市民プールに「犬神家禁止!」のポスターが…ヒット作連発「角川映画」が日本映画界を震撼させた時代 配給収入「50億円突破」も赤字と囁かれた超大作とは
犬神家の衝撃
1976年公開の「犬神家の一族」(市川崑監督)でスタートを切った角川映画の名作を、第1作公開から50周年を記念し、4Kデジタル版に修復された作品も含めて一挙に上映する「角川映画祭」が、東京・角川シネマ有楽町で開催されている(9月17日まで)。その内訳は「角川映画」が34作。そして今年、生誕111年を迎えた市川監督の6作品となっている(角川映画の中に市川作品は2作)。
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「古くから業界内やファンの間で『角川映画』と呼ばれるのは、角川書店の元社長で映画界に革命を起こし、一時代を築いた角川春樹氏(84)が製作に携わったものが多い。角川氏が手がけたのは、安達祐実さん(44)主演の『REX 恐竜物語』(93年公開)まででした。今回上映される34作のうち、春樹さんが関わった『角川映画』は、25作になります」(映画業界関係者)
春樹氏は角川書店の創業者である角川源義氏の長男として生まれ、父が理事だった国学院大学を卒業後、1965年に同社に入社。当時、すでに過去の作家となっていた横溝正史氏の作品に注目し、71年以降、横溝氏の作品を筆頭に、国内ミステリ・SFの作品を角川文庫から多数、再刊した。

「春樹氏は角川文庫をエンタメ路線に転換し、当時としては斬新な文庫カバーをカラー印刷に変えました。さらには、書店を回る営業マンに指示し、それまではなかった店内の目立つ場所への平積みを依頼しました」(当時を知る出版業界関係者)
春樹氏が映画製作へ参入するきっかけとなったのが1973年3月に刊行された小松左京氏のSF小説『日本沈没』(光文社)。同年12月に東宝で映画化され、製作費5億円で配給収入16.4億円というヒット作になったことだった。
現在の映画の興行成績といえば、純粋な売上げである「興行収入(興収)」が発表され、ヒット作の基準は10億円以上とされている。しかし角川映画草創期は、興行収入から映画館(興行側)の取り分を差し引いた、映画配給会社の取り分である配給収入(配収)の成績がヒットの基準だった。
石坂浩二(84)を主人公の金田一耕助役に起用した、角川映画の第1作「犬神家の一族」は製作費2.2億円で、配収約15.6億円。同年の邦画配収2位となり、幸先のいいスタートを切った。
「この作品のポスターは、湖の水面から逆さまになった人の両足が突き出るという、まるでシンクロナイズドスイミング(現・アーティスティックスイミング)のような、なかなかインパクトのあるビジュアルでした。公開時期は10月でしたが、翌年夏ごろには全国のプールでポスターのマネをする子どもたちが多く、『犬神家禁止!』と張り紙をするプールもあったことをSNSで拡散している人が多い。いかに当時、『犬神家』がブームを巻き起こしていたのかわかります」(ベテラン芸能記者)
以後の配収は、「人間の証明」(77年)が22.5億円、「野生の証明」(78年)が21.8億円、「戦国自衛隊」(79年)が13.5億円、「蘇える金狼」(同)が10.4億円、「復活の日」(80年)が24億円、「魔界転生」(81年)が10.5億円、「蒲田行進曲」(82年)が17.6億円など、大当たり。日本映画界の一大勢力に成長していた。
制作費も規格外
「春樹さんの戦略は明確です。『読んでから見るか 見てから読むか』が流行語になったように、映画の目的は角川文庫を売ることにありました。映画の公開に先立ってインパクトのあるテレビCMを流し続け、千葉真一さん率いるJAC(ジャパン・アクション・クラブ=当時)の真田広之さん(65)や志穂美悦子さん(70)、親交があった松田優作さんらに加え、『野性の証明』の主演には当時の大スターだった高倉健さんも起用しました。また、『戦国自衛隊』ではレプリカ戦車を製作し、『復活の日』では長期海外ロケを敢行するなど、製作費は規格外でした」(同前)
81年以降、「角川3人娘」と呼ばれる薬師丸ひろ子(61)、原田知世(58)、渡辺典子(60)を発掘・育成し、アイドル路線へとかじを切る。
「3人の初主演作の配収は、薬師丸さんの『セーラー服と機関銃』(81年)が23億円、原田さんの『時をかける少女』(83年)が28億円、渡辺さんの『晴れ、ときどき殺人』(84年)が3.9億円でした」(同前)
このころ、春樹氏は監督業にも進出。草刈正雄(73)主演の「汚れた英雄」(82年)で初監督を務め、「配給収入を最低12億円上げられなければ自刃する」との決意で撮影に臨んだという逸話も残る。結果は配収16億円だった。
『最後の角川春樹』(伊藤彰彦著、毎日新聞出版)によると、日本の映画史上、初めて公開と同時にビデオを1万5000円で発売し、3万本を売り上げたという。当時はレンタルビデオ店が流行り始めていた時期で、春樹氏には先見の明があったのだ
1976年に映画製作を担う新会社「角川春樹事務所」を設立したものの、オフィス機能を置かず、社員も雇わず。映画製作ではその都度、異なる映画会社とタッグを組んだ角川映画は、出版のみならずテレビやラジオCMを大々的に展開したが、その象徴がキャッチコピーと主題歌だった。まずキャッチコピーだが、主な作品は以下の通り。
「犬神家の一族」→愛と憎しみ、そして怪奇 犬神家に起こった遺言状殺人事件!
