●ディレクターの前で迷いなく裸になって実践
1995年10月にスタートしたフジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00〜 ※関東ローカル)が今年30周年を迎えるのを記念して、「フジテレビドキュメンタリー」公式YouTubeチャンネルでは、大きな反響を集めた話題回の期間限定配信を、月1回のペースで3作品展開していく。

第1弾の「結婚したい彼と彼女の場合 〜令和の婚活漂流記2024〜」に続く第2弾として29日に配信がスタートしたのは、風呂なしアパートで鳥のエサにも使われる“くず米”を主食に生きる、どん底の地下アイドル・きららさん(当時38)を追った「しっくりくる生きかた」(2017年2月12日放送)。借金を抱えながらも、社会の枠組みにはまらず“自分らしい生き方”を模索する姿が大きな話題となり、同YouTubeチャンネルで配信されているダイジェスト版は合計661万再生を超えている(※8月29日現在)。

そんなきららさんを取材し、今も寄り添い続ける福田真奈ディレクターに、出会いから撮影の裏側、放送後の反響、そして続編への意欲などを聞いた――。

くず米を食べるきららさん (C)フジテレビ

○関連取材のはずがドキュメンタリーの主人公に

福田Dがきららさんと出会ったのは、ある地下アイドルの取材中のこと。仕事帰りの作業着姿のまま、客席からキラキラした視線でステージを見つめている人に、目に留まった。「本当に楽しそうで、この方の素性が知りたいと思って」と声をかけた相手が、きららさんだった。

地下アイドルを取材する中で、独特の関係性で結ばれるファンの取材もしたい思っていたところ、「ものすごく節制された暮らしをしながら、ライブにはお金を使って来ているのを聞いて、どんな思いで応援されているのかを知りたいと思いました」と興味を持ったが、本格的に取材を始めると壮絶な生活をしていることが分かり、いつしかドキュメンタリーの主人公になっていた。

ネットオークションで購入した“くず米”を主食にするなど、経済的に厳しい生活を公開してくれたきららさん。それを象徴するのは、風呂がない自宅で裸になって体を洗う「行水」のシーンだ。トランスジェンダーのきららさんに「銭湯に行けないと、お風呂はどうしているんですか?」と聞くと、迷いなくいつもの行水を実践しながら説明してくれたという。

○どんな苦境でも涙は見せない「自分がどう見られているか」

ここまで包み隠さず生活を見せてくれる背景には、地下アイドルならではの「注目されたい」気質があるようで、福田Dは「きららさんに興味を持った私に対して、嫌な気はしなかったのだと思います」と推測する。

いつも笑顔でいるのが印象的だが、それも「自分がどう見られているかを考えて、表情を作っているのではないかと思いました。カメラを向けると、ただ電車の中で佇んでいる時も、少し口角が上がるんです」といい、どんなに苦境に陥っても、涙する姿は見たことがないそうだ。

そして、きららさんを取り巻く人々が口々にするのは、誠実な性格。「“何かあったら駆けつけたいので、連絡してください”と伝えていたのですが、建設現場での作業中に転落事故を起こした時に、救急車で搬送された直後にメッセージを送ってくれたんです」と改めて感じたという。

取材中、きららさんから何度も耳にした「しっくりくる」。これについては、「心から言っていると感じました。これは、“しっくりこない”ことを知っている人にしか出てこない言葉。性別からして“しっくりきていない自分”があるからこそ、あの言葉には感情がすごく乗っていると思い、印象に残っています」といい、番組のタイトルにした。

●密着期間中に自殺未遂も…別の取材中に嫌な予感
地下アイドルとしてステージに立つきららさん (C)フジテレビ

きららさんは、密着期間中に自殺未遂を起こした。福田Dは『Mr.サンデー』のスタッフとして、当時の貴乃花部屋で張り込み取材をしていたが、少しでも返信が遅くなると「すみません」と謝るほど几帳面なきららさんと、数日間、連絡が取れなくなっていた。「嫌な予感がして張り込み中に勝手に離れ、きららさんの部屋に行って、ドアをノックしましたが、それでも出てこないんです」と不安が増幅。その2日後、SNSに「自殺しました。果たせなかったから、今書けるのですけれど。」という衝撃的なメッセージが投稿され、福田Dも大きなショックを受けたという。

誠実で真面目なのに、人の頼みを断れない性格で苦境に陥るなど、どこまでも報われないきららさん。福田Dは「正直者が馬鹿を見る」という言葉を思い出し、その理不尽さと同時に感じたジレンマを打ち明ける。

「“他にも絶対仕事があるのに”と思っても風俗の面接に行ってしまうし、チラシ配りのアルバイトで2,000円を稼いでいましたが、後にスポットバイトという仕組みを知って、そこから生活が激変したんです。インターネットを使いこなすきららさんなのに、なぜ生活を立て直すための情報に手が届かないのか。今回の取材を通じて一番考えさせられたことです」

○「しっくりこなくなった」と丸刈りに…足踏みの中での変化

ダイジェスト版がバズり、今回の30周年記念配信にも選ばれるなど、大きな反響を集めたきららさんだが、この状況に本人も福田Dも「“何でだろう?”と、私たちが一番驚いています(笑)」と戸惑いを吐露。放送後から、きららさんへお米など食料を送ってくれる視聴者が、今も継続的にいるそうだ。

ただ、きららさんは自身のYouTubeを開設したものの、「“『ザ・ノンフィクション』はあれだけ再生されるのに、私のYouTubeはなんで伸びないんだ?”と悩まれています(笑)」とのこと。「やはり作った姿ではなく、ありのままを観察しているような感じが、皆さんの興味を引いたのではないでしょうか」と分析し、今回の配信は「皆さんにここまで興味を持っていただけるので、今後どこかで、きららさんと一緒にさらに先の物語を作ってもいいのかなと思えるきっかけにはなりますね」と捉えている。

『ザ・ノンフィクション』の取材を受け、その後の人生が大きく動く人もいるが、きららさんについては「ずっと足踏みしていらっしゃる印象です。決して前に進んでおらず、後ろにも下がっていない。でも、そこで自分らしく生きてらっしゃいます」と近況を明かす。転落事故による腕の古傷の調子が悪く、頻繁に勤務していた荷物運びのスポットバイトの現場に入れる回数が減ってしまったため、「2025年8月末を機に、ライブ活動を引退したいと思います」と話しているそうだ。

さらに、婚約者がいたこともあったが、「きららさんいわく、騙されていたような気持ちだったそうです」と、やはり報われない。

一方で、放送時は女性らしく見られたいと髪を長くしていたが、「その後、それも“しっくりこなくなった”と言って、見た目にとらわれる必要もないと、丸刈りにされたんです」と、外見が大きく変化。「その頃は、まだジェンダーレスという言葉も浸透していない頃だったのですが、“男性だからズボン、女性だからスカートというのも、なんか違う気がする”と言っていました」と、先進的な考えを実践している。

○放送時の視聴者は純粋に受け止めていたが…

放送から8年半が経って今回配信されることに、「今の時代の人がどう感じるのか、すごく興味があります。あの頃の視聴者の方は、純粋に受け止めてくださったと思ったんです。その後、きららさんの放送は、やらせを疑われることもあったのですが、本当にこういう方がいたんだということを、改めてお伝えしたいです」と強調。

きららさんは、いわゆる就職氷河期世代に当たるため、同じように、もがき苦しんで生き続けている人もいるはずだ。福田Dは「ぜひ、8年半前の放送の時のように、温かい気持ちで応援して見てほしいです」と願っていた。

丸刈りになったきららさん=本人提供