夫を希少がんで亡くした東えりかが、専門医に聞く「医学の進歩にともない増加している《希少がん》。細分化され、診断や治療方針の決定が難しく」
〈発売中の『婦人公論』3月号から記事を先出し!〉2023年3月に夫を希少がんの一種である原発不明がんで亡くした書評家の東えりかさん。夫・保雄さんが入院していた駒込病院の下山達先生と、まだあまり知られていない希少がんという病と、その治療の抱える課題について語り合います(構成:野本由起 撮影:岸隆子〈Elenish〉)
東さんが夫・保雄さんが原発不明がんと判明してから収集した資料と、闘病生活を記したノート
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希少がんってどんながん?
東 夫の保雄は2022年10月、突然の猛烈な腹痛をおこし総合病院に搬送されました。そのまま入院となり、検査を繰り返しましたが、原因不明。困り果ててセカンドオピニオンを求めた都立駒込病院で、下山先生とお会いしたんです。
下山 いただいたデータから、保雄さんは、「希少がん」の一種である「原発不明がん」ではないかとご説明しました。
東 ようやく診断がついたときには、すでに余命数週間と予想される状態で。夫を看取ったあと、彼を死に至らしめた病について知りたい、知らせたいという気持ちが強くなりました。今日はこの場をお借りして、先生にいろいろとおうかがいします。まずそもそも、「希少がん」とはどういったがんなのでしょうか。
下山 「希少がん」とは、文字通り非常に「希少」ながんのことです。稀どころか、医者として一度も出合うことがないようながんも多くあります。定義でいうと、「1年間の発生率が人口10万人あたり6例未満のもの」とされており、全部で400種類近くあります。(次ページ表参照)
東 がん全体に対し、希少がんはどのくらいの割合を占めるのでしょう。
下山 すべての希少がんを合わせると、がん全体の約2割を占めます。しかも、希少がんは増え続けている。というのも、今までは、大腸がん、乳がんとひとくくりにしていたものが、医学の進歩にともなって、遺伝子レベルでがんを分類できるようになってきたからです。がんの特徴に応じて、治療も変える必要がありますから、病名も新しくなるわけです。

●希少がんの例(図を拡大)
東 細分化されたのですね。今は国民の2人に1人ががんになるとされていますから、誰が希少がんになってもおかしくない。
下山 その通りです。にもかかわらず、個々の希少がんの症例数自体は非常に少ないため、そのがんに関する知識の共有や治療法の開発が十分に進んでいない。結果的に診断が難しく、確定までに時間がかかったり、担当医が適切な治療方針を選択できなかったりする。まさに、東さんがお困りになられたことですね。
東 ほかにも夫の闘病中、私が困難を感じたのは、患者と医師の知識の格差です。書評家という仕事柄、闘病記を読むことも多く、医療の知識もそれなりにあるつもりでした。それでも、がんについて初歩的なことすら知らなくて。
面談では許可を得て録音していたので、家で聞き返し、わからない言葉は調べてまとめましたが、そうでもしなければとても理解できなかった。初めて先生にお会いしたときも、《がん》と《癌》の違いについて説明され、「え、違うものなの?」と驚きました。
下山 悪性腫瘍のことを一般的には「がん」とまとめて呼びますが、医学的にはどこの組織から生まれたかによって、「癌」「肉腫」「白血病」などと呼び名が変わります。さらに、がんは初めにできた臓器に対応した特徴を持つので、発生した場所、「原発部位」によって、治療が変わります。
東 どういうことでしょう。
下山 たとえば胃にがんが見つかったからといって、胃癌とは限りません。もし、肝臓から生まれたがんが胃に転移したのであれば、「肝臓がん」の治療をしなければならないのです。
胃から生まれたがんであっても、胃の粘膜から生まれたら胃癌ですし、胃の筋肉由来であれば肉腫、リンパ組織から生まれたら胃のリンパ腫の治療が必要。
