©西野亮廣/「映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜」製作委員会


 西野亮廣さんと又吉直樹さんは芸人として活動するなかで、それぞれ絵本作家と小説家という肩書きで異なるフィールドでの創作に挑み、成功を収めるなど、異色のキャリアを歩んでいる。

 西野さんは2009年に「にしのあきひろ」名義で『Dr.インクの星空キネマ』を上梓し、絵本作家としてのキャリアをスタート。3月27日には西野さんが製作総指揮・原作・脚本を務める『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』が公開され、2か月が過ぎた現在も地方劇場を中心に盛り上がりを見せている。

 一方の又吉さんは2015年に初となる小説作品『火花』で芥川賞を受賞し、その後も数々の小説やエッセイを刊行。2026年1月には6年ぶりの長編小説『生きとるわ』を上梓し大ヒットを記録している。

 東西は異なるが1999年にNSC(吉本総合芸能学院)に入所した同い年の同期であり、芸人から異なるキャリアを築くなど、何かと共通項が多い2人。

 本稿では、Youtubeチャンネル「ピース又吉直樹【渦】公式チャンネル」で公開された『炎上する人しない人・2つの肩書きを持つ2人の悩み・クリエイターは小学生の時に決まる【キングコング西野亮廣×ピース又吉直樹 特別対談】』の模様を全文文字起こしでお届けする。

 対談の前編では、創作の源泉や小学生の頃の立ち位置、2つの肩書きを持つがゆえの悩みなど、2人の「創作論」が赤裸々に語られた。

■今のうちに発想を限界まで出し切ろうと思った

西野亮廣氏(以下、西野):ご無沙汰しています。いつぶりですか、先生。

又吉直樹氏(以下、又吉):最後があれちゃう。梶原(雄太)くんと3人で『ボクらの時代』に出たとき。あれが2019年かな。

西野:コロナ前だ。そこから生活は変わりました?

又吉:コロナ禍になって、執筆が一気に増えて。何となく切り替えて戻したいけど、増やしたぶんが今も続いている感じ。

西野:1週間のスケジュールはどういう感じなんですか?

又吉:最近は本を出したあとだったから、番組とかラジオとかいろいろなところにおじゃまして。でも、それ以外のときは結構、書いている時間が多い。西野くんみたいにいろいろなことを考えて戦略を立てるのが、別に得意ではないんですよ。

 それでコロナ禍のときに40代に突入するタイミングだったから、若いときみたいにずっといろいろなことを思いつき続けられるのか不安になって、今のうちに発想を限界まで出し切ろうと思った。どこかで出なくなったら、そこからは自分の経験とか文章がもっとよくなっていくはずだから。

西野:要するに、発想やアイデアは40歳までに一生ぶんを出し終えようと(笑)。

又吉:そうそう。

西野:あとは、かたちにしていく技術は上がっていくだろうから。

又吉:かけ算でやっていこうと思いついたんだけど、全然(アイデアが)思いつかなくなる雰囲気がなくて。ずっと種だけまいていて。「これ何歳から収穫するんだったっけ」ってなっているから、やり方を変えようかなとは思ってる。みんな、もう少し上手く種をまいて、収穫してというサイクルでやってるから……。

 ちょうど自粛期間中というのもあったし、そのチャンスだと思ってまき始めて、今もそのペースでやっているけど、もうさすがに収穫しないと(笑)。でも、人に聞いたら、ずっと考え続けていると、60歳ぐらいまでは全然考える能力が下がることはないと聞いて……俺がめちゃくちゃ間違っていた(笑)。

■一つのことを別の視点から書く「語り直し」

又吉:西野くんは(アイデアが)思いつかなくなる感覚とかないでしょう?

西野:いや、僕も似たようなことはあります。20代のうちに一生ぶんのアイデアを一回思いついて、あとはかたちにしていくみたいなのを考えたけれど、早々に失敗に終わった。というのは、時代も変わってしまうから。

又吉:確かにそのときに新しいものであっても、誰かがかたちにしてやっていくからね。

西野:しかも20代の経験って、30代になるとたかが知れているというのがわかる。だから、種をまく前に、種が枯れていくという話(笑)。

又吉:種を腐らせるために、何年間かはやっていたなあ。

西野:僕は結構、種が腐った。

又吉:俺もそうかも。でも、その作業をやる中での気づきとか「ああ、なるほどな。こういうパターンもあるのか」とかはあった。割に合っていない感じはするけど。

西野:(今のところは)枯れない? 今の話だったら枯れてはないじゃない?

