商船三井相談役 芦田昭充氏

写真拡大

■気になる数字を一冊の手帳に収集

私は、仕事に役立ちそうな数字も役に立たなそうな数字も、アンテナに引っかかった数字はすべて、一冊の手帳に“収集”している。収集の仕方は、主に新聞の切り抜き。土曜日か日曜日、いずれかの午前中、4〜5時間を費やして、1週間分の新聞に丹念に目を通す。そして気になった表やグラフを切り抜いて、手帳に貼り付けていく。後日、表やグラフを補足するような数字を雑誌や書籍で見つけたら、転記することもある。

では、私はこの手帳をどのように活用しているかというと、数字が必要になったときに、すかさず胸ポケットから引っ張り出す……わけではない。

移動中の車の中、出張で飛行機に乗っているとき、小1時間でも時間ができると手帳を開く。そして、貼り込んである表やグラフの数字を片っ端から覚えていくのである。これを、何度も何度も繰り返す。手帳は1年で一冊を使い切るペースだが、ともかくその年度の手帳を常に携行して、暇さえあれば目を通す。

なぜ、そんなことをするかというと、数字はある程度覚えなければ役に立たないからである。必要になったときだけ手帳を引っ張り出していくら正確な数字を口にしても、それほどの意味はない。

頭に記憶させたさまざまな数字が有機的に結びついたときに、モヤモヤとしていた将来の世界経済の姿が、突然霧が晴れたように見えてきたりする。あるいは、部下が上げてきた書類の過ちを、くっきりと見通すことができたりする。

多くの表やグラフが貼り込まれ、数字が書き込まれた手帳は、私にとって“小説”のようなものでもある。よく、名作と呼ばれる小説は読むたびに異なる味わいを伝えてくれるというが、私の手帳もまったく同じなのだ。

(08年11月3日号 当時・社長 構成=山田清機)

■小宮一慶氏が分析・解説

情報のインプットだが、単に新聞や雑誌を読むだけではダメ。芦田氏のように、気になった数字を手帳に書き留めるなど、一歩踏み出したアクションが大切である。書き留めることによって、心のなかに情報がフックとして引っかかる。そして、イザというときにサッと頭のなかの引き出しが開き、ひらめきへ昇華させられるようになるからだ。

また、芦田氏のようにデータを手帳に収集していると、自分のなかに独自のデータベースが構築されていく。すると、独自の仮説が打ち立てられていき、情報や現象を正確にキャッチしていくこともできるようになる。

さらに、プレゼンが上手になる利点もある。説得力に欠けてしまうのは「安くしたら売れる」といった漠然とした意見しか出せないから。しかし、頭に生きた数字を蓄えていくことで、「5円安くすることで、1万個の売り上げ増が見込める」というように、具体的かつ説得力のある数字で物を語る思考法が自然と身についてくる。

確かに書き留めるという行為自体はささいなものであるが、その積み重ねが重要なのだ。厚さ0.1ミリメートルもないコピー用紙だって、500枚束ねると4センチメートル強の厚さになる。芦田氏をはじめ、ここに登場する経営者は、正しい努力とは何かを知り、それを積み重ねながら成功してきた。そうした努力を、私は「紙一重の積み重ね」と呼ぶ。

----------

小宮コンサルタンツ代表取締役 小宮一慶 
1957年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現職。『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』など著書多数。

----------

(小宮コンサルタンツ代表取締役 小宮一慶=総括、分析・解説)