてるはずなのに、私の心の奥には、青春時代を共に過ごした同級生・廉が常に眠っていた。
人ごみに流され、都会に染まりながらも、力強く、そして少し不器用に人生を歩む美貌の女・里奈。
運命の悪戯が、二人の人生を交差させる。これは、女サイドを描いたストーリー。
7つ年上の直哉との結婚した里奈は、同窓会で再会した廉と結ばれるが、間も無くして破局を迎えた。
そして、廉と再び会うことを決めたが...?

「彼に、アメリカで一緒に暮らそうって言われてるの」
思い切ってそう告げてしまうと、途端に肩の荷が下りたと同時に、二人の距離がまたぐっと開いた気がした。
きっと同じような想いを抱えながら、どうして私たちは、こんなに皮肉な関わり方しかできないのだろう。
-恋と友情のあいだ-
うまく説明のつかない感情の狭間を行ったり来たり。これ以上ないほど心を寄せ合ったかと思えば、何かを牽制するようにお互いを遠ざける。
大事で大切で仕方がなくて、失うのが怖い。だから一緒にはなれない。
私たちは唯一無二の理解者であると同時に、誰より深くお互いを傷つけることができる存在だと分かっているから。
「...再婚...ってこと?」
廉は優しげに微笑んでそう言ったが、その顔には、やはり複雑な感情が浮かんでいるように見える。
「まだ具体的に決めたわけじゃないけど。そう...なると思う」
私はできる限り、正直に答えることを意識した。中途半端な気持ちを残したままでは、きっと永遠に廉と離れることなんてできない。
「そっか、良かったじゃん。おめでとう。たしかに汗水垂らして頑張るシングルマザーなんて、里奈に似合わないもんな」
そして二人は、渇いた声で笑い合う。
けれどその軽い笑顔の奥で、視線だけが本音を隠せずねっとりと絡み合っているのは確かだった。
私はそれに、必死で気づかない振りをした。
廉との再会により、再び心揺れる里奈だが...
彼の優しさが、痛い
「リナ?どうしたの、ぼんやりして」
青山の『キハチ』でランチ中だった私は、海斗に顔を覗き込まれ、ハッと我に返った。

「ごめん、少しぼうっとしてただけ...」
咄嗟に何でもない風を装ったが、次の瞬間、玲美がベビーカーからお気に入りのウサギのぬいぐるみを不機嫌そうに床に投げつけた。
「こら!!」
思わず恐い顔を作り叱りつけたものの、罪悪感が胸を巣食う。
もうすぐ3歳になる玲美は日々多感になり、周囲のちょっとした変化で感情がすぐに荒ぶるのだ。母親の心の中を見透かしているようで、ときどき少し怖くなる。
廉と会ってしまったあの日から、生活リズムは乱れるばかりだった。夜はうまく眠れずに睡眠不足が続き、お陰で仕事や家事でミスを多発している。
「リナ、最近少し疲れてるんじゃない?」
そんな私に海斗は心配そうな顔を向け、今にも激しく愚図りそうな玲美を抱き上げてくれた。
「ううん、大丈夫。ありがとう...」
「もっと甘えてくれていいのにな。僕たち、もうそろそろ一緒に暮らさないか?」
「え...」
その意外な言葉に、私はついあからさまに動揺してしまう。
海斗とは出会って以来、お互いの生活を尊重し、決して負担にならないよう、何となく距離を探り合うような関係を続けてきた。
彼も私も人間関係で精神や体力を消耗することに懲りていたし、特に男女の恋愛には慎重になっていたと思う。
海斗は常に紳士で冷静で、あまり感情を表に出さない男だった。もっと若い頃なら、寂しさや物足りなさを感じたに違いない。しかしそんな彼の性格は、離婚後の私にとっては“しっくり”と感じていた。
けれどそんな海斗が、緊張した面持ちでアメリカへの帰国話を持ち出したあの日。
一緒に来ないか、という彼のどこか怯えたような目を見て私が感じたのは、穏やかな安心感だった。
そして、海斗にすっかり懐いている玲美にとっても、決して悪い選択じゃない。そんな風に思い、ホッと胸を撫で下ろしたはずなのに。
彼は、次の春までにはアメリカに戻る必要があると言った。そしてもしも私と玲美が一緒に来てくれるなら、ビザや移住の諸々の手続きも進めたいと。
私は「前向きに考えたい」と答え、それ以来ふたりの関係は急速に深まり、週の半分以上を海斗と過ごすようになった。
...にも関わらず、結局、廉に会ってしまってから、私の心には迷いが生じている。
こんな気持ちで、海斗と一緒になることが正しいのか。
いや、過去の男への未練を立ちきれず、娘の幸せを奪うような選択をすることこそ、間違っている。
「...もちろん、今返事をする必要はないよ。いずれ一緒に暮らすなら、少し早まってもいいかなと思っただけなんだ」
黙りこくってしまった私に、海斗は先回りをするように微笑んだ。
彼の正当な優しさが、胸に沁みて痛い。
もういい加減、周囲に流されてばかりの中途半端な生き方はしたくない。そう自分に誓ったはずだったし、実際に離婚後は自分なりに精一杯、地に足をつけた日々を送ってきたと思う。
それでもなお、ほんの少し顔を見ただけで、これほど廉に心を掻き乱されてしまう自分が情けなかった。
何年も何年もすれ違い続け、廉と私の間にハッピーエンドなんて永遠に訪れないことくらい、分かり切っているのに。
...けれど、この時にはもう、私の気持ちはほとんど決まっていた。
里奈の最後の選択。そして、“親友”未祐の知られざる本音とは...
未祐:ずっと、羨ましかった。
「え...?金沢に、帰る...?」
六本木の『MERCER BRUNCH』にて、清々しい表情をした里奈からそんな報告を聞いたとき、私はつい呆気にとられてしまった。
彼女がアッサリ離婚を決めたときも、同じような感覚に陥ったのをよく覚えている。

