前橋育英に特大の歓喜をもたらした”ラストキッカー”柴野。写真:梅月智史(サッカーダイジェスト写真部)

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[高校選手権・決勝]前橋育英(群馬)1(9PK8)1流経大柏(千葉)/1月13日/国立競技場

 約6万人の大観衆の中でのPK戦を見ている最中に思い出したのが、”レジェンド”中村憲剛さんの言葉だ。「現役引退後、憲剛さんはプロフットボーラーという職業をどう捉えていますか?」と訊くと、こう返されたのである。

「羨ましいです。スタジアムの視線を一身に集め、観客を興奮させたり、感動させたり、はたまた悔しい気持ちにさせたり、非日常を演出できる側ってやはり特別です。演者の感覚を超えるものに引退後は出合ってないです」

 前橋育英と流経大柏のPK戦はひと言で地獄だ。誰かがミスをしなければ終わらないのだから、残酷である。今回のPK戦決着について、流経大柏の榎本雅大監督は「非常に複雑」と真情を吐露した。

「一つの勝敗を決める方法ではあるんでしょうけど、なかなか難しい。一人にこれだけ(重い)のものを背負わせるのはどうなのかなと個人的には思いますけど、でもそれがゲームの形式なので、仕様がありません」

 ただ、見方を変えればあのPK戦は“極上の舞台”である。憲剛さんの言うように、「スタジアムの視線を一身に集め、観客を興奮させたり、感動させたり、はたまた悔しい気持ちにさせたり、非日常を演出できる」のだから。

 約6万人の視線を独り占めできる。日本代表のメンバーでさえ、なかなか経験できないシチュエーションだ。そう考えると、前橋育英と流経大柏の選手たちはサッカー人生で一度あるかないかのチャンスを得たわけだから、ある意味、幸せ者だろう。

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 果たして、当事者はどのような気持ちでPKを蹴った、はたまた見ていたのか。

 途中でベンチに退いてPK戦をピッチ外から見ていた前橋育英の佐藤耕太は「正直、(蹴らなくて)ホッとしています(笑)。ただ、経験としてはちょっと蹴りたい気持ちはありました」と笑顔で話せば、同じく途中交代だった前橋育英のオノノジュ慶吏は「国立でPKを蹴るなんて人生でそうない経験なので、その意味では蹴りたかった。決める自信もありました」と述べていた。

 では、実際にキッカーを務めた選手の感覚はどうだったのか。両チーム合わせて20人目、ラストキッカーとなった柴野快仁の答は実にシンプルだった。

「もう蹴りたくないです(笑)」

 もちろんその心情は十二分に理解できる。

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェストTV編集長)