日体大教授の齋藤一雄さん

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日体大で指導する齋藤さんが全国の高校生力士に“夢授業”

 アマチュア相撲の指導者である齋藤一雄さんが、9月25日に配信された「オンラインエール授業」に登場した。「インハイ.tv」と全国高体連が「明日へのエールプロジェクト」の一環として展開するこの企画。齋藤さんはインターハイ中止という経験から前を向く全国の高校相撲部を対象に授業を行い、自分に向き合い、行動することの大切さを伝えた。

 齋藤さんが登場した「オンラインエール授業」はインターハイ実施30競技の部活に励む高校生をトップ選手らが激励し、「いまとこれから」を話し合おうという企画。ボクシングの村田諒太、バドミントンの福島由紀と廣田彩花、バレーボールの大山加奈さん、サッカーの仲川輝人、佐々木則夫さんら、現役、OBのアスリートが各部活の生徒たちを対象に講師を務めてきた。

 第33回の講師は日体大教授の齋藤一雄さん。齋藤さんは中学・高校と、角界力士を数多く輩出する強豪、明大中野高の相撲部に所属。高校時代、団体戦ではインターハイで3年連続優勝するなど、全国大会で13大会優勝。個人でも高校横綱となった。大学時代も全日本選手権で優勝し、アマチュア横綱に。世界相撲選手権の無差別級で優勝するなどの実績を残した。現在、国際相撲連盟・日本連盟の理事を務めながら、日体大で相撲部の指導にあたる。

 小学生から相撲をとっていたという齋藤さん。冒頭で高校時代を「相撲漬けの毎日だった」と振り返った。「合宿ともなると、午前4時間、午後4時間、1日8時間ぐらい稽古していました。当時は、1日1日を必死で生きていた。1日が終わり、寝るときだけが幸せでという生活でしたが、今思うと一番幸せな時間だったと思います」。当時、抱いていた目標は、インターハイでの団体・個人優勝を目標。そこに向かい、1年365日、ほとんど休みなく稽古に励んでいたというが、「正直、あまり相撲が好きではなかった(笑)」と、当時の想いも暴露。「負けたくない。その気持ちだけで続けていました」

「心技体」は足し算にあらずの真意は?

 続いて授業は、質疑応答のコーナーへ。「技術」「メンタル」「進路」の3テーマから、高校生たちが直接、齋藤さんに質問をした。

――自分より10キロも軽い相手にも負けてしまいます。相手とぶつかった際、技をかけられないようにするには?

「相撲の基本は押しです。相撲には『押さば押せ、引かば押せ。押しは相撲の極意なり』という格言があります。柔道ですと、『押さば引け、引かば押せ』といって、相手の動きに自分の動きを合わせなさい、となりますが、相撲では、相手がどんな動きであろうと、どんどん押せ、となります。押せないと、いくら投げが得意でも通用しません。(逆に)ある程度押せるようになれば、まわしを取るような選択もあるし、いろんな技にいってもいい。押せなければ何も始まらない。相撲は、攻撃が最大の防御です。

 また、10キロ、軽い選手に持ってかれるということは、恐らく体の使い方が相手のほうが上手です。四股、鉄砲、すり足、ぶつかり稽古で(体の使い方を)しっかり学んでほしいと。重心を上げず、相手に力を伝える技術を覚えてください」

――気持ちを強く持つには?

「これは非常に大きなテーマです。『心技体』という言葉がありますが、私の考え方ですと、心技体は足し算でなくて、最初にくる心が掛け算で影響します。どういうことか? 心がゼロだと全部ゼロになる。それだけ心の充実が大切です。

 過去大相撲で何十連勝と勝ちを重ねていた力士が何人かいますが、彼らは一回負けると連敗したり、1回は勝っても次にまた負けたりする。数学でいう確率が通用しない。それだけメンタルが重要なのです。気持ちを強く持つためは、どれだけそれをやりたいか、どれだけその目標を勝ち取りたいか、どれだけ努力したかです。

 どんな力士も、みんな勝ちたい。大きな大会の決勝戦でも、技術よりもどれだけ勝ちたいかの気持ちが勝敗を左右すると思います」

――今、稽古でもなかなか勝てなくてしんどい。相撲人生でいちばんつらかった経験は?