又吉:今のところはね。

西野:でも、毎回、書くテーマがあるでしょう? 書く順番でいうと、最初は自分の身近な実体験に基づいたものからやっていくじゃないですか。そうすると、人生で一番濃い経験を早々に(書いて)終わらせちゃうじゃないですか。

 僕だったら、すごく日本中に批判されたとか。そういうのを一つネタとして使ってしまうと、もうこれは使えないじゃないですか。人生のビッグイベントって、振り返ってみたら二つあればいいぐらいだと思うんですけど、そこってもう全部さわりました?

又吉:一通り全部さわった。

西野:さわったあとは、どうなるんですか?

又吉:自分に限らず、近代文学の先輩を見ていくと、いわゆる「語り直し」という便利な言葉があって。一つのことを書いているけれど、今度は別の視点から見て書くとか。同じテーマだけど、登るところを変えていったら、それが何作か合わさって立体的に見えてくるみたいなのはある。それはもちろんやっていくとは思うけど、全然違うのもやりたくなるでしょう?

西野:確かに。でも、表現はずっと小説ですか?

又吉:小説が多分、一番(自分に)合っているような気がする。

■映画やミュージカルは何百人もの人がかかわる

西野:ずっと小説を書き続けているのがすごいね。

又吉:でも、映画とか演劇とかいろいろやっていると、かかわる人がすごく多いでしょう? 小説は小説の大変さがあると思うけど、人が多いと、より複雑になるから。

西野:人間関係の部分であの人とあの人がもめているから、全然進まないとか。絵本を描いているときは、自分が全部描けるからまだめっちゃ楽で。でも、映画やミュージカルとなると何百人もの人がかかわるから大変。

又吉:もちろん、自分が想像してた以上のファインプレーをしてくれる人もいっぱいいると思うけど、何人かが調子悪いときもあるから。

西野:あるよ。何年も映画を作って、4年半とか5年とか経つと、スタッフが何百人もいたら途中で誰かが不祥事を起こすし(笑)。

又吉:そういうこともあるしね。そういうのがストレスにもなると思うけど、それも含めて面白いのかもね。

■太陽の塔は“でかい”から面白い

西野:面白い。僕、本当に単純で、でかいものが好きなんですよ。太陽の塔みたいな物理的にでかいもの。結論、太陽の塔もでかいから面白いと思ったんです。太陽の塔が手に収まるくらいだったなら、美しいかもしれないけれど。

又吉:しかも、あれ最初は屋根があったんですよね。

西野:そう!屋根を突き破っているとか「それ何やの」と(笑)。

又吉:「ここで収めてください」って言われていたのを突き破っているわけだから、それは面白いよな(笑)。

西野:でかいって面白い。でかいものを作っているということは、いろいろな根回しをしているわけだから、確かな知識も必要だし、人間関係の構築もやらないとそんなもの作れない。

 けれど、そこまでしてでかいものを作る人って、根本は「アホやん」と思ってしまうんです(笑)。でも、なんかそれが愛おしいんですよね。ピラミッドとかを見てても「そこまででかくなくていいはずなのに」って。

又吉:絶対に情熱がないとできないし、大変だし。小さいものが尊いものって定義してたら、みんなその日のうちに帰れたわけだから。でも、でかくないと説得力がない(笑)。

西野:でかいものを作るって、アホなのか賢いのかわからない。でかいものを作ろうと思ったら時間と人が必要だし、本当にトラブルもめちゃくちゃあると思う。けれど、それが好きなんですよね。

■「西野を真ん中においたら座りがいい」と思われていた

又吉:団体競技とかやったことあるの?

西野:僕はバスケ部でした。チームプレーがそもそも好きで。

又吉:いわゆるキャプテンとかをやるタイプ?

