長きにわたる仕事人生の中で、成果を出し続けるには何をすればいいか。相撲ライターの西尾克洋さんは「キャリアを重ねると、若いころのように働けなくなり、時代のトレンドも変わる。それでも勝利にこだわるには、全身にケガを負いながらも、賛否を呼ぶ取り口に転じた白鵬のエピソードが学びになる」という――。

※本稿は、西尾克洋『ビジネスに効く相撲論』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen

■ビジネスの場を「土俵」と思え

私たちはビジネスシーンにおいて、得意とはいえない分野や人と対峙(たいじ)し、自分の立場や主張を表明しなければならないこともあります。いつも周りが理解者や勝手知ったるフィールド、というわけにはいかないのが難しいところです。

力士もこのような状況に遭遇することがあります。

「土俵に立てば歳もキャリアも関係ない」と話す関係者は多いのですが、完全にフラットな状態で臨めるかというとそうでもありません。

格上の力士と戦うときはその最たるものです。

たとえば立ち合いの仕切りでは、格上力士の間合いで進んでしまうことが散見されます。

キャリアに差があると相手力士に先に手をつかせて、格上のほうが自分の呼吸と間合いに持ち込むケースも多く見られます。

こうなると格下力士は格上に吸い込まれ、自分の相撲を取れません。

そうならないためにも、本場所で対戦の可能性がある力士のクセを事前につかんでおき、巡業などの稽古の場で前もって体感しておくことも大事です。

また、相手に慣れておけばメンタルの面で気圧(けお)されるということもいくばくかは防げるのではと思います。

本場所で面食らう前に相手の手の内を知っておき、そして体感しておくことで、少しでもアウェイになる部分を減らしておくのです。

強い力士は、初めての対戦相手との取組前は出稽古(ほかの部屋に赴いて稽古すること)をして、相手の技術を丸裸にすることもあると聞きます。

■大横綱が最高位に君臨し続けられる理由

実際に過去の名力士でいうと、白鵬(はくほう)や千代の富士(ちよのふじ)といった大横綱は昇進してきた力士の元に出稽古に行くという話が残っています。

この種のエピソードで真っ先に挙がるのが大横綱であるというのは、一見意外に思えるかもしれません。

しかし、誰よりも稽古に打ち込み、誰よりも勝利への執念を持っていたからこそ、彼らは長く最高位に君臨し続けることができた――そう理解することもできるのではないでしょうか。

特に現役終盤の白鵬は、インサイドワークを駆使して勝利を重ねていたとされます。その代表例が、張り差しやカチ上げといった攻撃的な立ち合いによって、相手の動きを封じる戦略でした。

現役時代は最高位に君臨し続けた白鵬(写真=FourTildes/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

ファンの中には、こうした白鵬の取組を観て「ずるい」と不満を漏らす人もいました。しかし、これらの技は失敗すると脇が大きく空いてしまい、一瞬で命取りになる危険もともなっています。

白鵬が実に興味深かったのが、それらを使う相手を限定していたことにあります。

つまり、出稽古によって足を止められる力士を見極めて、さらにはそのタイミングに至るまでを学習していたからこそ、決めることができたのです。

張り差しやカチ上げだけでなく、白鵬は小兵がおもに用いる「ねこだまし」すらも取り入れ、勝利したこともあります。

■白鵬はなぜ、全身にケガを負っても勝ち続けられるか

あれは2015年九州場所のことです。対戦相手の栃煌山(とちおうざん)は全盛期は大関昇進を期待されるほどの力士でしたが、相手を見ずに立つことがありました。

そこで白鵬は、ねこだましをすることによって足を止め、勝利を収めたのです。

特に現役晩年の白鵬は全身にケガを負い、かつてのようないわゆる「後の先」と呼ばれる取り口の相撲を見せる機会が減っていました。このころから以前にも増して相手の研究について熱心になっていたように思います。

普通は肉体の衰えと共に勝ち星が減り、土俵を去ることになります。

しかし白鵬は、賛否を呼ぶ取り口に転じたことで、誰も予想しなかった東京オリンピックまで現役を続けるという快挙を成し遂げたのです。

キャリアを重ねると、若いころのように働けなくなります。さらに時代のトレンドも変わります。このエピソードからは、自分自身と時代に合わせた戦い方を常に探求することの大切さを学べるのではないでしょうか。

