BS時代劇『螢草菜々の剣』(NHK)試写会&会見での町田啓太('19年7月)

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 秋クールの新作ドラマが出揃いつつあるが、じわじわと盛り上がりを見せているのがテレビ東京系で木曜深夜1時から放送されている通称『チェリまほ』こと、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(以下『チェリまほ』)。

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トレンドに忠実な『チェリまほ』

 豊田悠氏の同名漫画を映像化した本作は、ひと昔前にネットで流行った「30歳まで童貞だと魔法使いになれる」という都市伝説をネタにしたBL(ボーイズラブ)ドラマだ。

 主人公の安達清(赤楚衛二)は平凡なサラリーマン。一度も性体験がない童貞のまま30歳の誕生日を向かえた安達は「触れた人間の心が読める」という魔法が使えるようになる。

 ある日、出社した安達は同期の営業マン・黒沢優一(町田啓太)に偶然、触れたことで、彼が自分に恋心を抱いていることを知ってしまう。

 その後、終電を逃したため黒沢のマンションに泊めてもらうことになる安達。

 黒沢の気持ちを知り困惑する安達だったが、相手の気持ちを知れば知るほど、どう振る舞うべきか戸惑い、悶々とする。

「童貞+BL+魔法(心の声が聞こえる)」という組み合わせがうまくハマっているというのが、初見の印象だ。相手の心がダダ漏れなのを知った上で知らないふりをして行動をしなければならない安達が、どんなふうに振る舞うかを観ているだけでもそれなりに楽しい。

 恋愛経験に乏しい未熟な主人公が、恋愛に翻弄される姿を描く恋愛ドラマは近年のトレンドである。『電車男』(フジテレビ系)や『モテキ』(テレビ東京系)、女性の主人公では『ホタルノヒカリ』(日本テレビ系)などが有名で、2016年の『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系、以下『逃げ恥』)のヒットが記憶に新しい。

『チェリまほ』の感想をみていて感じるのは『逃げ恥』で星野源が演じた30代の童貞青年・津崎平匡を見守る生暖かい視線だ。今後、本作も『逃げ恥』のような盛り上がりを見せるのかもしれない。

 恋愛ドラマには時代ごとの変遷がある。80年代末は、華やかな男女たちのグループ恋愛をオシャレに描いたトレンディドラマが盛り上がったが、90年代に入りバブルが崩壊すると『東京ラブストーリー』や『101回目のプロポーズ』(どちらもフジテレビ系)のような相手を一途に想う姿を描いた純愛ドラマが主流となっていった。恋愛の形態は多様化したが、純愛を求める視聴者の気持ちは今も変わらない。

 処女や童貞、恋を何年も休んでいた大人が、必死になって相手に思いを寄せる姿を描くと、恋愛の「純度」が高まることは、初恋のときの気持ちを思い出していただければ理解いただけるだろう。

 言うなれば、“30歳童貞”の青年が恋愛に翻弄される姿を見守る楽しさは、生まれてはじめてひとりで「おつかい」に挑戦する子どもたちの奮闘を描いた、バラエティー番組『はじめてのおつかい』(日本テレビ系)を見るドキドキ感と似ている。

そもそも同性愛は“壁”になるのか?

 同時に『ロミオとジュリエット』のように、恋愛劇には昔から“壁”が求められる。

 しかし、自由恋愛の時代になると、恋人同士の間に壁を作ることが困難になってくる。そんな中、BLが盛り上がっているのは、男性同士の恋愛が日本社会において、タブーだと思われているからだろう。

 だからこそ漫画でBLは大きく発展し、テレビドラマも2018年の深夜枠ドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)が大ヒットしたことで、BLドラマの一大ブームが起きている。

 この『チェリまほ』も『おっさんずラブ』のブレイクから派生したBLドラマだと言えるだろう。しかしBLは、漫画やアニメといった絵で展開される際には、甘美なファンタジーとして成立するが、いざ生身の俳優が演じるとなると、さまざまなノイズが生まれてしまう。

 先程、筆者は男性同士の恋愛を「壁」と表現した。これは日本社会において忌避されているという意味だ。しかし「本当に同性愛はタブーなのだろうか?」と考えると、「すでに、そういう時代ではないだろ」と思う。

