【赤井 俊文】日本の「ナマコとアワビ」がなぜ中国に消えるのか…各国が頭を悩ます「海産物の大規模密輸」そのカラクリ

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インドネシアでロブスターの稚魚密輸が止まらない。沿岸部で採取された稚魚はシンガポールを経由し、ベトナムの養殖場へ運ばれる。成魚となったロブスターの主な行き先は中国だ。

一見すれば、日本から遠く離れた東南アジアの密輸事件に見える。しかし、じつは日本の海産物も同様のしくみで中国へと流出している。日本のナマコやアワビも中国で高級食材として扱われ、密漁されたものが香港などを経由して中国本土へ流れているのだ。さらに、急激に進む円安は、日本の高品質な海産物を海外の買い手にとって割安な商品にしている。

つまり、インドネシアのロブスター稚魚密輸は、日本にとって他人事ではない。中国市場の需要、第三国経由の迂回流通、国内漁村の所得不安、取り締まりの限界--。これらが組み合わされば、水産資源は国境を越えて最も高く買う市場へ流れていく。海に囲まれた日本も、同じ危険にさらされている。

「年間5億尾」が国外へ流出

「毎年5億尾以上が国外に流れている」。

インドネシアのサクティ・ワフユ・トレンゴノ海洋水産大臣は2024年6月、国内のロブスター稚魚が大規模に密漁・密輸されている現状に危機感を示した。

稚魚は南スマトラ、ジャンビ、ジャワ南岸などの沿岸部で採取され、リアウ諸島州バタム周辺に集められる。そこから海路や空路でシンガポールに運ばれ、書類上の処理を経てベトナムへ再輸出される。ベトナムでは養殖施設で成魚に育てられ、その大半が中国へ輸出される。

ベトナムのロブスター養殖業界が年間に必要とする稚魚は約6億匹に達するとされる。その多くがインドネシア由来とみられている。インドネシア国内では1匹3000-〜8000ルピア、日本円で30〜80円程度の稚魚が、ベトナムに渡ると数ドル単位に跳ね上がる。さらに成魚として中国市場に出る段階では、数十ドル、時に数百ドルの値が付く。

利益は流通の川下へ行くほど膨らむ。最も安く買いたたかれるのは、出発点にいるインドネシアの零細漁民だ。本来であれば国内の養殖、加工、輸出で生まれるはずの付加価値は、国外のブローカー、養殖業者、中国向け輸出業者に移っていく。

「輸出許可」が利権となってしまった

インドネシア政府は2016年、資源管理の観点からロブスター稚魚の輸出を全面禁止した。しかし密輸は続いた。政府はその後、違法流通を完全に止められないのであれば、合法的な輸出制度に取り込み、税収と管理の対象にすべきだとの方針に転じた。

2019年に就任したエディ・プラボウォ前海洋水産相は、2020年5月の大臣規則により、許可制の下で一部企業に稚魚輸出を認めた。だが、この政策は利権化した。

エディ氏は特定企業に事実上の独占的地位を与え、稚魚1匹あたりの手数料を通じて利益を自身に還流させていたことが発覚した。汚職事件となり、同氏は有罪判決を受けて失脚した。

密輸を抑えるための合法化が、別の汚職構造を生んだ。政府方針は輸出禁止、解禁、再禁止と揺れ、結果的に密輸業者が動きやすい余地を残した。

2021年にトレンゴノ氏が海洋水産相に就任すると、政府は再び稚魚輸出を全面禁止した。稚魚の養殖は国内に限定し、付加価値をインドネシアに残す方針を打ち出した。

しかし、ベトナムのロブスター養殖は止まらなかった。

トレンゴノ氏は「輸出は禁止しているのに、ベトナムの養殖用の稚魚はほぼ完全にインドネシア産だ。なぜあちらの生産は止まらないのか」と述べた。禁輸措置だけでは、国境を越える価格差と需要を抑え込めないという現実を示している。

第三国が「抜け道」になる

密輸ルートの要は、シンガポールだ。

インドネシア側はシンガポールに対し、ロブスター稚魚の受け入れ自粛を繰り返し求めてきた。シンガポール側も2023年、再輸出時の証明書要件を強化した。しかし、稚魚の越境取引そのものを違法とはしていない。

このため、書類上の産地変更や原産地偽装が入り込む余地が残る。インドネシアから違法に持ち出された稚魚が、シンガポールで「合法品」に姿を変え、ベトナムへ向かう。最終的には中国市場に消えていく。