“親友”である里奈に対する複雑な感情を、私は自分でも上手く理解できない。
対抗心、嫉妬、そして羨望―。
そんな醜い感情を長年処理することができず、しかし同時に、美しく儚げで、そして離婚後もなお男を魅了し続ける彼女への憧れを捨てることもできないのだ。
「新しい彼と、アメリカに行くんじゃなかったの?」
その報告を聞いたときは、再び嫉妬心を刺激される一方で、里奈が過去の誰よりも堅実な男を選んだことに妙に気抜けした。
直哉さんとの裕福な生活に不満を抱き、そして廉と不実な恋に溺れていたときは、あれほど彼女を憎いと思ったのに。
しかし、なぜ。アメリカに行くでも東京に残るでもなく、金沢に帰るなんて言い出すのか。
「...色々あったんだけど...、実は、お父さんが脳梗塞で倒れたの。私たちも、もう親の心配をする歳なのね」
理由は、意外なものだった。
里奈の父親は一命は取り留めたものの後遺症が残ってしまい、再発リスクも高いため、この状況でアメリカに渡るどころではなくなってしまったのだという。
また、地方の金持ち特有の介護や家業等の家族問題もあり、独り身である里奈は地元に戻ることを余儀なくされた。私が紹介した投資ファンドの仕事も、一旦休みを申請したらしい。
「でも...。実は、それだけじゃないの」
声を潜めた里奈は、“女”の顔になっていた。娘の玲美ちゃんはストッケのベビーカーの中でスヤスヤと眠っている。
「...こんなこと未祐にしか言えないけど、少し前に、廉に会ったの...」
心臓が、キュッと締め付けられた。廉にまるで相手にされなかったあの夜の記憶が蘇る。
「ねぇ、笑わないでね?ずっと素直になれなかったんだけど...私、やっぱり何だかんだで廉が好きみたい。だからね、こんな気持ちで海斗について行くのは、どちらにしろ良くないって思ったの」
そう告白した里奈の顔は、少女のように可憐だ。
「何...それ。じゃあ、また廉と戻る気...?」
思わず、低い声が出てしまった。しかし里奈は何に気づく様子もなく、笑顔のまま頭を振る。
「ううん。玲美もいるし、それは現実的じゃないかな。廉にそんな器もなさそうでしょ?今さらって気持ちもあるし...。それに私ね、一人で生きるのも意外と嫌いじゃないみたい。だから、もう廉と会う気もない」
里奈はどこか達観した様子で、爽やかに言う。けれどそんな彼女を前に、私の胸には苛立ちが募り始めた。
「そんな風に思えるようになったのも、未祐が素敵な仕事を紹介してくれたお陰かな。本当に、いつもありがとう」
「...馬鹿じゃないの?」
気づけば、私は唸るように本音を吐き出していた。
「いつまでそうやって悲劇のヒロインぶってるつもり?あんた達二人が長年コソコソ愛し合ってるのなんて、周りの人間はみんな知ってる。
もう、さっさとくっつきなさいよ。過去がどうとか、母親だとか、一体誰の目を気にしてるの?それこそ、今さら関係ないでしょ!?」
自分でも驚くほど声を荒げながら、私は無意識に涙を流していた。
そしてこの時、やっと分かった。
私は才色兼備でモテる里奈が妬ましかったわけでも、廉とどうこうなりたかった訳でもない。
ただこの二人の、醜いほど純粋で深い絆が、ずっとずっと羨ましかったのだ。
未祐に焚きつけられた里奈。その気持ちは変わるのか...?
里奈:彼の中で、綺麗な思い出として残りたい
未祐があんな風に感情を剥き出しにするのは、初めてのことだった。
―長年コソコソ愛し合ってる―
この生々しいセリフが、いつまでも耳に残って離れない。
「愛し合う」なんて言葉を聞いたのは、一体いつぶりだろう。直哉との新婚生活で、幾度かは囁かれたことがあっただろうか。
けれど歳を重ねるにつれ、「愛」なんて重みのある言葉を使うのはどんどん躊躇われ、いつの間にかその意味すらも曖昧になっていた気がする。
しかし、未祐のあんな様子を目の当たりにしても、私はどうしても再び廉に接触する気にはなれなかった。
日々多感になる玲美を、これ以上母親の都合で振り回したくなかったから。いずれにせよ、しばらくは金沢に帰る必要があるから。
そして、他の男とアメリカに行くと告げた廉の前に、再びノコノコ登場するなんて恥ずかしいから。
理由はいくらでもあったが、結局私は、何より恐かったのだと思う。
自分の本心に向き合い、それを廉にぶつけ、拒まれてしまうことが。
海斗と別れ、アメリカ行きが無くなったことも伝える気はなかった。どうしてこんなに捻くれた行動しかできないのか。理由は簡単だ。
私は現実世界で廉と刹那的に結ばれるよりも、想いが通じ合いながら手に入らなかった女として、彼の中で綺麗な思い出として残りたい。
保身も含めて、そんな風に思っていたのだ。

