《松屋の、松屋は、こちら》…松屋同士がふざけてる!店舗の目の前に下がった微笑ましい看板

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 牛丼チェーンの「松屋」が「松屋」デパートに常設店を出す。この一報を聞いて、思わず二度見した人も多いだろう。

【写真を見る】さすが銀座、シックな店構え…ユニフォームもオシャレです!容器も高級感たっぷり、通常品の上位互換「1390円の高級牛めし」

 2026年6月10日、銀座の老舗デパート「松屋銀座」の地下1階・弁当惣菜売場に、牛丼チェーン「松屋」の百貨店初となる常設店「松屋PREMIUM」がオープンした。同じ「松屋」の名を持つ両社の縁から生まれた企画であり、松屋フーズにとっては創業60周年の節目を飾る出店でもある。

 私は長年、流通と中食(なかしょく=持ち帰って食べる食事)の現場を見てきたが、牛丼チェーンがデパ地下に常設店として進出したケースを見たことがない。これは単なる話題作りではなく、値上げ時代に外食チェーン各社が進める「高級化(プレミアム化)」戦略のひとつの到達点なのかもしれない。

《松屋の、松屋は、こちら》…松屋同士がふざけてる!店舗の目の前に下がった微笑ましい看板

肉倍量では2000円超えの「デパ地下価格」

 まず、何が売られているのかを見ていこう。「松屋PREMIUM 銀座店」のメニューは4カテゴリー、7商品の限定ラインナップだ(価格はすべて税込)。

・神戸牛牛めし……1390円
・肉倍量 神戸牛牛めし……2080円
・国産黒毛和牛のうまトマハンバーグ……1681円
・雪国育ちの濃厚トンテキ(国産豚150g)……1681円
・創業ビーフRichカレー……1050円
・創業ビーフRichカレー×神戸牛……1681円
・創業ビーフRichカレー×黒毛和牛ハンバーグ……1681円

 ちなみに通常の「松屋の牛めし」は、並盛が460円、あたま(具)を大盛にしても630円ほど。それが神戸牛で1390円、肉を倍にすれば2080円ともなると完全に「デパ地下で売られる高級総菜」の水準に踏み込んでいる。

 店舗は広さ約1.5坪のいわゆる「ふつうサイズのデパ地下ショップ」だ。看板メニューの牛めしは、わっぱ風の容器と掛け紙で提供され、専門の接遇研修を修了した松屋フーズのスタッフが「百貨店基準」で対応する。立体感のあるブラックとウッド調のブラウンを基調に、金色のロゴをあしらった内装も、見慣れた松屋とはまったく別物の雰囲気となっている。

「調理は松屋銀座内にあるキッチンで行っています。神戸牛を美味しく味わっていただくため、まず焼いてから煮るなど独自の調理法を採用。また神戸牛にあわせた玉ねぎや紅ショウガまで国産を使用するなどこだわりの一品になっています」(松屋フーズ担当者)

 こだわった調理法のためか品質のためか、肉がとにかく旨い。出来立てが食べられるとさらに嬉しいので、カウンターのイートインに進化して欲しい。イートインであれば「つゆだく」オーダーも叶うのではないだろうか。

催事で「過去最高売上」を記録していた

 そもそも松屋銀座での常設化には伏線があった。

「松屋フーズとのコラボ構想は2019年から練られていましたが、コロナ禍の影響で一度断念されました。それが昨年、松屋銀座の開店100周年企画として食品催事に期間限定で実現すると大反響。食品催事における過去最高の売上を記録しました」

 とは、松屋銀座担当バイヤー。松屋銀座に「初めて足を踏み入れた」という声も少なくなかったということで新規顧客の獲得の成果もあったそう。その実績を受け、約1年後の今回、満を持して初の常設店として実現した流れである。

 百貨店の催事は本来、本格展開の前に反応を見る「テスト販売の場」だ。そこで数字を出してから常設に格上げするのは、リスクを抑えた手堅い意思決定といえる。

競合はもう「牛丼」ではない

 ここで注目したいのは、松屋PREMIUMの競合が牛丼チェーンではないという点だ。

 デパ地下に並んだ瞬間、比較対象は吉野家でもすき家でもなくなる。成城石井の惣菜や有名店の弁当、高級スーパーの中食商品と同じ棚で評価されることになる。つまり勝負しているのは「牛丼として高いか安いか」ではなく、「1400円前後で買えるご褒美メシとして魅力があるかどうか」だ。近年、小売業界では“プチ贅沢消費”が定着している。物価高で節約意識が高まる一方で「毎日は無理でも、たまには良いものを食べたい」という需要は根強い。松屋PREMIUMはまさにその心理を狙った商品設計といえるだろう。