この構図は、日本のナマコ密輸とよく似ている。

中国本土は2023年以降、東京電力福島第一原子力発電所の処理水放出を理由に、日本産海産物への輸入規制を強化した。だが、中国で高級食材として扱われるナマコなどには、規制の緩い香港を経由し、広州など中国本土の消費地へ流れるルートがある。

インドネシアのロブスター稚魚は、シンガポールとベトナムを通る。日本のナマコは、香港を通る。経由地は違うが、構造は同じだ。生産地で採れた高級海産物が、第三国・地域を経て中国市場へ入り、最終消費地で高値を付ける。出発点の漁村や国内産業には、利益が十分に戻らない。

円安で加速する「中国との価格差」

問題の核心は、中国市場の購買力である。

中国では所得水準の上昇と外食需要の拡大を背景に、ロブスター、ナマコ、アワビなどの高級海産物が強い需要を持つ。ベトナムから中国へのロブスター輸出も拡大しており、同国の養殖業界はインドネシア産稚魚への依存を深めている。

中国市場で高く売れることが分かっていれば、流通業者は多少のリスクを取ってでも商品を確保しようとする。採取地の価格と最終消費地の価格の差が大きいほど、密輸の誘因は強くなる。

インドネシアで30〜80円程度の稚魚が、ベトナムで数ドルになり、中国向けの成魚として数十ドル以上になる。日本のナマコやアワビも同じだ。国内での取引価格より、中国向けの非正規ルートが高値を提示すれば、密漁者や流通業者がそこに引き寄せられる。

日本の場合、ここに円安が加わる。

1ドル=160円近辺まで円安が進んだ局面では、外国の買い手にとって日本の高品質な海産物は割安に映る。日本国内では高値に見える魚介類でも、ドルや人民元を持つ海外バイヤーから見れば買いやすい商品になる。

正規の輸出であれば問題はない。むしろ日本の水産業にとって海外需要の取り込みは重要な成長分野である。だが問題は、合法ルートよりも非正規ルートが高値を提示する場合だ。

国内の業者が安く買い取る一方で、海外向けの買い手が現金で高値を出す。そうなれば、一部の漁業者や流通業者が違法ルートに協力する可能性は高まる。インドネシアの零細漁民がブローカーの誘いを断ち切れないのと同じ構造が、日本の沿岸部にも生じ得る。

日本政府はアワビ、ナマコの密漁について、関係した流通業者を含め、2022年までに3年以下の拘禁刑または3000万円以下の罰金へと罰則を強化した。

しかし、日本の海上保安庁幹部は「それでも割に合うと考える密漁犯はいまだに存在する。地元漁業者が円安でそれに協力する流れが加速する懸念はある」と警戒する。

日本も他人事ではない

インドネシア政府は2024年以降、ベトナムから資本と技術を取り込み、国内でロブスターを養殖する構想を進めようとした。インドネシアが稚魚を供給し、ベトナム側が養殖ノウハウを提供する合弁事業である。

稚魚を国外に流すのではなく、国内で育て、付加価値をインドネシアに残す狙いだったが、この構想は軌道に乗らなかった。

海洋水産省幹部は「ベトナム側が稚魚の違法調達をやめてまで、高コストの合法ルートに全面移行する強い誘因がなかった」と話す。

安い違法ルートが残る限り、合法ルートは競争で不利になる。インドネシアの前例は、日本にも示唆を与える。日本が高級海産物の密漁・密輸を防ぐには、海上取締りや罰則強化だけでは足りない。国内の漁業者が合法的な取引で十分な収入を得られる仕組みを作らなければ、違法な買い手が入り込む余地は残るからだ。

インドネシアにとって、ロブスター稚魚は国家資源である。国内で養殖し、加工し、輸出できれば、雇用と税収を生む産業になり得る。だが、稚魚の段階で国外に流出すれば、最も大きな利益はベトナムの養殖業者と中国向け流通業者に移る。

日本にとっても、ナマコ、アワビ、ホタテ、高級魚介は同じ意味を持つ。単なる一次産品ではなく、輸出産業であり、地域経済を支える資源である。だが、円安と中国需要が重なれば、合法・違法を問わず、海外へ流れやすくなる。

日本は、円安下で海産物が「安く買える高級品」として海外から狙われている現実を直視することだ。まさに「貧すれば鈍する」で、かつてなら起きえなかった日本産品の海外流出が、もはや日常茶飯事となっている。現状を嘆くばかりでなく、正規ルートでの取引を守らせることと、何より地方の漁業者が儲かる仕組みを作ることでしか、事態は改善されない。

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