保雄さんの場合は、癌であることは判明していましたが、原発部位の見極めがつかないので、「原発不明がん」と呼ばれるわけです。原発不明がんの場合、まず癌なのか肉腫なのかなどを調べるところから始めなければなりません。

「〈原発不明がん〉と告げられてすぐに緩和ケア病棟への入院を申し込むよう言われ、当時は急な展開に混乱しました」(東さん)
緩和ケアは命を延ばす「治療」
東 原発不明がんの治療が難しいとされる理由の一端がよくわかりました。夫は、診断されたときにはすでに転移先の臓器でがんが大きくなってしまっていて、抗がん剤治療しか選択肢がない状態でした。本来希少がんと診断されたら、どのような治療の選択肢が考えられますか。
下山 そもそも基本的ながん治療には、切除など外科的な手法、放射線治療、抗がん剤による化学療法・免疫療法といった方法があります。
ただし希少がんの場合は、そのいずれもが正解でないことも、往々にしてあります。現状考えられる選択肢のなかで、どれがベストな治療かを各分野の専門家が集まって決める必要があるのです。
だからこそ、さまざまながんに対応できるチームの存在が不可欠。当院では24年に「希少がんセンター」を設立しました。現在は、全国の診療施設と連携しながら、患者さんに応じた最適な治療を目指しています。
東 考えうる治療の選択肢を試し、それでもがんを治す方法が見つからない場合はどうなるのでしょう。
下山 がんを消し去るのではなく、「延命」を目的とした抗がん剤などの治療に進むのが現実的です。ただ、抗がん剤は必ず効く治療ではありませんし、強い副作用で体力を落としてしまい、かえって毒になってしまう場合は、投与しないという判断になります。
東 「完治」は想像以上に難しいのですね。
下山 はい。ですので、私が患者さんやご家族に病状を説明する際には、厳しい現実をお伝えすることもあります。東さんに初めてお会いしたときにも、いきなり緩和ケアの話をしたので、驚かれたのではないでしょうか。
東 「原発不明がん」と告げられてすぐに緩和ケア病棟への入院を申し込むよう言われ、当時は急な展開に混乱しました。
下山 患者さんにとっては、「治るために来ているのに、なぜ緩和の話をされるんだ」という気持ちですよね。
東 そもそも、そのときに緩和ケアという言葉をはじめて聞きました。何を目的としているものなのでしょうか。
下山 勘違いされることが多いのですが、緩和ケアは、けっして治療をあきらめ、ただ死を待つことではありません。痛みを緩和することで安定した体力を維持し、命をより長く延ばすための「治療」なのです。
東 緩和ケアについて先生から説明を受けたときに印象的だったのが、「がん患者は、行き場がなくなるのが一番恐ろしい」と言われたこと。行き場というのがそのときはピンときませんでしたが、選択肢ということですね。
別の患者さんのケースで、「抗がん剤治療をやめるので、今の病室からは出ないといけない。緩和ケア病棟への入院を希望するも空きがなく、家族が自宅で介護しながら待機することに」という話も聞いて。先々の方針を決めることが、いかに大事かわかりました。
下山 がん治療は時間との闘いです。だからこそ、最初の段階で、病状と今後の見込みを正確に伝え、準備を始めることが重要なんです。
東 わが家の場合、夫は「抗がん剤が使えなくなったら自宅に帰りたい」という意思がはっきりしていましたし、そのために主治医や看護師、ケアマネジャー、訪問診療・訪問看護にかかわる皆さんも力を尽くしてくださいました。
下山 短い時間で一気に自宅での緩和ケアの体制を整えましたよね。ご夫婦の絆があったから、できたことだと思います。ご家庭によっては事前にリフォームが必要なケースもありますし、各種手続きにも時間がかかります。
自宅に帰られることを希望するなら、できるだけ早く動き出すべき。ただし自宅での緩和ケアはご家族の精神的・体力的負担が大きくなります。
<後編につづく>