仕事の引き継ぎ、引越しの手配に追われると時はあっという間に過ぎ、気づけば年の瀬は目前に迫っていた。
廉と会ったのはもう2ヶ月以上も前で、それ以来お互いに連絡はとっていない。
数日後の大晦日には、いよいよ東京を去り金沢の実家に戻る予定だ。
玲美を寝かしつけると、私は長い東京生活を振り返りながら、しばし感傷に浸った。
この後に及んで、迷いや未練があったわけじゃない。その類の感情は、海斗と別れ、金沢に帰ると決めたときにすでに消えていた。
でも...。
だからこそ、最後に廉に伝えたいこともあった。
そして悩んだ末、私は思い切って最後のメールを綴った。
里奈から廉へ、最後のメールの内容とは...?

宛先:Ren Ichijo
件名:
差出人:Rina Aizawa
廉へ
あれから、元気に過ごしてますか?
私はボチボチです。そしてもうすぐ、東京を離れます。
突然こんなメールを送って、迷惑だったらごめんなさい。
でもきっと最後になるから、廉にきちんとお別れと、これまでのお礼を伝えたいなと思いました。
とうとう東京を去ることになって、今は何だかすごく気が抜けています。不思議なくらい、名残惜しい気持ちもありません。
都会の暮らしは大好きだと思ってたけど、ここにいる限り、何だか色々と戦うことが多くて疲れてたみたい。うまく言えないけど、土俵から降りられずに一人相撲を続けてる感じ。
私、もともと田舎者だから。よくよく東京生活を振り返ると失敗ばかりで、あんまり性に合ってなかったのかも(笑) これからは、もう少し静かに暮らせたらいいな。
廉、今までありがとう。色々あったけど、廉と過ごした時間はやっぱり幸せでした。
たまに、思うんだ。
廉と出会ったのが、東京じゃなければ。
時期も生意気な学生時代なんかじゃなくて、もっと純粋な若い頃や、逆に大人になってからだったら。
そしたら私たち、もっと素直に仲良くなれたかな。
でも...そもそも私たちの関係って、一体何だったんだろうね。
出会ってから随分と長いこと、いつも近くにいたわけじゃないのに、なぜか廉とはずっと一緒に生きてきたような気がするんだ。
けど、それも今日でおしまいにする。こうして直接宣言しておかないと、また何かのきっかけで頼っちゃいそうだから伝えておきます。
廉、身体にだけは気をつけてね。
これからもチャラチャラ優柔不断で、でも優しい廉でいてくれたらいいな。
どうか、お元気で。さようなら。
里奈
◆
最後に送信ボタンを押したとき、パソコンの画面は涙でぐちゃぐちゃに滲んでいた。
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里奈から「サヨナラメール」を受け取った廉は、“本当の想い”に気づくことができるのか?