■キャリアも勝負も“準備”がすべて

苦手なジャンルやフィールドであっても、事前の準備次第で勝つことが可能なのは、ビジネスパーソンも同じなのではないかと思います。

相撲の世界は究極の成果主義です。

一般社会に生きる私たちに同じことが求められるわけではありませんが、あえて厳しい環境に身を置き、自分を磨き続けることで、生き残れる時代が確実に到来しつつあります。

40代まで大企業に勤めていた人が早期退職の対象となり、再就職先を探したものの、これまでのキャリアが自社でしか通用せず、最終的には年収が大きく下がってしまった、という話はよく耳にします。

新卒でも中途でも名のある会社に採用されたからといって、ぬるくぶら下がりながら定年を迎えられるわけではありません。

写真=iStock.com/mapo
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今という時代はもしかすると大相撲と一般社会が近づいてきているといえるのかもしれません。

ですので、普段は16時以降の相撲をご覧の皆さんも一度は、年収100万円の幕下力士と年収1300万円の十両力士が対戦することもある14時30分からの大相撲をご覧ください。

力士たちが特別な待遇を求めて生存競争に身を投じる様を目の当たりにすると、絶対に感じるものがありますから。

あの白鵬だって、そこから叩き上げてきたのです。

■人の褌で相撲を取るな

それほどパフォーマンスに問題があるわけでもないし、むしろ必要不可欠な場面もあるにもかかわらず、妙に低評価だったり嫌われていたりする方がいます。

これは同僚、上司、他部署を問わずに見られる現象です。

このような場合とても難しいのが、なまじ仕事ができるために、問題点を指摘しづらいということです。

至らない点というのは若いころであれば上司やメンターがあるべき姿を示してくれるので正しやすいのですが、ある程度経験と実績を積み重ねていくとそうした機会も減っていきます。

さらに、どこかに低評価な点を抱えていると、結果として能力に見合わないポジションまでしか活躍できない、という問題があります。

これは本当にもったいないことです。会社のためにも、個人のためにもなりません。

相撲においても、素晴らしい能力を持ちながら妙にネガティブな評価を受けている力士が多く存在しています。

ビジネスの場でも大いに参考になるのは、実はそのような要素というのはマインドに起因する部分が多いのです。

■ビジネスも相撲も攻めて勝つべし

たとえば、相撲の世界でとても嫌われるのが、すぐに引いたり、はたき込みをしたりすることです。

相撲の世界では、攻めて勝つことが一つの美学とされている部分があります。

そのため稽古場でも先輩力士や親方からは、攻めを意識するような形で檄(げき)が飛ぶことが非常に多いです。

このように「絶えず攻め続けること」や「押し切ること」が理想とされ、日々の稽古でもそうした指導が行われていますが、それでも実際の取組では、引き技やはたきを使ってしまう力士が後を絶ちません。

というのも、攻め続けるには体力はもちろん、強い精神力が必要です。

地力がなければ相手の動きを止められませんし、技術がともなわなければ崩す糸口も見つけにくいのです。

一方で、相手が受けに回った瞬間に引きやはたきで反撃すると、タイミングさえ合えば一気に主導権を握れるという魅力があります。

しかし引きやはたきの難しさは、それが戦略として意識的に使われるのではなく、無意識のうちに“つい出てしまう”という点です。

攻め続けて勝つスタイルを磨けば、相手に与える圧力は強まり、より確実な勝利に結びつきやすくなるため、多くの指導者はその道を勧めます。

それに対して、引きやはたきはしばしば「気持ちの弱さ」や「安易に勝ちたいという逃げの気持ち」のあらわれとみなされ、たとえ勝利しても、大相撲中継などでは批判の対象になることが少なくありません。