「戦国自衛隊」→歴史は俺たちに何をさせようとしているのか?
「野性の証明」→男はタフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない
「汚れた英雄」→0.1(コンマ1)秒のエクスタシー
「セーラー服と機関銃」→カイカン…
「時をかける少女」→待ってられない 未来がある。
「映画の主題歌では、角川3人娘に加え、『汚れた英雄』では米歌手、ローズマリー・バトラーの同名曲を起用し、配収23.2億円を記録した『里見八犬伝』では、米歌手で俳優のジョン・オバニオンの同名曲を起用しました。そして、『人間の証明』ではジョー山中さんが主題歌『人間の証明のテーマ』を歌い、それぞれヒットさせています」(レコード会社関係者)
初のアニメ映画となった「幻魔大戦」(83年)は配収10.6億円。さらに宮沢りえ(53)が「ぼくらの七日間戦争」(88年)でデビューするなど、新たなスターも生んだが、やがて角川3人娘は「角川春樹事務所」から独立。さらにフジテレビが映画事業に本格参入し、メディアミックス戦略で圧倒するだけでなく、「南極物語」(83年)で59億円、「子猫物語」(86年)は54億円の配収を記録するなど、後発組の追い上げが激しくなった。
しかし、春樹氏は大勝負に出る。「この夏、赤と黒のエクスタシー」をキャッチコピーに掲げ、海音寺潮五郎原作の「天と地と」(90年)を公開。カナダで大規模ロケを敢行した。当初、渡辺謙(66)を起用する予定だったが、急性骨髄性白血病で降板し、榎木孝明(70)が代役に。配収50.5億円のヒットとなったが、総製作費は55億円とも言われ、赤字となってしまった。
話題作は変わらず
その後も「角川春樹事務所」を再興し、2005年公開の「男たちの大和/YAMATO」は興収50.9億円を記録する大ヒット作を生んだ春樹氏だが、「蒼き狼〜地果て海尽きるまで〜」(07年)、「椿三十郎」(同)とも伸び悩み、自身最後の監督作品とした「みをつくし料理帖」(20年)を最後に、春樹氏の手がける映画は製作されていない。
春樹氏が去り、弟の歴彦氏の体制になってからは、配収23億円の大ヒットを記録し社会現象を巻き起こした渡辺淳一氏原作の「失楽園」(97年)、興収28億円を記録した山崎豊子さん原作の「沈まぬ太陽」(09年)など、自社作品にこだわらず、他の出版社の作品でも映画化。さらに「魔界転生」(03年)、「戦国自衛隊1549」(05年)、「犬神家の一族」(06年)など、春樹氏時代のリメイク版も公開している。
「KADOKAWAに社名を変更し、『東京国際映画祭』に協賛するなど、歴彦氏は日本の映画界に貢献し、東宝や松竹らと並ぶ大手に名を連ねています。02年には大映を吸収合併して堅調に映画ビジネスを展開しています。春樹氏とは正反対の路線ですが、角川映画が日本映画に果たした功績は大きいのではないでしょうか」(映画担当記者)
デイリー新潮編集部
