「花束みたいな恋をした」菅田将暉・有村架純

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 駅やオフィス街などで、新社会人たちの姿がまぶしく見える今日この頃。「いつまでも学生気分」は批判的な意味で使われる言葉だが、学生のように新鮮な気持ちを失わないことこそ難しいとは、先輩諸氏ならよくお分かりだろう。映画解説者の稲森浩介さんがセレクトした5本で、当時の情熱やほろ苦さを再体験してみてはいかがだろうか。

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就職してあきらめるもの

〇「花束みたいな恋をした」(2021年)

 就職によって、恋人との関係が変わってしまった経験がある人もいるだろう。

 大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は、終電を逃したことで偶然出会う。話をしていると、好きな本や映画などが驚くほど同じだったことがわかり、2人はたちまち恋に落ち同棲をする。翌年春、就職活動がうまくいかなかった絹は医院に勤め、麦は就職せずにイラストの仕事を始めた。

「花束みたいな恋をした」菅田将暉・有村架純

 やがて麦は生活費のために就職を決意する。新入社員となった会社は、ネット通販の物流会社。髪を短くしてスーツ姿の麦は、仕事を覚えるのに懸命だ。やがて信頼され会社に泊まり込むほど仕事に夢中になるが、次第にイラストの仕事からは遠ざかってしまう。

 一方の絹は、アーティストたちが出演するイベント運営会社に転職し夢を追いかける。2人の考えが次第にすれ違うようになってきて……。

 2人の好きな作家は、柴崎友香、堀江敏幸、今村夏子。行く予定だったお笑いのライブは天竺鼠、映画はアキ・カウリスマキだ。同じものが好きだからこそ恋人になれる。好きなカルチャーが愛情の媒介になっているのだ。でも同じものを好きでいられるのは同じ環境にいる間だけ。でもそれで良いのだと思う。

 大きな反響を呼んだこの作品は、菅田が脚本家の坂元裕二に依頼したことから始まったという。だからだろうか、菅田は思い入れを語っている。「ものづくりの世界に挑む気持ちはよくわかる。そこで自分の無力さにぶつかった時、あきらめなきゃいけないのは、自分の選択だったりもするんだよなって」(「キネマ旬報」2021年2月上旬号)。

就職と生きづらさ

〇「早乙女カナコの場合は」(2025年)

 卒業・就職を期に別れた2人。その10年に及ぶ関係を描く。

 早乙女カナコ(橋本愛)は、大学の演劇サークルに入部する。そこで脚本家志望の長津田啓士(中川大志)と出会い、付き合い始めた。3年後、長津田は脚本を書くために卒業しないと言い出す。2人は喧嘩して別れるが、カナコは大手出版社に内定が決まった。

 カナコの研修中の仕事が描かれる。営業部では先輩と書店回りで教育され、サイン会では作家のお相手を務めるのだ。作家をのんが演じていて、「あまちゃん」コンビの共演が実現している。

 カナコは出版社の先輩・吉沢洋一(中村蒼)から好意を寄せられる。長津田と比べれば「ハイスペック」な吉沢。でも付き合うことに躊躇してしまうのは、心の隅に長津田のことがあるからだ。

 一度も脚本を書き上げたことのない長津田は、「俺は卒業できないんじゃなくて卒業しないんだ」と、モラトリアムのような言葉を嘯く。

 橋本は公開時にこの作品を、現代を洞察した言葉で語っている。「長津田が男社会が怖かったというシーンは、男性の生きづらさを露呈している」。そして「男性の男らしさからの解放も、フェミニズムが目指すものの一つ」だと(「週刊文春CINEMA」2025年春号)。

 働き方の多様性や価値観の変化が認められるようになった現在、長津田の生き方は決してモラトリアムとは言えないのかもしれない。

天職に出会う

〇「WOOD JOB!(ウッジョブ) 神去なあなあ日常」(2014年)

 将来を何も考えていなかった若者が、偶然出会った職業に生涯を賭懸けてもいいと思う成長譚だ。

 大学受験に失敗し、やる気がない平野勇気(染谷将太)は、林業研修パンフレットの表紙美女(長澤まさみ)につられ参加することに。訪れたのは携帯電話も通じない田舎の神去村だ。そこには凶暴で野生的な先輩(伊藤英明)がいて徹底的にしごかれる。川に落ちてヒルに吸いつかれるなど、想像を絶する現場の過酷さに耐えられず脱走を試みるが……。

