「休憩時間は自由ですよね?」建築現場の職人が絶句…パワハラを訴える「19歳新卒」に社長が下した「解決の一手」
労務相談やハラスメント対応を主力業務として扱っている社労士である私が、企業の皆様から受けるご相談は年々多様化しています。近年、特に増えているのが、「若手社員との距離感がわからない」という、建設業の経営者や現場責任者からの声です。「怒鳴ればパワハラと言われる。でも危険な仕事だから、出来ないなら言い続けないといけない」……。そんな戸惑いを抱えた“現場のおじさんたち”は、いま確実に増えています。
今回は、社員30名規模の建設会社で起きた、ある新卒社員をめぐる相談事例をもとに、「Z世代との価値観のズレ」の本質について考えてみたいと思います。
(なお、ご相談事例は個人の特定を防ぐため、複数のエピソードを組み合わせて再構成したものです)
【前編】→「これって給料出るんですか?」建築現場の「ベテラン職人」を大激怒させた19歳「新卒社員」からのまさかの要求
「自由な休憩時間」と「現場の常識」の衝突
ここで重要なのは、この問題を単純に「最近の若い子は協調性がない」という感情で片づけてしまわないことです。
実際、若手世代と中高年世代の間に価値観のギャップが存在していること自体は、各種調査でも明らかになっています。
東京商工会議所が実施した調査では、企業側がZ世代の若手社員について感じる課題として、「ストレスやトラブルに対して打たれ弱い」「価値観や勤労観がわからない」「仕事よりもプライベートを重視している」といった回答が多く挙げられていました(参照:「企業の人材育成担当者による新入社員・若手社員に対する意識調査」 の集計結果について|東京商工会議所)。
一方で、厚生労働省の若年者雇用実態調査を見ると、若年層が職場に求めているものは、必ずしも「楽な仕事」ではありません。
職業生活の満足度を見ると「雇用の安定性」が66.4ポイントと最も高く、次いで「職場の人間関係、コミュニケーション」が57.3ポイント、「仕事の内容・やりがい」が55.2ポイントとなっている反面、離職理由では「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」が28.5%、「人間関係がよくなかった」が26.4%、「賃金の条件がよくなかった」が21.8%、「仕事が自分に合わない」が21.7%と続きます(参照:令和5年若年者雇用実態調査の概況|厚生労働省)。
この調査から浮かび上がるのは、若年労働者は「仕事が自分に合うかどうか」「やりがいがあるかどうか」よりも、職場において賃金や労働条件に納得できるかどうか、そのうえで人間関係を保てるか、コミュニケ−ションが取れるかどうかを重視する姿です。
つまり、ベテラン世代から見れば「勝手に一人でスマホを見ている若者」に見えていても、若手側には「休憩時間は自由に過ごしたい」「仕事に必要な話は現場で聞いている」という感覚の違いが存在する可能性があります。
実際、労働基準法上、休憩時間は原則として労働者の自由利用が保障されています。
前述のとおり、今回のケースも「仕事の必要事項は現場でブリーフィングしているから話を聞かなくても問題はない」「移動時間は休憩扱いで寝ていてもいい」と説明されていました。つまり制度上は、協調性がないように見えるAさんの行為は、直ちにルール違反とは言い難いのです。
しかし一方で、多くの現場では、移動時間や休憩時間の雑談そのものが、単なる“私語”ではなく、関係形成や暗黙知の共有として機能してきた側面があります。
「こないだの現場どうだった」
「次の現場はあの元請けで、前回はこういうトラブルがあった」
「あの会社の職人はこういう段取りを嫌がる」
こうした会話の積み重ねによって、現場は回ってきた面もあるわけです。また、これら会話によって得られた情報が現場で活かされたり、チームとして関係性をよくするために役立ってきたりした面もあります。
つまり、Aさんは“ルール違反”をしているわけではない。しかし、現場共同体の「空気」には参加していない。このズレが、今回の問題の本質です。
このケースがさらに感情的にこじれているのは、ベテラン職人にとって同じ「若者」として見えていたAさんとBさんの行動に齟齬があるからです。
問題は「世代間対立」ではない
実際、同じ“若手”として括られていても、その価値観や仕事観はかなり幅があります。
今回のケースでも、Bさん自身はまだ20代後半であり、世代論だけでいえばAさんに比較的近い立場の人間です。しかし、Bさんは高校卒業後すぐにこの会社へ入り、約10年近くこの現場文化の中で働いてきました。