西野:僕はずっとそれなんです。多分キャプテンって一番うまいやつとかではなくて、座りがいいやつがなるんですよ。

又吉:まあまあみんなと話せて、先生にもいいやつって思われていて。

西野:僕、そこなんですよ。『はねトび(はねるのトびら)』とかをやっていたときとかも「西野を真ん中に置いたら、何か座りがいい」って思われていた。能力とか、そういうことよりも。

又吉:絶対、誰でもそうすると思う。西野くんを真ん中に置くと思う。

西野:そうでしょう? それは子どものときからずっとで、小学校のときは生徒会長でした(笑)。そんな生徒会長に手を挙げるようなやつではなかったけれど。

又吉:じゃあ、周りが「西野がいい」ってなって。

西野:結局そうなんですよ。人生ずっと「一応、西野を置いといたらいいんちがう?」みたいな役目です。

■子どもの頃の性格や環境はすごく大きい

又吉:俺はサッカー部だったけど、最初は何となくセンターポジション、真ん中にいかされるけど、少し経ったら「こいつ自己中だな」ってなって、すぐサイドに追いやられる。必ずサイド。

西野:そんな感じがするわ(笑)。

又吉:芸人になってからもそのサッカーのイメージが残っていて、それこそ西野くんとかうちの相方(綾部祐二)とかがセンターポジションでボールに「ガーッ」といっているときに、俺はいっても多分無理だから、サイドに張っているの。

(西野くんや綾部が)停滞したときにサイドのスペースに振ってくれたら、俺はもうドリブルのルートだけ見えているから。そのやり口でやってきているから。

西野:めちゃくちゃ腑に落ちる。

又吉:だから、子どもの頃、どういう環境だったかとか性格だったかってあるかもね。

西野:すごく大きい。そこで全部、決まってしまうんじゃない? 小学校あたりですべての勝負が決まっているという説はある。

又吉:前も言ったかもしれないけど、東京のNSCに入って、俺、一番最初のネタ見せ、自分を明るく見せようとしたの。すごく迷ったけど、明るく早口でやろうとしたら、講師の先生に「無理しているやろう?」って言われて「そんなバレるもんなん?」と思って(笑)。

 そしたらまた別の先生に、若手芸人に大切なのは明るさ、わかりやすさ、清潔感だと。おまえにはその三つがないと言われた。だから、そっちで頑張れる人にあこがれはすごくある。でも、俺がどんだけ明るさとわかりやすさと清潔感を磨き抜いても、猛者がいっぱいいるわけだから。

西野:それはそうだ(笑)。

又吉:全国から猛者が集まっているから、それは無理だよなって。そういうふうにやってきた感じだから。

西野:一回迷走しているんですね。

■小学校のときにドキドキしたことをずっとやっている

又吉:もともとの性格みたいなのは大きいよな。

西野:そこがすべてですね。(又吉さんも)45歳でしょう? 今、自分があれやこれや考えて行動していることって、ほぼ小学校のときの半径何メートルかで起きていたことを、ただちょっと大きく出しているだけでしかない。

 ザリガニ釣りに行って、めちゃくちゃでかいアメリカザリガニの群れを見つけたとき、学校に戻って「あそこにアメリカザリガニがいるで!」っていうのをみんなに言って「行こうや行こうや」と誘っているのと、今やっていることってあまり変わっていない。「あっこに面白いものあるで。みんな行こう」と言う。結局、あれじゃんと思って。

又吉:それをやり方変えて、規模をでかくして。

西野:でかくしているけれど、根本は小学校のときにドキドキしたものをずっとやっている感じがする。

又吉:自分で言ったら何なんだろう? 俺はみんなが昼休みにドッジボールをやっているとき、そこには入らずに運動場の端っこで1人で全力で何本もダッシュして、それがすごくかっこいいと思ってた。

西野:それ、ギャラリーはいたんですか(笑)。

又吉:誰も見てないと思うけど、走ってた(笑)。「もう1本いこう」みたいな。実際、走るのも好きだったんだけど、そのストイックな感じをやるのがすごく好きだった。だから、そんなに大きくはズレてないのかもしれないね。

■文筆業があるから、ネタを書いているような気持ちになれる

西野:面白いですね。僕、最近アラフィフ芸人にすごく相談を受けるんですよ。先輩方、50歳ぐらいですごく悩み始める。多分、40歳半ばぐらいから中年うつみたいになって、体力も落ち始めていて、「俺はこのままでいいのだろうか」って、人生について考え始めるんです。

 みんな50歳ぐらいでバランスを崩し始めているなって思うんですけど、又吉さんはありますか?

