「テザー」に代表されるステーブルコインとは 世界の金融秩序再編から置いてけぼりの日本
ステーブルコインへの関心が再び高まっている。ブロックチェーン技術を現実世界の金融インフラに接続する手段として、ステーブルコインが重要な役割を担うことは間違いない。
しかし、この議論はしばしばステーブルコインの本来の出自を見落としている。ステーブルコインは決済インフラとして設計されたものではない。暗号資産市場の内部で、価格変動の激しい仮想通貨から資金を退避させるための「退避通貨」として発展してきた。
この役割を担ってきた代表的な存在が、Tether(テザー、USDT)である。規制の比較的緩いオフショアの暗号資産取引所では、USDTは事実上のドルとして使われてきた。分散型金融(DeFi)の世界でも、貸借、流動性供給、デリバティブ取引などの基軸資産として機能しており、Web3の金融レイヤーは長らくUSDTを中心に形成されてきた。
現在、USDTの流通量は1000億ドル規模に達し、暗号資産市場において事実上のドル決済インフラとなっている。見方によっては、USDTはすでに「世界最大のドル銀行」に近い存在になりつつある。
もっとも、このような存在感の一方で、USDTの取り扱いには難しさもある。実際、USDTはオンラインカジノの入出金などに利用されてきた経緯もあり、マネーロンダリングや賭博との関係が指摘されることも多い。金融機関や取引所が慎重になる理由として、こうしたリスクへの懸念は理解できる面もある。
一方で、米国の規制準拠型ステーブルコインとして成長してきたのがUSD Coin(USDC)である。しかし、その信頼性が揺らいだ出来事があった。2023年春のSilicon Valley Bank collapseだ。USDCを発行するCircle Internet Financialが同銀行に多額の準備金を預けていたことが明らかになり、週末の間USDCは一時ドルとのペッグ(固定相場)を失った。ステーブルコインであっても信用リスクから完全に自由ではないことを、市場は改めて認識することになった。
しかしその後、Circleは透明性とガバナンスを強化し、2025年には米国市場に上場を果たした。結果としてUSDCの制度的信頼性はむしろ高まり、ステーブルコインは暗号資産市場の周辺的なツールから、金融インフラとしての位置づけを強めている。
この流れを制度面で後押ししたのが、第二次トランプ政権下で成立したGENIUS Act(ジーニアス法)である。この法律はステーブルコインの制度的枠組みを整備し、現金準備型だけでなくさまざまな資産を裏付けとするステーブルコインの発行を可能にした。これによりブロックチェーンは単なるインターネットアプリケーションの基盤から、金融資産を流通させる新しい金融レイヤーへと進化しつつある。
特に重要なのが、RWA(Real World Assets=リアルワールドアセット)の領域だ。株式、債券、不動産などの実世界資産をブロックチェーン上でトークン化し流通させる試みが世界的に進んでいる。ステーブルコインはその決済通貨として機能し、Web3はアプリケーションの実験場から金融市場そのものへと変化しつつある。
日本円は可能性秘めるも様子見を決め込む金融機関
この文脈で考えると、日本円には意外な可能性もある。円は長年、国際金融市場において資金調達通貨として利用されてきた。日本国内だけでなく北欧の債券市場などでも円建て債券が発行されてきた歴史がある。低金利政策のもとで、円はキャリートレードの資金源として国際金融を支えてきた通貨でもある。
現在の法定通貨としての円は、日本政府と日本銀行の金融緩和政策のもとで低金利が続き、通貨としての魅力が低下しているという見方もある。しかし、ブロックチェーン上の金融市場では事情が異なる。RWAの取引や資産トークン化の決済通貨として、円建てステーブルコインが一定の役割を持つ余地はある。
また、中央銀行デジタル通貨(CBDC)との比較でも、ステーブルコインの普及は圧倒的に速い。CBDCは中央銀行が直接発行する通貨であるため、金融政策や銀行システムへの影響を慎重に検討する必要があり、制度設計には長い時間がかかる。
一方、ステーブルコインは民間企業が既存の金融資産を裏付けとして発行する仕組みであり、市場主導で急速に普及する。実際、暗号資産市場ではすでにステーブルコインが決済インフラとして機能しており、CBDCはむしろ後追いの存在になりつつある。
ただ、日本の金融機関の対応は極めて慎重だ。2025年前半にSBI VC TradeがステーブルコインUSDCの取り扱いを開始した程度で、主要金融機関の多くは依然として様子見の姿勢を崩していない。
背景には構造的な理由がある。銀行のビジネスモデルは預金と貸出の利ざやに依存しており、決済インフラに近いステーブルコインは直接的な収益を生みにくい。また海外で流通するステーブルコインを取り扱う場合、マネーロンダリング対策などのコンプライアンス負担も大きい。結果として、日本の金融機関はこの領域に積極的に参入しにくい構造にある。
しかし、その慎重さは日本の金融競争力を弱める可能性もある。ブロックチェーン上の金融市場はすでにステーブルコインを中心に形成されつつあり、その決済通貨はほぼドル建てである。もしこの流れが続けば、Web3の金融インフラは新しい形の「ドル圏」として再構築されるだろう。
円建てステーブルコインは、単なる新しい金融商品ではない。デジタル空間において、円という通貨の存在感を維持できるかどうかという問題でもある。
金融の歴史を振り返れば、通貨の地位は制度ではなく市場の流動性によって決まってきた。ステーブルコインをめぐる競争も例外ではない。
そしてその競争は、すでに世界で始まっている。
文/佐藤崇 内外タイムス
