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タフトの前身? 20年前に販売されていた

text:Yoichiro Watanabe(渡辺陽一郎)

6月下旬に、新型軽自動車のダイハツ・タフトが発売される。

ダイハツのホームページでは、既に内外装のデザインなどを公開しており、販売店では「5月下旬から6月には、価格を明らかにして予約受注を開始する」という。

ダイハツ・タフト(上)/ダイハツ・ネイキッド(下)

タフトのボディスタイルを見ると、スズキ・ハスラーのライバル車と受け取られるが、別の見方をすれば「ダイハツ・ネイキッドの復活」ともいえるだろう。

ネイキッドは1999年に発売された全高が1550mmの軽自動車で、開発のテーマは「自由自在にクリエイティブカー」であった。

外観は直線基調のシンプルなデザインで、ドアのヒンジを外側に露出させていた。

さらにフロントグリルやバンパーは、外側からネジで固定されている。擦った時などユーザーが自分で交換したり、好みの色彩にペイントできた。

フォグランプを備えた色彩の異なるバンパーも、ディーラーオプションで用意した。

内装にも特徴があり、荷室の床面地上高は490mmと低い。現行タントが580mmだから、ネイキッドは90mm下まわり、荷物を収納しやすかった。

後席は格納に加えて脱着も可能だから、さらに広い荷室にアレンジできる。後席の重さは1脚当たり8-9kgで、脱着の作業もしやすい。

荷室には専用の穴が開けられ、棚やネットを簡単に装着できた。開発のテーマ通り、ユーザーが工夫して自由自在に使えるように配慮されていた。

ネイキッドは20年以上前に発売されたが、外観はSUV風で、コンセプトも先進的だ。今のタフトやハスラーに近い。

それなのにネイキッドは、1代限りでフルモデルチェンジは受けず、2000年代前半に終了した。なぜ短命で終わったのか……。

今なら魅力 ネイキッドなぜ売れず?

ネイキッドが長続きしなかった背景には、販売の低迷があった。2000年代に入ってムーヴが1か月に1万6000台前後を売っていた時、ネイキッドは1000台程度であった。

今の感覚で見ると、ネイキッドはシンプルなカッコ良さと馴染みやすさを併せ持つが、約20年前は時期尚早と受け取られた。

スズキ・ワゴンR RR(2003年)

当時は軽自動車ではムーヴやワゴンRのエアロ仕様が人気を高め、軽自動車サイズのSUVでは、小型/普通車を小さくしたようなパジェロ・ミニが注目されていたからだ。

今日のハスラーや近々登場するタフトは、SUVのスタイルを踏襲するが、デリカD:5やRAV4を小さくしたクルマではない。

あくまでも今の軽自動車の特徴とされる快適な居住性と優れた積載性を優先させ、そこにSUVのテイストを盛り込んでいる。

SUVである以前に、実用性の優れた軽自動車であるわけだ。

ところが20年前は、軽自動車の人気がそこまで確立されていなかった。

1998年の規格変更を経て売れ行きは伸びたが、ニーズの中心は、先に挙げたエアロミニバン風のムーヴやワゴンRだったり、大柄なSUVに似た軽自動車だった。

つまり軽自動車のサイズで立派に見えることが求められ、潔く割り切ったネイキッドは、当時のニーズには適さなかった。

販売テコ入れ Fシリーズも失敗……

売れ行きが下がったので、2002年にはネイキッドにFシリーズを加えた。

角型ヘッドランプとメッキグリルを装着する豪華仕様だが、ドアのヒンジは従来と同じく露出しており、バンパーもネジで固定されている。

外観のバランスが悪く、自由自在にクリエイティブできるコンセプトとの間にも隔たりが生じていた。

後年、ネイキッドが発売された当初の開発担当者に、Fシリーズについて尋ねると以下のようにコメントした。

「ネイキッドは時代を先取りした軽自動車でしたが、商業的には成功しませんでした」

「そこで販売をテコ入れする必要が生じて、Fシリーズを用意しました」

「売れ行きを伸ばすために、豪華仕様を加えることは多いですが、ネイキッドの性格には合わずFシリーズは妙なクルマになってしまいました」

「売れ行きも伸び悩みました」

タフトに継承されたネイキッドの想い

2003年になると、ダイハツは初代タントを発売した。この時点では、後席側のドアは前席と同じ横開き式だ。

スライドドアではなかったが、全高が1700mmを超えるボディで車内は広い。後席をコンパクトに畳むと大きな荷物も積めた。外観の存在感も強く、一躍人気車になった。

ダイハツ・タント(2003年)

タントが好調に売れると、ネイキッドはますます販売力を奪われて売れ行きも下がり、フルモデルチェンジすることなく生産を終えた。

ちなみに2000年頃は軽自動車の売れ行きが急増した時代で、新車として売られるクルマの30%を占めた。

1980年頃の軽自動車比率は20%、1990年頃は25%、2000年頃に30%の大台に乗り、今は37%に達する。

このように2000年以降の20年間で、軽自動車は身近な存在になり、売れ筋もホンダNボックス、タント、スズキスペーシアといった後席のドアをスライド式にしたタイプになった。

背の高い軽自動車を選ぶことが当たり前になり、改めて個性的な車種が求められるようになっている。

そこで人気を得たのが、2014年に発売(発表は2013年)された初代(先代)ハスラーだ。

小型/普通車のサイズダウンではなく、軽自動車の優れた空間効率を備えたSUVが認められる時代になった。

初代マツダ・ロードスターを思い出す

同様のことは、5ナンバーサイズに収まるコンパクトSUVの現行ダイハツ・ロッキー、そのOEM車となるトヨタ・ライズにも当てはまる。

今は好調に売れているが、1990年に発売されたかつてのロッキーは話題にならなかった。パジェロ・イオなど、ほかにも直線基調のコンパクトSUVが登場したが、売れ行きは伸び悩んだ。

パジェロ・イオ(1998年)

当時コンパクトSUVで人気を得たのは、1995年発売の初代トヨタRAV4、あるいは2010年の日産ジュークなど都会的な車種が中心だ。

しかし近年では、都会的なSUVが膨大に増えて、次第に飽きられ始めた。そこに前輪駆動ながらオフロードSUV風のRAV4やライズが登場して人気を高めた。

スポーツカーでは1989年に発売されたマツダ・ロードスターを思い出す。

あの時代は、ツインターボ、4WD、4WS(4輪操舵)などクルマが急速にハイテク化して、自分で運転するというより「乗せられている」感覚の高性能車が急増した。

そこに素朴なロードスターが登場して、多くのクルマ好きが楽しさを見い出した。

今、同じようなことが軽自動車やSUVの世界で起こっている。

このような原点回帰を流れに沿って、求めやすい商品を開発すれば、人気車になる可能性がある。