武士の給料は米だった!? 江戸を動かした「石高制」のしくみとは【眠れなくなるほど面白い 図解 米の話】
江戸時代、武士の給料は米で支給
〝石高制〟が支えた封建のしくみ
現代では給料といえばお金が当たり前ですが、江戸時代の武士たちは「米」を給料として受け取っていました。これは「石高制」と呼ばれる制度で、年貢として集めた米をもとに、領主や武士の報酬が決まるという、封建社会の基本的なしくみです。
「石(こく)」とは米の体積を表す単位で、1石はおよそ150kg。これは成人男性が一年間に食べる米の量でもあります。当時、武士の身分や収入は「◯◯石取り」といった言い方で表されていて、たとえば1000石取りの武士であれば、年間に1000石分の収入があることを意味します。
また、米は年貢として農民から徴収されたあと、蔵に集められ、幕府や藩の財政を支える重要な資源となっていました。米蔵がある場所は政治や経済の拠点となり、「蔵屋敷」が都市の発展に一役買うこともあったのです。
さらに、米による給料の支給は地域の商業にも影響を与えました。武士は、受け取った米を城下の商人に売却して現金化し、生活に必要なものを購入していました。これにより、流通や商いのしくみが整っていきました。
このように、米は単なる主食ではなく、経済や社会制度を支える「価値の単位」としても大きな役割を担っていたのです。
米の量で収入が決まるしくみ
1石=約150kg =成人1年分の食料。城づくりや軍役にも影響するなど、石高は「米でできた経済の基準」でした。
江戸時代の石高と武士の暮らし
石の数が多いほど高い身分となり、豊かな生活を送ることができました。米の量が、武士の「身分証明」だったのです。
【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 米の話』著:トキオ・ナレッジ