又吉:自分のやりたいこととか、これをとりあえず続けようとかはあるから。わかりやすくいうと、みんな最初は漫才とかコントが好きでやりたい。でも、続けられる人もいれば、相方がアメリカにおるとか、そういう状況の人もいるから(笑)。

 ずっとやれなくなったときにどうするのかでいうと、文筆があるというのは、すごくネタを書いているような気持ちになれるというか。周りからしたら、そうは思ってくれないだろうけど、ずっと新ネタを書いている気持ちにはなれる。

西野:それを見つけているのはでかいよ。

又吉:でも、35歳ぐらいからめちゃくちゃリアルに考えていたけどね。この先、40歳まではいけたとして、45歳、50歳って期間を区切って、この期間にちゃんと面白いものを一個作らないといけない。どちらかというとそういう考え方。

西野:すごいな。ずっと文筆をやっているんだもんね。芸人さんってネタを作っても、披露する場所がだんだんなくなってくるじゃない? でも、今の話だと、ネタをずっと作り続けられる環境にあるというのはすごくいいね。

■飛んできた球を全力で打ち返していたら、あさっての方向に進み始めた

又吉:それはラッキーだけどね。西野くんはネタを出す先、バリエーションを複数持っているでしょう。それは何で?

西野:いや、40歳ぐらいまでは人生設計を立てていたんですよ。それで、ちょうど40歳のときに、映画『えんとつ町のプペル』という作品が公開されて「やったやった」となって。でも、そこから先の、40から45歳になるまでだけれど、ここで人生設計を立ててしまうと、それ以上いかないんですよ。

 だから、そんなことよりも、飛んできた球を全力で打ち返す。要するに与えられた役目を務め上げる。こっちに切り替えた瞬間に、全然あさっての方向に進み始めて。だって、僕、今ミュージカルをやっているけれど、最初は全然興味なかったから。

又吉:それはもともと?

西野:だって、関西では大体、新喜劇を見てたから。ミュージカルにいこうってならないじゃないですか。でも、なぜか巻き込まれて、しょうがないからやるようになってしまい、これは自分が頑張らないと、いろいろなスタッフさんが食いっぱぐれてしまうとか、生活が大変なことになるから。

「じゃあやるか」とやっているうちに、それがとんとんと進んで、なぜか気がついたらニューヨークにいるみたいなことになっていて。ブロードウェイに行くなんて1ミリも思ってなかったけど、巻き込まれて、逃げずに打ち返していたら、とんでもないところにいけるというのがわかった。

又吉:いや、すごいな。

西野:だから、巻き込まれるようにしたんです。要するに「自分が何かやりたい」は40歳までで終わらせて、以降は飛んできた球を打ち返す。巻き込まれまくる。

又吉:でも、それは巻き込まれ力があるからだと思う。俺は大体自分で考えて自分で動いたときには何となくうまくいくけど、巻き込まれたらほぼ死にかけてる(笑)。巻き込まれてやってみようかなと思ってやったら全然ダメで。巻き込まれ方が弱いのか、疑ってしまってるのか。もしかしたら「事故るかも」と思ってしまってるのかも。

西野:怖いもんね。巻き込まれているということは、そもそも慣れないことをやらされているわけだから。これまでの経験値ではクリアできないようなものをやらされているから、怖いは怖い。でも、そこで「ぱーん」って打ち返したときは面白いんですよね。自分の力以外のところで進んでいるから。それぞれが役目を務める、役目を果たすみたいな。

又吉:そうすると、結果的に責任感も出てくるしね。1人だったら「最悪、今日は寝ていいか」とかもできるもんな。人とやっていたら、それができないものな。

■“啓示を受けている”と思い込んで作品を作ること

西野:なんか宗教家みたいになっている。天から授かった使命を果たしますみたいな(笑)。

又吉:それは自分がやるしかないってことよね?