 大木をチェーンソーで切り、倒れる瞬間は感動的でさえある。森の空気や木の匂いなどが漂ってくるようだ。この作業を見つめる勇気の顔つきも、徐々に変わってくる。

 やがて1年間の研修を終えて帰宅する勇気だか、偶然木の匂いを嗅いだことで神去村に引き返す。天職に出会ったことに気づいた瞬間だ。

 矢口史靖監督は、撮影前の取材中に携帯電話をトイレに水没させたり、車にはねられた鹿の死体を見かけたり、股間をマダニに刺されたりしたという。それらの実体験が映画に生かされているのでぜひ注目してほしい。

 染谷はオーディションで選ばれた。矢口監督はこれまで染谷の作品を観たことがなかったのだか、その場で決定したという。「笑うと、赤ちゃんみたいな顔になって、可愛いんですよ。でも、何か考えてるぞ、と思わせる部分もあって」。その染谷は試写を観て「あんな、笑い顔するんだ、俺。初めて見た」と語っている(「キネマ旬報」2014年3月下旬号)。

航空業界の人々

〇「ハッピーフライト」(2008年)

 かつて、客室乗務員がスチュワーデスと呼ばれていた時代、「アテンションプリーズ」(1970-71年)や「スチュワーデス物語」(1983-84年)などのドラマが大人気だった。あれから数十年、今の航空業界の人々を描く。

 ホノルル行きのNH1980便。副操縦士の鈴木和博(田辺誠一)は、機長昇格試験を前に緊張する。斉藤悦子(綾瀬はるか)は、遅刻をするのんびりした新人客室乗務員。チーフ・パーサーの山崎麗子(寺島しのぶ)は厳しいことで有名で、失敗した悦子は「あなたはこの仕事が華やかなものだと思って入社してきたの!」と叱られる。

 グランドスタッフや整備士や管制官などにもスポットを当てているのが面白い。その中で「バードコントロール」という職種には驚いた。野鳥が飛行機と接触する「バードストライク」を防ぐために、空砲を撃つのが仕事だという。

 機内での個性的な客への対応や、バックヤードの様子は見どころ満載だ。客室乗務員が「健康足踏み機」に乗りながら慌ただしく食事をするシーンには思わず笑ってしまう。はたしてこれは実話だろうか。また配膳時に肉の機内食が少なくなってしまったので、乗客を巧みに魚に誘導する口上が面白い。今度搭乗したら確かめてみたいものだ。

 1990年代前半まで、女の子の憧れの職業は客室乗務員が常に上位だった。しかし、現在はランク外だという。女性の職種の増加や働き方の意識が変化したからだろう。それでも、乗客を安全で快適な旅へ誘う彼女たちの働く姿は、とても魅力的だ。

“若大将”も新入社員だった

〇「フレッシュマン若大将」(1969年)

 加山雄三主演の「若大将シリーズ」は第1弾から大学が舞台だったが、第13弾の本作から社会人シリーズとなった。若大将・田沼雄一は「日東自動車」の新入社員だ。

 社長は入社式で「自動車業界は日本の花形である」ことを話す。この時期日本は高度経済成長期で、自動車業界は海外輸出にも力を注いでいた。若大将の通う社屋は、当時、東銀座にあった日産自動車が使用されている。

 そんな頃の「フレッシュマン」が描かれる。工場研修の合宿、独身寮への入居、初月給(封筒入りの手渡し!)で祖母にプレゼント、配属先は「サービス課」だ。そこには上司の藤岡琢也、先輩社員に岡田可愛がいる。オールドファンにはたまらない配役だ。

 そしてマドンナ役は、この作品から“澄ちゃん”の星由里子から“節ちゃん”の酒井和歌子に変わる。節子は羽田空港のレンタカー受付に勤めるOLだ。ピンキーとキラーズの「恋の季節」が街中に流れる中、若大将は会社のために奔走し恋を成就させる。

 ミニスカート姿がとても似合う酒井は、1964年に東宝に入社し「めぐりあい」(1968年)で初主演を務める。その清楚さと親しみやすさが大人気で、内藤洋子と共に東宝の「青春スター」だった。最近、子役時代からの友人・柏木由紀子とのSNSが、今年77歳とは思えない若さだと話題になっている。

 若大将が演じる新入社員は、明るく未来への希望に溢れているようだ。この後、日本経済は石油ショック、バブル崩壊を経て、長い低迷期に入る。今年の新入社員も、若大将のような笑顔であることを願いたい。

稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集

デイリー新潮編集部