「私がいちばんつらかったのは、中学1年生のときでしょうか。明大付中野という中高一貫教育の学校だったので、(相撲部は)1年生から6年生までいたような感じでした。中1と高3では大人と子どもぐらい違います。会話も出来ず、今と違って厳しい時代だったので、毎日毎日、本当に大変でした。で、何が大変でしたか? と聞かれると、具体的には覚えていないんですね(笑)。

 以前、登山家の方に、『何故、高い山に登るのですか?』と聞いたら、景色が素晴らしいとか気分がいいとか思われるがそうではない。一緒に登った仲間と、辛かった経験を共有するのが、いちばんの楽しみだ、とおっしゃっていました。

 私も中・高時代の仲間と会うと『あのとき大変だったなぁ』『あの先輩はいやだったなぁ』という話ばかりで優勝した話なんて全然、出ません。つらかった話は、自分の財産になるんです。頑張ってください」

相撲の技術は「頭で考えるよりも、体で覚えなければならない」

「うまく体が反応しない」「試合や稽古で勝てないとき、どう気持ちを切り替えてよいかわからない」……。次々に飛ぶ技術やメンタルの質問に対し、齋藤さんは何度も「自分で考える」大切さを説いた。

「相撲の技術というのは、頭であれこれ考えると一呼吸遅れてしまう。どうするか? 簡単に言うと、体で覚えなければいけない。それには稽古しかありません。その際、ただ単に、体で覚えるのではなく、どういうときは体が動き、動かなかったのかを考え、どう動くべきかを確認しながら反復することが必要です。

 気持ちの切り替えで大事なのは、自分がどこに向かって行動しているかです。いくら強い選手でも負けることは必ずある。勝ったときはどこがよかったのか、負けたときに自分は何がいけなかったのかを振り返り、やるべきことを考えて次に向かう。それでも負けたら、また必要なことを考える。その繰り返しです。負けるときは必ず理由がある。何がダメだったのかを考えて行動する習慣が大切だと思います」

 また、2年生になり、後輩の指導に悩む生徒に対しては、思いやりの気持ちの大切さを伝えた。

「教えるということは、自分が何を言ったかではなく、相手にどう聞こえたか、です。難しい言葉で説明しても意味がない。自分の伝えたいことが相手にわかるよう、きちんと説明してあげる。いかに理解してもらうかが大切です。

 人間の基本は、自分がされて嬉しいことをしてあげることだと思います。相手がどのように指導してもらえたら、言葉をかけてもらえたら嬉しいのかなと考え、優しさを持って接することが大事だと思います」

 そうやって、一つひとつ相撲を通して得たことは、必ず将来、役に立つ。学校を出た後、社会に飛び出す不安を口にする高校生に、齋藤さんは答えた。

「高校生活も一つの社会です。中学も小学校もそう。例えば、高校時代はお金を払って勉強をさせてもらっていた。社会人はお金をもらって仕事をする。違うように感じるかもしれませんが、特別変わることはありません。一生懸命できることを努力する。何をする必要があるのかを考えて行動する。それを、相撲を通じ、学んでいってほしい。どうしたら相撲が強くなれるのか、何が必要で、何をしてはいけないのか。優しさとは何か、それらのことを常に考え、行動することが、社会に出たときにおのずとつながります。相撲から今、様々なことを学んでいると思いますよ」

 人を思いやり、日々、鍛練を怠らず。人生に通じる『相撲道』に耳を傾けた60分。参加した約80名の高校生力士たちは、真剣な表情でジッと聞き入った。

「常に自分を支えていただく方々に感謝の気持ちを忘れず、1日1日を大切に過ごしてください。コロナ禍でも学べることはたくさんあります。このときがあったから今の自分があるんだと思えるような、時間を過ごしてください」

 齋藤さんの温かいエールの言葉の後は、参加者全員で記念撮影。それぞれがうちに秘めた思いを表すように、力強いガッツポーズを決めた。

■オンラインエール授業 「インハイ.tv」と全国高体連がインターハイ全30競技の部活生に向けた「明日へのエールプロジェクト」の一環。アスリート、指導者らが高校生の「いまとこれから」をオンラインで話し合う。授業は「インハイ.tv」で配信され、誰でも視聴できる。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。