西野:少し前まで東野(幸治)さんとかが、新世界の創造主みたいな感じでいじってきて。

又吉:ちょっと前というか、今も言ってる(笑)。

西野:それで教祖様みたいな感じでいじってくる感じを「やめえ!」とか言っていたけど、そんな気もしてきたというか(笑)。

又吉:いや、自分が啓示を受けているって、宗教と言ってしまうと抵抗があると思うけど、俺、それは作品を作るうえで、めちゃくちゃ大事なことだと思う。

 たとえば、俺だったら子どもの頃はサッカーをやっていたから、草サッカーをするときにみんな1人ずつ好きな選手を取るのよ。じゃあ俺はカズ(三浦知良)とか、ラモス(瑠偉)とか。そんな風になりきってやったときの面白さ。

西野:普段より、ちょっと乗るのかな(笑)。

又吉:普段よりできている感じがする。マラドーナになりきっているときは世界選抜の試合みたいになっていて、全員がとんでもない。みんな、なりきってやっているから。あの面白さ。普段の試合とかでは、そこまで持っていけないのよ。遊びでやって、自分はマラドーナと思い込んだときに、ドリブルの切れがいつもよりよくなる(笑)。

 だから、もう少し思い込みのかたちを変えて、(教祖様みたいに)「今、力を受けたぞ」みたいな気持ちでやるのが結構大事なんじゃないかな。

■『えんとつ町のプペル』には西野くんの心境が反映されている

西野:確かに勝手に使命みたいに思っているのかも。「自分がここでこれをやらないと、この国のエンターテインメントは……」って考えたりするもん。

 それこそ、古くは自分がここでクラウドファンディングという選択肢をいききらないと、この国にクラウドファンディングという選択肢がなくなってしまい、挑戦する人が減ってしまうから、どれだけ批判されてもいくぞ、みたいな。これは自分のためにとかではなくて、この国のためにみたいな感じでいっているときがある。

又吉:映画『えんとつ町のプペル』も見せてもらいましたけど、西野くんって、あのセリフとかで出てくるものが、西野くんの体験してきた心境がすごく反映されてるのだろうなと思って見たから。損な役回りというか、その正義感がすごいと思う。

西野:でも、面白いですよ。もう一周回って面白いです。

又吉:俺も「これ嫌だな」とか「もっとこうなればいいのにな」と思う。でも「これを言うと、恐らくこういう批判がくるだろうな」とか、気分悪い人は気分悪いだろうなと思って我慢しようとしていたら、西野くんがそれを言ってめちゃくちゃ批判を浴びている(笑)。

 西野くんが代わりに言ってくれて、「言わんでよかった」ってなることは、多分みんなあると思う。もちろんシステムとか、俺が全然知らないものを西野くんが紹介しているとかはあるけど、もう少し日常のこととかはよくあるから。

■“2つの肩書き”を持っているがゆえの苦悩

西野:でも、又吉さんは炎上しないですね。これだけ好き勝手に生きていて炎上しないってすごくない? 雰囲気がそうさせているのか……ぶっちゃけ、1年目から本を書くことをなりわいにしている人がいたとして、芸人畑から横から入ってきて本を書きました、それが評価されましたってなったら、本を書く人からすると、最初、絶対に鼻につくはずじゃない? そこをヌルッといっているのは、どうしてですかね。あの技術は何なんですか? サイドの技術なんですか?

又吉:サイドの技術(笑)。存在感を消しておくとかね。

西野:それはやっぱりあるんですか(笑)。

又吉:白線の外ぐらいに出て、「こいつ試合に出ているんだろうか」って思わせる。「います。ここにいます」みたいな。でも、どうなんだろうな。

西野:最初、そういう摩擦はあった?

又吉:俺より先にほかの活動してて、小説を書いたみたいな人が何人かいらっしゃるけど、その人たちにもよく言われる。「俺らのときはすごく言われたのに、又吉くんは何でほめられてるんだ」みたいな。俺も体感では言われているけどね。

西野:言われた実感はあるんですか?