もちろん、引きやはたきに頼って勝利する場面もありますが、結果として自分のペースを崩し、逆に敗れてしまう“自滅”のケースも多く見られます。

こうしたリスクがあるからこそ、先輩力士や親方から厳しく指摘されるのです。

そもそも相撲は、本来「攻めの姿勢」で勝負を組み立てるべき競技です。

ところが、引き技による勝ちに味を占めてしまうと、それがクセになり、いずれ肝心な場面でその“引き”が原因となって敗れてしまう、ということが起こり得ます。

そうなると星(勝ち星)が伸び悩み、番付や成績にも大きく影響を及ぼします。

引きグセのある力士と聞いて、相撲ファンであれば、誰もが何人かの顔を思い浮かべるのではないでしょうか。

■決して勝ち方を間違えるな

このように、相撲の世界には「引きグセ」という言葉がありますが、それは私たちの日常にも通じるものがあります。

たとえば、私たちの同僚や上司、あるいは自分自身も、無意識のうちに人間性に由来する“悪いクセ”を抱えているかもしれません。

それは、ビジネスの現場における「引きグセ」といえます。

よくあるのが、部下の手柄を最後の最後で横取りするような行為。

自分が部下の立場だったころには、「こんなことをされたら絶対に嫌だ」とわかっていたはずなのに、いざ上の立場になると当時の視点を忘れてしまい、自分だけが得をするような行動を平気で取ってしまう人が後を絶ちません。

写真=iStock.com/mapo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mapo

立場を利用することによって不満が出ないように抑えつけ、ときには反発することすら諦めさせる。

長期的に見るとチームのパフォーマンスの低下を招く結果になるのに、短期的な結果がほしくて「引きグセ」が出てしまう……。

これは力士がその日の勝利に目がくらみ、攻めきる相撲ではなく引いて勝とうとしてしまうことに非常に似ています。

長い目で見れば攻めきる相撲を磨くべきだとは、親方も本人も知っている。けれど「引きグセ」がついてしまうと、そこから逃れられないのです。

ビジネスシーンで怖いのは、こうした「引きグセ」についてはある程度の立場に就いたときに見られることが多く、誰もそれを指摘できないという点です。

大相撲であれば力士がそうしたずるい相撲を見せたときには親方や先輩力士から厳しい指導が入ります。

相撲部屋にとっても時間は有限です。期待の力士は手塩にかけて育てますし、厳しい指導も強くなってほしいという気持ちのあらわれといえます。

本当に恐ろしいのは、正してくれる人が周りからいなくなってしまうことだということを、この話から覚えていただければと思います。

■それでも言ってくれる人がいるありがたさ

私自身を振り返ってみると、どうやら人よりも「指摘されやすい」タイプのようで、40代半ばを迎えた今でも、SNSやリアルイベントなど状況を問わず、さまざまなアドバイスをいただく機会が多いと感じています。

テレビ出演や書籍の出版も経験してきたことですし、そろそろ少し楽をさせてほしいと思うこともありますが、「期待していただいているんだ」と前向きに受け止めるようにしています。

もちろん、そうした声を活かすも殺すも自分次第です。

西尾克洋『ビジネスに効く相撲論』(三笠書房)

アドバイスの内容そのものをどう受け取るかも大切ですが、私の場合、それ以上に「指摘を受けることそのもの」が悔しさにつながり、それを反骨心に変えてきたという面があります。

今の時代、何を言っても“ハラスメント”ととらえられるリスクがある中で、あえてうるさく言ってくださるというのは、それだけ私を気にかけてくれている証でもあります。

言われている最中は正直、面倒に感じることもありますし、すべてが善意からの言葉とは限らないというのも事実です。

それでも「耳の痛い言葉」こそが、実は最も貴重なものだったりする――そのことは、常に心に留めておきたいと思っています。

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西尾 克洋(にしお・かつひろ)
相撲ライター
1980年生まれ。鹿児島県出水市出身。日本大学卒業後、外資系IT企業でエンジニアとして働くかたわら、2011年に相撲ブログ「幕下相撲の知られざる世界」を開始し、1300万PVを記録。2015年からライターとしてキャリアをスタート。Number、現代ビジネスなどで相撲記事を担当し、日本テレビ「ミヤネ屋」にはコメンテーターとして、Tokyo FM「高橋みなみのこれから、何する?」、NHKラジオ「ハッキヨイ!もっと大相撲」への出演・取材協力など活動は多岐に亘る。著書に『スポーツとしての相撲論』(光文社新書)、『イチから知りたい 日本のすごい伝統文化 絵で見て楽しい! はじめての相撲』(すばる舎)など。
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(相撲ライター 西尾 克洋)