 おなじことは童貞や処女にも言える。もし、恋愛経験のない30歳の童貞を嘲笑する人がいるのなら、令和の時代になっても、まだそんなことを言っているのか? と困惑を覚える。

 おそらく、建前としては同性愛を差別してはならないということになっているが、多くの日本人には偏見がまだ残っているため、差別が温存されているというのが、現状なのかもしれない。その前提は『チェリまほ』にも共有されている。

 だからこそ安達は黒沢の気持ちを知って、戸惑うのだが、同時に自分の中にある「内なる差別心」に気づき反省する。

 そんな安達の振る舞いを「尊い」と多くの視聴者が思っているからこのドラマが支持されているのだが、男性の黒沢が安達に恋愛感情を持つことと、同性愛に対して安達が抱く感情と、黒沢の好意を安達が受け止めるかどうかは、本来は別々の問題である。

 安達が同性愛者でないのなら黒沢の好意を受け止める必要はないし、同性愛者じゃなくても好意があるのなら付き合えばいい。逆に同性愛者じゃないのに付き合うことは相手に対して失礼だと想うのなら断ればいい。

 ここで葛藤が起きるからこそ、ドラマは盛り上がるのだが、この面白さを成立させている背景を考えると、同性愛に不寛容な日本の現実が見えて、とても暗鬱とした気持ちになり、この物語を楽しんでいる自分自身に罪悪感を抱いてしまう。

 原作漫画はこの辺り、とても配慮されている。ドラマの1〜3話にあたるエピソードを読むと、ファンタジーとして成立させるために同性愛に対する社会の反応が極力排除されていることに気づく。しかし現実の風景が映り込み、生身の俳優が演じるドラマだと、どうしても現実感が増してしまう。

 会社のシーンの描写は漫画よりも細かく、その結果、童貞や同性愛者に対して偏見を持っている(ように見える)同僚たちや、体育会系ノリに内包されたパワハラ気質が、必要以上に浮き上がって見え、それがBLをファンタジーとして楽しむ気持ちを、阻害してしまうのだ。

 特に第3話で2人が会社の飲み会に参加した際に王様ゲームの罰ゲームとして、男性同士でキスを強要して笑いものにしようとする場面は不快だった。

 黒沢は、その場のノリを優先して安達のおでこにキスするのだが「今時これ?」と思ってしまった。若い男性社員が「王様ゲームとか、マジ時代錯誤すぎて引くんスけど」と言う場面があったことが救いだが、だったらなぜ、そんな時代錯誤なシーンをわざわざ入れたのか? と逆に気になってしまう。

 ある意味、リアルな描写を入れたことで、彼ら同僚が安達と黒沢のことを知ったら、間違えなく酷い対応をするのだろうなぁと、嫌な想像がよぎってしまった。

 おそらくBLドラマは、男同士の恋愛関係を描くこと以上に、彼らを取り巻く会社の同僚や家族の反応をどう描くかが重要なのだろう。そのさじ加減によって作品の立ち位置が大きく変わってしまう。

『おっさんずラブ』はファンタジーとして開き直ったことで幅広い支持を獲得し、中年男性カップルの同居生活を描いた『きのう何食べた?』(テレビ東京系)や、ゲイの高校生がBLを愛好する腐女子(の女子高生)と向き合う姿を描いた青春ドラマ『腐女子、うっかりゲイに告る。』(NHK)は、同性愛に偏見を持ち、戸惑った反応を見せる周囲の姿を生々しく描いたことでBLドラマの金字塔となった。

『チェリまほ』は、物語はファンタジー寄りだが、描写はリアル寄りで、そのリアルさがノイズとなっている。

 これが後の伏線なのかどうかは、今後を見ないことにはわからないが、描いてしまった以上、ドラマとしての落としどころが必要だろう。そのことを踏まえた上で、続きを見守りたい。

PROFILE●成馬零一(なりま・れいいち)●1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。サイゾーウーマン、リアルサウンド、LoGIRLなどのWEBサイトでドラマ評を連載中。