「プレー経験ほぼゼロ」からのW杯選出…松江市職員との二足の草鞋、三原純副審が語る次世代へのバトン

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 FIFAワールドカップ2026の審判員に選出された三原純副審が13日に都内でメディア対応を行い、意気込みを語った。

 6月11日に開幕するFIFAワールドカップ2026に、荒木友輔主審とともに、三原副審は国際サッカー連盟(FIFA)から副審として選出された。「本当に大変光栄な機会を頂戴して、嬉しく思っております。自分に現地で与えられた役割を一つ一つ精一杯果たしていって、大会の成功に少しでも協力できたらと思っております」とコメントした。

 三原氏はW杯期間中の6月16日に45歳の誕生日を迎え、今大会が最初で最後になる可能性もある。「今の日本人の審判員としてできることを最大限発揮するというのはもちろんですが、そこで得たものを持ち帰って、これからの日本の審判員全員が協力して日本サッカーのレベルを上げて、また4年後、8年後に多くの審判員を送り出したいという役割も果たしていきたいと心から思っています」と、後輩たちのためにも、しっかりと役目を果たしたいと意気込んだ。

 2011年に1級審判の資格を取得し、2013年からJリーグの審判を担当。2017年に国際副審として登録された。2022年のカタール大会では、佐藤隆治氏とともにプロジェクトに関わっていたものの選出されず。当時の思いを振り返り、「だいぶ悔しい思いをしました。4年後はその思いを引き継いで、必ず日本から審判員を送り込むということを強く思ってきました」と、今大会で選ばれるために注力してきたと言及。「荒木が非常に頑張ってくれて、AFC(アジアサッカー連盟)の大会でも重要な試合のアポイントをいただいていたので、それなりに信頼をいただけていると感じながら過ごしてきました」と、ともに選出された荒木主審との努力も実ったことを喜んだ。ただ「今回は参加チーム数が増え、各大陸からどのくらい呼ばれるか見えない中でのチャレンジだったので、最後まで不安はありました」と本音も吐露。それでも、しっかりと目標を果たすこととなった。

 その三原氏だが、サッカー経験はない。「プレーヤーとしての経験はほぼゼロで、小中学校は野球をしており、高校は部活動に入っておりませんでした」と、野球少年であり、高校時代は帰宅部だったという。ただ、「ちょうど高校生の時にフランス大会(1998年)が開催されました。夏休みで時間もあったので、フランス大会の試合を日本代表の試合だけでなく、テレビでたくさん見て、サッカーの凄さに感銘を受けたのが興味の始まりです」と、サッカーとは縁がなかった中で、世界中が盛り上がる光景に野球少年として疑問を持ったという。それでもサッカーは遊び程度でやっていただけ。「実際に遊びでボールを蹴ってみましたけど、18歳、19歳から始めても上手くなることもなく、蹴っては全然違う方向に飛んでストレスが溜まる一方で…」とプレーすることは上手くいかなかったが、友人がきっかけを作ってくれたとした。「なんかサッカーに関わりたいなという思いはずっと持っていて、友人から誘われていたサッカーサークルの練習試合などで『誰か審判やって』と言われ、『それならできそう』と思ってやってみたのがきっかけです。テレビを見る中でもなんでこれがイエローカードじゃないのかとか全くわからなかったので、本屋さんに行ってサッカーのルールブック、競技規則を1500円で買って読んで、実際に笛を吹いてみたら楽しかった。ルールを追求していくうちにこうなってしまったという状況です」と、ルールに興味を持ったところから審判員への道を歩むことになったとした。

 荒木主審とはJFAレフェリーカレッジの7期生で同期であり、1級審判の資格を取得したのも同期。ただ、プロフェッショナルレフェリーである荒木主審とは異なり、三原氏は出身地でもある島根県松江市の市役所でスポーツ振興課に勤めながらJリーグなどで審判員を務めている。