 実際、大手牛丼チェーンの百貨店進出はきわめて少ない。すき家が2016年に百貨店へ持ち帰り店を出した例があるが、すでに閉店している。すき家・なか卯は現在この領域に常設店を持たず、松屋フーズの本格参入は実質的に新しい挑戦といえる。

 興味深いのは、今回の挑戦を支えるのが、実は平成のデフレ時代に磨き上げられた仕組みだということだ。牛丼チェーンは長年「いかに安く、均質な商品を大量に提供するか」を追求してきた。そのためにサプライチェーンを整備し、店舗オペレーションを徹底的に効率化してきたのである。そのノウハウが今回、高価格帯商品に活用されている。安売り競争で鍛えた効率性が、高品質商品の安定供給を支えるというのは日本の外食産業らしい、面白い逆転現象だ。

吉野家の「牛重」、ロイヤルホストの先行例

 松屋PREMIUMを「点」ではなく「線」で捉えると、牛丼チェーンの高級化路線の系譜が見えてくる。

 その代表が吉野家の「牛重(ぎゅうじゅう)」だ。吉野家では、国会議事堂内の永田町一丁目店で販売していた「牛重」が知られている。その後、2015年から羽田空港第3ターミナル店でも販売され、2021年5月には永田町一丁目店で黒毛和牛を使った「黒毛和牛重」へと進化。A3〜A5ランクを含む黒毛和牛肩ロース(厚さ約4mm、通常牛丼の約3倍)を使ったこのメニューは、2021年8月に数量限定で全国販売され(店内税込1419円)、さらに2024年時点では永田町一丁目店と羽田空港第3ターミナル店で「黒毛和牛重」の販売を継続している。2026年5月には、国産牛を使った重箱メニュー「絶品牛重」も全国展開した(店内税込1207円)。

 ただし吉野家の牛重が「特別な場所で食べる体験」を売るのに対し、松屋PREMIUMはデパ地下で「家やオフィスに持ち帰る上質な一食」を売る。同じ高級化でも、狙う需要が根本的に違う。

 ファミレスに目を移せば、この分野の先駆者はロイヤルホストだ。「250g 黒×黒ハンバーグ」が税込1958円、「225g アンガスサーロインステーキ&天然海老フライと紅ずわい蟹のクリームコロッケ」に至っては税込4598円。一般的なファミレスの客単価をはるかに超える商品を、定番・フェアで投入している。牛肉などの原材料・物流費の高騰を背景に、同社は段階的な値上げに加え、一部店舗で都市別価格まで導入した。デニーズやジョナサンなども、黒毛和牛やうなぎ、蟹を使った季節フェアで2000〜3000円超の商品を打ち出す流れにある。

 値上げで「いつもの一皿」の単価が上がる一方、各社がそれとは別に「たまのご褒美」「インバウンド」「百貨店・空港」向けのプレミア商品を用意している。消費の二極化(K字化)が、外食のメニュー構成にもはっきりと表れているのだ。松屋PREMIUMは、この潮流の中でも最も小売・中食寄りに振り切った事例だろう。

牛丼チェーンが「デパ地下ブランド」になる日

「1日600〜700食、100万円」の売り上げを目指しているという松屋PREMIUM。その成否はまだ分からない。松屋フーズの担当者は、提供するメニューは通常店の「上位互換」だとも説明していた。とはいえ、通常店のできたて牛めしの美味しさや安さを考えると、「こっちでいいや」と感じる消費者も少なくない気がする。そもそも通常店も、近年、テイクアウトの「松弁」に力を入れているから、“本当のライバルは自分”になる可能性も大きい。

 しかし、今回の出店が示しているのは、もはや牛丼チェーンが牛丼だけを売る時代ではないということだ。外食と中食の境界は曖昧になり、デパ地下とチェーン店の垣根も低くなっている。消費者のニーズが多様化するなかで、企業は従来の業態の枠を越えて顧客を獲得しようとしている。

 わずか1.5坪の小さな売場だが、その先には外食産業の新しい可能性が見えている。

 松屋PREMIUMは単なる話題店ではない。値上げ時代を生き抜くために外食企業が模索する「次の一手」を象徴する存在として、今後の売上動向にも注目したい。

取材・文/渡辺広明

デイリー新潮編集部