又吉:体感としては「こんなこと言われるのか」と感じることはもちろんある。もしかしたら、ほかの人よりは言われてないのかもしれないけど。

西野:あまり言われているイメージがない。

又吉:でも、俺は言われているし、よそからきたって言われること自体もまあまあ「ぐっ」ってなるし。だって、生まれたときから小説家はいないわけで、みんなどこかのタイミングでなるわけだから。

 20歳ぐらいから小説家として活動しているという人の4、5年目の人がいたとして、俺は20歳ぐらいからエッセイとか書き始めて、わかりやすく長い小説を書いて発表したのが34歳。なかなかここまで下積みしている人もいないってぐらいは書いているわけ。コントと漫才を合わせたらもっと長い。それでも、よそものって言われる。でも、作家志望でデビューして3年の人は、作家として認められる。

西野:わかる! 言っていること、わかりますよ。

又吉:これ、総量でいったら……でも、覚悟なのかな。みんな覚悟を見てるのか。

西野:いや、肩書きを見ているんでしょう。

又吉:でも、一つの肩書きを背負うことにロマンや覚悟を感じる人もいるから。そういうことだと思うけど、「俺もやってるはやってるんだけどな」とは思う。

西野:わかりますよ。僕が『えんとつ町のプペル』という絵本を出版したのが、絵本作家としてスタートしてから8〜9年目ぐらい。それまでもずっと絵本自体は描いているんですよ。

 でも、1年目の絵本作家さんに「9年目の芸人から絵本作家になったやつは芸人のくせに」と思われるんですよね。芸歴も絵本作家歴も長いし、何ならワンチャン画力も、だけれど、言われるは言われる。

又吉:やっぱり「2個いくなよ」があるのかな。

西野:「2個いくなよ」もあるし、批判の仕方として一番みんなが使えるカードではあるね。みんな肩書きについて、めちゃくちゃ言うんだよ。

■『人間』という小説を書いたきっかけ

西野:古くはM-1が何年も前にアイドルの方がM-1に挑戦されたときに、お笑いの構成作家さんとか芸人さんとかが「お笑いをなめやがって」みたいなこと言っていて。いや、もういいじゃんと思って。それは最終的にお客さんが決めるんだから、いいじゃんと思って。アイドルが記念で出ようが、それはちゃんと勇気振り絞って出ているわけだから。

又吉:参加費を払っているわけだからね。

西野:払って出ているわけだからいいんじゃない、って。でも、それを言う人はいるなと思った。お笑い側も言っているなと思った。なめやがってみたいな。

又吉:確かに。2000年とか2001年とか、そこで自分が気づけていたかどうかはわからないけど、西野くんは世に出るのがすごく早かったから、余裕があったのもあるのかもしれない。でも、今聞くと、本当にそうだなと思う。

 岡本太郎さんとかも言われてたらしいよ。俺はびっくりしたんだけど、「あなたは何なんですか? アートなんですか?」みたいな。「でも、文筆もやっていますよね?」とか。俺も「芸人ですか? 作家ですか?」という質問を絶対にされるから「芸人です」と言ったほうがいいのかなと思って「芸人です」と言うけど、本当はどちらでもいい。

西野:わかる。どちらでもいい。

又吉:でも「芸人です」と言うのも、作家の人に失礼な気がする。「まあ両方だけどな」とは思っていて。それで『人間』という小説を書いた。割と職業とか性別とか年齢とかうんぬんの前に、そもそも人間だろうみたいな。

 これは自分の中で一つ答えを出せたと思ったんだけど、岡本太郎さんも全く同じことをだいぶ前に言っていて。(岡本さんが)「おまえは何者だと言われる」みたいな。「文筆家なのか? 芸術家なのか?」と。で「人間だ」と。「あ、もう言ってはったんや」と思った。

西野:恥ずかしいなあ(笑)。

又吉:言っていたやつを言ってしまっていた(笑)。恥ずかしかった。

西野:でも、岡本太郎さん、文章がすごく面白いじゃん。それはそうだよなと思うんですよ。あれだけのアートを作ろうと思ったら、ちゃんと理詰めができないといけない。当然、あの企画を通そうと思ったら、人に説明もしないといけないから口もうまくなる。絵が上達するのと同じように、文章もうまくなる。イチロー選手は足が速いみたいな話で、それはそうだよなと思う。

又吉:必要な能力ね。

西野:野球を伸ばそうと思ったら、盗塁もあるわけだから。守備をやろうと思ったら、それは中学校の陸上部よりかは足が速いでしょう、って話で。陸上部ではないけれど、それはいろいろなものが伸びるに決まっているもんね。

【作品情報】

映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜

https://poupelle.com/

生きとるわ

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163920603

ゴミ人間 日本中から笑われた夢がある

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