先輩職人に怒鳴られながら仕事を覚え、休日に資格練習へ付き合ってもらい、飲み会や雑談の輪の中で関係性を作り、「見て覚える」ことを当然として技術を身につけてきた。いわば、現在のベテラン世代の“現場の流儀”に、長い時間をかけて適応してきた存在です。そのため、Bさんにとっては、「自分もそうやって育ててもらったのだから、後輩にも同じように接する」という感覚が極めて自然だったのでしょう。
一方で、Aさんは違います。縁故採用や紹介ではなく、求人票を見て応募してきた、いわば“外部から入ってきた新人”です。建設業の現場文化そのものにまだ馴染みがなく、会社の人間関係も十分に形成されていない。しかも、Aさんが高校生活を送ってきた時代は、ハラスメント防止教育や「個人の境界線」を重視する価値観が学校教育にもかなり浸透しています。
そう考えると、「休みの日に無償で練習を見てもらえてありがたい」「先輩たちの雑談に参加できてうれしい」「怒鳴られたことで危険が回避できた」と考え、自然に受け止めるBさんと、「休憩時間は自由時間なら自分の好きに過ごしたい」「休日に呼ばれるなら業務なのではないか」「危険だと言っても怒鳴られると不当に感じる」というAさんとの間にズレが生じるのは、ある意味では当然とも言えます。
重要なのは、ここで「どちらが正しいか」を急いで決めないことです。
Bさんは決して意地悪でAさんを追い込んでいたわけではありません。むしろ、自分なりに面倒を見ようとしていた。一方でAさんも、「現場文化を壊してやろう」と思っていたわけではなく、自分の感覚では職場に適応しようとしていた可能性があります。また、周囲のベテラン勢もBさんを守ろうとするあまり、Aさんに対して過剰に攻撃的になってしまっている可能性もあります。
つまり今回の問題は、「悪意ある加害者」と「被害者」という単純な構図だけでは整理できません。むしろ、長年暗黙知で回ってきた現場文化と、そこへ新しい価値観を持った若手が入ってきたときに起きる、“翻訳不全”に近い問題なのです。
「やる気がない」の前に考えるべきこと
では、このようなケースで、企業はどう対応すべきなのでしょうか。企業側がやるべきなのは、「どちらかを悪者にして切り捨てること」ではなく、そのズレを前提に現場運営を再設計することになります。
私は社長に対して、まず「Aさんを問題社員として処理する」方向に急がないようお伝えしました。というのも、今回のケースでは、Aさんに協調性の課題や勤怠不良が見られる一方で、その原因の一つに会社側の教育姿勢やAさんの視点での受け止めが不足しているように思われたからです。
現実として、Bさんとベテラン職人はそれぞれAさんに声をかけ、危険な場面では注意をし、ときには作業を止めて教えていたそうです。しかし、そこに“統一した教育方針”はありません。
例えばベテラン職人は「まず見て覚えろ」と言う。Bさんは「わからないなら聞いて」と話し、他社の職人からは「できないなら危ないから勝手に触るな」と言われる。現場ごとに前提が微妙に異なり、そのズレを調整する役割を、結果としてBさんが担っていた構図です。
しかも、Aさん本人の「困り感」が、会社全体で十分に共有されていませんでした。
社長のお話を聞いていると、周囲の職人が「Aはやる気がない」「協調性がない」「教えても覚えない」という認識を強めていった一方で、「なぜそう見えるのか」「Aさん自身はどのように考えているのか」など、Aさん側の困難さや感情については、ほとんど言語化されていなかったように見受けられました。
もしかしたらAさんは怒声が飛ぶと頭が真っ白になってしまうのかもしれませんし、失敗への恐怖が強く、確認行動が取れなくなっていたのかもしれません。
しかし実際には、若年層の定着支援やハラスメント相談の現場では、この“困り感の非共有”が非常に多く見られます。
本人も、自分が何に困っているのか整理できていない。周囲も、「できない理由」を“性格”で理解してしまう。そのため、職場全体が「教えている側」と「できない側」の対立構造になりやすいのです。
だからこそ、私は社長に対して、「Aさんを問題社員として評価する前に、“何ができなくて、どこで詰まっているのか”を会社として整理しましょう」とお伝えしました。
具体的には、
・作業手順を一つずつ分解する
・誰が何を教えるかを整理する
・注意された内容を本人と一緒に振り返る
・“理解不足”と“態度不良”を分けて考える
・現場外で定期面談を行う
といった対応です。
