世界一に輝いた侍ジャパン【写真:ロイター】

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台湾と東京で現地取材、肌で感じた成功の理由とは

 侍ジャパンがワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で劇的な優勝を飾ってから一週間。日本列島ではいまだにWBCフィーバーが継続中だ。大会期間中のテレビ中継は高視聴率を叩き出し、終了後も連日「WBC」の文字が各種メディアを賑わしている。優勝トロフィーの限定展示には長打の列ができ、入場まで数時間を要する場面もあった。

 普段はあまり野球に興味がないという人まで「感動した」と言わせた第5回大会。過去4大会を超える盛り上がりが生まれた理由はどこにあるのか。台中で開催された1次ラウンド・プールAと東京ドームでの準々決勝を現地で取材し、大会期間中はテレビ各局で約20本の番組に出演しながら野球の魅力を伝え続けた元メジャー右腕の五十嵐亮太氏に聞いた。

 今回、栗山英樹監督率いる侍ジャパンが、野球ファンのみならず数多くの日本国民を魅了した最大の理由について、五十嵐氏は「栗山監督はWBCに勝つことだけではなく、野球の未来も考えていること」を挙げる。

「優勝するために監督になっただけではなく、その先の未来に何かいいものを繋げたり、野球の魅力を伝えたり、ということを考えている方。色々な人に喜んでもらいたい気持ちが強い方だから、僕たちはみんな本当に喜ばせてもらいましたよね。野球の魅力であったり、選手一人一人の魅力であったり、栗山監督が意識していたであろうものに魅了されました」

 メッセージ性を持ったチームを作り上げるには、どうしたらいいか。「色々考えた中で軸となったが、ダルビッシュ有投手と大谷翔平投手の2人だったと思う」と五十嵐氏。「この2人が出場するとなり、他の選手も賛同する形になった。日本での注目度も一気に高くなりました」と振り返る。それぞれメジャーで活躍するスーパースターだが、実際に侍ジャパンの中で担っていた役割は、きっちり棲み分けがされていたように見える。

ダルビッシュは惜しげもなく後輩たちにアドバイス

 まず、ダルビッシュが担っていたのが「未来へ繋ぐ」役割だ。

 ダルビッシュは所属するパドレスのスプリングトレーニングを早めに切り上げて帰国し、2月17日の宮崎キャンプ初日から侍ジャパンに参加。自ら積極的にコミュニケーションを図り、投球術など惜しげもなくアドバイスする姿がおなじみのものとなった。また、気後れしてチームに馴染めずにいた宇田川優希投手を囲む食事会“宇田川会”を開催。日系のラーズ・ヌートバー選手を“たっちゃん”Tシャツで迎えるなど、愛あるイジりも交えながらチームの一体感を強めていった。

「ダルビッシュ投手の行動が報じられたり、選手のSNSで伝わったり、結果的に強いメッセージとして見る側に伝わったんじゃないかと思います。勝利を目指す中でも野球を楽しむことを忘れないとか、自分の経験を後輩たちに伝えるとか、彼のようにちゃんと結果を残した人が放つ言葉は、さらに意味合いが深くなる。

 また、何かあった時にすぐ、ダルビッシュ投手が手を差し伸べる感じも良かったですね。自分のコンディション調整や練習もある中で、チームの雰囲気を考えたり、他の選手にアドバイスをしたり、色々なことをやるのは本当に大変だったと思います。なかなかできることではないけれど、きっと彼自身も苦労してきた部分があるから、その経験をいい形で後輩たちのために生かすことができた。日本の良さも海外の良さも知っているからこそ、いい形が取れたのではないかと思います」

WBCでも二刀流の活躍で無双した大谷「夢が詰まっている」

 他方、大谷が担った役割は「夢や希望を伝えること」だ。2018年にエンゼルスへ移籍した当初は二刀流の活躍に懐疑的な声が大半だったが、それをアッという間に覆し、2021年にはア・リーグMVPを獲得。投げては球速160キロ超の剛速球でバットに空を斬らせ、打っては飛距離140メートルを超える特大アーチを空に架ける。WBCでも二刀流は健在で、投手として2勝1セーブ、防御率1.86、打者として打率.435、1本塁打、8打点と無双して、大会MVPに輝いた。

「WBC期間中の街頭インタビューで『令和で一番楽しかった』『生まれて一番幸せを感じた』と答える人がいたことが印象的でした。令和になってコロナ禍や戦争、不安定な経済と明るいニュースが少ない中で、侍ジャパンは世の中にものすごく大きなプラスの影響を与えたと思います。前向きになったり、元気をもらったり、改めて野球っていいなと感じたり。栗山監督はこの苦しい社会状況だからこそ、夢や希望を意識したんじゃないかと思うんです。決勝ではDHからクローザーとして登板させた、あの大谷選手の起用法には夢が詰まっている。信じられないことを現実のものとすることで『野球を通じて元気になって下さい』というメッセージを届けていたように思います」

 最終的には7戦全勝で優勝を手にし、これまで野球に興味のなかった人々をも巻き込む“侍ジャパン旋風”が吹き荒れた。この盛り上がりを一過性のもので終わらせないためにはどうしたらいいのか。「所属チームに戻った代表選手がWBCで吸収したものをチームに伝えてくれるはず。WBC出場選手はもちろん、日本の野球がどうなっていくのか、楽しみです」。これから始まる未来こそ、WBC優勝の真価が試される場なのかもしれない。(佐藤直子 / Naoko Sato)