どんな病気を治すにも治療費はかかる。医療費が年々高くなっていくなかで、年金生活者には切実な問題だ。がんや糖尿病、認知症などいくらかかるのか。

■がんの治療費は、種類よりもステージによる

厚生労働省の「国民医療費調査」(2016年)によれば、65歳以上の国民1人あたりの医療費は年間で約73万円だが、健康保険があるので、一般的収入であれば70歳未満なら3割、70〜74歳は2割、75歳以上は1割の自己負担になる。また、60〜84歳の死亡原因(17年人口動態統計)の1位はがん、2位は心疾患、3位が脳血管疾患だ。3大疾病による死亡者数は全死亡者数の51.2%を占める。

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東京都と神奈川県に3カ所のナビタスクリニックを開設する内科医の久住英二先生は、「がんは国民の2人に1人が死ぬまでにかかる病気ですが、罹患率、死亡率ともに60歳を過ぎると急激に増えやすく、年齢が増すとともに増加します。部位別の男性の死亡率は肺がんがもっとも高くて87.3%。がんが小さい早期がんの段階で手術しないと完治するのは難しい」と話す。

では、がんになると医療費はどのくらいかかるのか。「がんの治療費は、がんの種類よりも進行度(ステージ)、つまり早期がんか進行・再発がんかによって、治療法もお金のかかり方も変わります」と話すのは、「がん治療費ドットコム」を運営する笠井篤氏。

「早期がんであれば、治療法はある程度決まっているので、費用も予測しやすく、比較的軽い。ところが、進行・再発がんだと、手術が難しいため効果のある薬物療法を何回も試しながら治療法を探ったりと治療計画が立てづらく、治療が長引くこともあります。このため、費用負担は大きくなる。しかし、その場合でも高額療養費制度を含めた公的保険が利用でき、標準治療での実質負担額は患者の収入にもよりますが月に8万円+α程度です」

具体的な費用を比較的生存率の高い胃がんで見てみよう。早期治療では、内視鏡や腹腔鏡による手術が主流になっている。

「最近は、内視鏡的粘膜切除術に加え、内視鏡的粘膜下層剥離術が普及しています。粘膜切除術の医療費は入院(5日)・手術費が約26万円、定期検査費が約13万円ですが、高額療養費の適用で、1年目の自己負担額(一般世帯、70歳未満、以下同)は合わせて約12万円。2年目以降にかかる費用は、定期検査費が年に9万円、自己負担額は約3万円になります」(笠井氏)

肺がん全体の約85%を占める「非小細胞肺がん」の胸腔鏡手術の治療費は、入院(10日)・手術費は165万円、定期検査費が6万円で、1年目の自己負担額は約12万円。定期検査は2年目16万円で自己負担5万円、3年目以降8万円で、自己負担は2万円になる。

高額ながん免疫治療薬で知られる「オプジーボ」は、この18年11月に薬価改定で値下げされたが、その治療にはどのくらいかかるのか。

「オプジーボは非小細胞肺がんや手術ができない胃がんにも健康保険の適用が承認され、薬剤費は1年で約1100万円かかるものの、高額療養費制度の対象になります」(笠井氏)

粒子線治療などの先進医療は、18年4月に認められた前立腺がんなど一部を除き、公的保険の適用外だ。陽子線治療は約280万円、重粒子線治療は約315万円の自己負担となる。

治療費以外の“諸費用”も軽視できない。入院には差額ベッド代が付きものだし、有料テレビのカード代や退院後に通院して抗がん剤治療をするといったケースも多いので、そのための交通費、宿泊費などもばかにならない。

生活習慣病は、長期通院で100万円超え

死因第2位の心臓病はいくらかかるのか。心疾患の大部分を占める虚血性心疾患の平均治療費(入院)は、約74万円(16年度厚生労働省医療給付実態調査)で、自己負担額は約22万2000円になる。脳血管疾患の平均治療費は、約76万円で自己負担額は約23万円となるが、もちろん高額療養費で戻ってくる。なかでも脳卒中は、一命を取りとめても、手足の麻痺や言語障害などが残る可能性が高く、長期間の入院やリハビリを強いられることもあり、平均以上に費用がかかる可能性が高い。

医療費では手術や抗がん剤治療など高額化するがん治療が注目されがちだが、「高血圧や糖尿病など生活習慣病は1カ月の医療費が高額になることはありませんが、20年、30年と一生付き合う場合もあります。長期の通院、服薬の手間も考慮すると、がんよりも高額化する可能性もあります」と久住先生は指摘する。

炭水化物や糖質の取りすぎによる2型糖尿病は、「インスリン」の血糖値を下げる能力を超え、血液中の糖分濃度が高くなる。

「血糖値が高くなることで、血管の内皮細胞が傷つき、動脈硬化が進みます。そのことで、糖尿病性腎症や糖尿病網膜症、脳梗塞、心筋梗塞を併発しやすくなります」(久住先生)

治療費は病状が安定していれば、受診は3カ月に1度で済み、1回の診療費は8000円ほどで、年間3万2000円程度。インスリンを効きやすくする薬やインスリン分泌を促す薬代、調剤費を合わせると、1年間で約17万8000円。この自己負担分は約5万3400円。長期間にわたれば100万円は優に超える額になる。

認知症で寝たきり、自然な老衰「平穏死」の選択も

高齢化で避けられない病気が認知症だ。認知症の患者数は、予備軍の軽度認知障害の人も含めると65歳以上の老人の約4人に1人。

認知症は今のところ失われた記憶や機能を回復させ、完全に治す薬がありません。症状の進行を遅らせる薬としてアリセプトがあり、症状によって5〜10ミリグラムを投与します」(久住先生)

アリセプトを投与すると、月額の患者負担は、月に1回の診察料と合わせ約4000円だ。認知症は介護の負担が大きく、介護費もかかる。介護保険を上手に使い、家族の負担をなるべく減らすことを考えるといい。

ただ、認知症が進み寝たきりになると、胃に栄養を入れる「胃ろう」や同様の効果を持つ「中心静脈栄養」などの延命治療をするのが一般的だ。

東京・世田谷区の特別養護老人ホーム・上北沢ホームで医師を務め、『「平穏死」のすすめ』などの著書がある石飛幸三先生は「認知症の人に、成人に行うのと同じ治療が必要なのか疑問です」と次のように話す。

「味もしない経管栄養剤を、毎日決まった時間に、食べる楽しみもなく流し込まれる様子を見ていると、本当にこの治療は必要なのかと思います。しかも、1人当たり年間約500万円かかり、それは国が負担しています。自分が寝たきりや重度の認知症になったとき、ものを食べられなくなっても、チューブから栄養を補給し、生き続けたいのか、自然な老衰である『平穏死』を選ぶのか、元気なうちに決めておくことが必要ではないでしょうか」

■▼定年後にかかりやすい病気の治療の目安

(ジャーナリスト 吉田 茂人 写真=iStock.com)