特に重要なのは、「Aさんに何ができていないか」だけではなく、「Aさんが何に困っているか」を、会社側が把握しようとすることです。
建設現場では、「困ったら聞け」という文化が根強くあります。しかし、若年層の中には、「聞くこと自体」に強い心理的ハードルを感じる人も少なくありません。怒られるかもしれない。呆れられるかもしれない。また覚えていないと思われるかもしれない。そうした不安が積み重なると、本人の中では「聞けない」「行けない」「休むしかない」という流れが生まれてしまいます。
今回のケースでも、Aさんが本当に求めていたのは、“甘やかし”ではなく、「自分が何に困っているのかを整理してくれる環境」だった可能性があります。
だからこそ、今の会社として必要なのは、「感情論で頑張らせる」仕組みではなく、「困り感を共有しながら育てる」仕組みなのだと思います。
会社が実践した「3つの改善策」
私はまず、会社に3つの改善策を提案しました。
まず一つ目は、「安全指導」と「人格評価」を分離することです。建設現場では危険回避のため、瞬間的に強い言葉が必要になることがあります。しかし、その場で人格否定まで混ぜてしまうと、若手側には「怒られている理由」が見えなくなります。ですから、「そこ危ない、止まって」「この手順は違う」という安全指示と、「なぜそのミスが起きたのか」「次回どう改善するか」という振り返りを、時間も場所も分けて行ってもらうよう提案しました。
二つ目は、「教え方の可視化」です。ベテラン職人ほど、「見て覚えろ」が染みついています。しかし、現在の若年層は、手順や期待値を言語化したほうが理解しやすい傾向があります。そのため、「一日の目標を3つに絞る」「確認事項をリスト化する」「終業時に5分だけ振り返る」といった、“短く・具体的な”教育へ変える必要があります。これはベテラン勢にも「教え方を標準化する」効果があります。
三つ目は、「現場の外に相談ルートを作る」ことです。今回、Aさんは最終的に社長へ直接訴えました。しかし、多くの若手社員は、そこまで行く前に辞めてしまいます。だからこそ、「直属上司以外にも相談できる」「相談しても不利益扱いされない」という逃げ道を制度として作ることが重要です。
これは若手社員を甘やかすためではありません。むしろ、“現場だけで感情処理を抱え込ませない”ために必要なことなのです。
私の提案を入れていただき、社長はまず休職に入ったAさんに対して2回の面談を行いました。当初は言葉を濁していたAさんですが、面談では、「会話の輪に入らなかったことで、質問があっても聞きにくい雰囲気になってきたこと。わかってはいたが、介入するタイミングがよくわからなかったこと。怒鳴られるとそれだけで頭が真っ白になってしまい、何を叱られていたのかよくわからなくなってしまっていたこと」などが語られました。
一方で、社長はBさんや他の職人も含めて、「教え方改善」のためにどうしたらいいか、みんなで方法を考えたいと伝えました。感情的になっていたベテラン職人もAさんが休んでいることで落ち着きを取り戻し、自分を顧みる姿も見られたそうです。そこで出たアイディアは「危険な時だけ大声を出す」「注意と指導は時間を分ける」」「指導事項は紙に書いて渡す」など様々で、こうしたアイディアは少しずつ現場で取り入れていくことになりました。
社長はAさんに対し、「教え方改善」で出た話も伝え、もう一度戻ってきてみてくれないか、と伝えました。その甲斐もあってか、Aさんは2週間だけ休職を延長しましたが、無事復職。Bさんのもとで働くことはAさんも希望したため、3人のチームから一度2人体制にして近場の現場のサポートだけを任せることにしました。BさんだけならAさんも素直に疑問点や相談もできるようになり、徐々に関係性は向上。もうすぐ、3人体制のチームに戻ることもできそうです。
今、「最近の若い子は難しい」という中高齢者層からのご相談は増えています。それは事実でしょう。しかし本当に起きているのは、若者の問題というより、「暗黙知で回してきた現場」が制度化を求められている、という変化です。
長時間労働を前提にしない。“察しろ”だけで育成しない。叱責と安全指導を分ける。相談を仕組みにする。
これまでのやり方を全否定する必要はありません。ただ、「昔はこれで通じた」が、そのままでは通用しなくなっている。いま建設業で起きているのは、まさにそのアップデートの痛みなのではないでしょうか。
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