レッサーパンダの帽子をかぶった男が、女子短大生(19)をメッタ刺しに…頭にぬいぐるみ、左手にフランスパン、1週間前から目撃されていた異様すぎる行動 なぜ事件は防げなかったのか 【レッサーパンダ帽殺人事件から25年】
今からちょうど25年前にあたる2001年4月30日、東京・浅草で19歳の女子短大生がレッサーパンダのぬいぐるみ帽子をかぶった男に刺殺された。10日後の5月10日に逮捕されたのは、Y(29=当時)。いわゆる「レッサーパンダ帽殺人事件」である。この事件は、当初はその理不尽かつ残虐な犯行と犯人の異様な行動、逮捕以降は、前科4犯、犯罪と放浪を繰り返した特異な人生と、犯罪を防止できなかった周囲の無力さによって、社会に大きな衝撃を与えた。「週刊新潮」では、事件当時、目撃者やYの親族などに取材し、その犯行と背景について詳らかにしている。事件から四半世紀を機にそれを再録し、今なお我々の記憶から離れない凶悪事件の真相を明らかにしてみよう。
(「週刊新潮」2001年5月17日号記事を一部編集の上、再録しました。文中の年齢、肩書などは当時のものです)
【前後編の前編】
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【写真を見る】異様すぎるレッサーパンダ帽の実物。逮捕された凶悪犯・Yの素顔も
女性の胸が真っ赤に
「キャーッ」

4月30日午前10時35分頃、肌寒い小雨が降りつづく浅草の江戸通り沿いに、つんざくような女性の悲鳴が轟いた。
「助けてっ」
「ギャーッ」
声は何回も続く。現場は江戸通りから数メートル入った幅2メートルほどの路地。その路地に面したビルの2階に住む夫妻が声に驚いて窓から顔を出した。目に飛び込んできたのは、女性に馬乗りになって首を絞める若い男の姿だった。男の背中越しに見える女性の胸はすでに真っ赤に染まっていた。
普通の目ではない
「こらっ、何やってんだ。警察呼ぶぞっ」
階下に向かって怒鳴ったご主人(56)の方向を男は一瞬、振り向いた。
頭には耳がついた茶色の毛皮のような帽子があった。
ご主人が叫んだ時、奥さん(48)はすでに110番し、そのまま階段を駆け降りていた。
路地から隅田川沿いの隅田公園側に出ていた犯人とビルから飛び出した彼女は一瞬、目が合う。犯人の右手には、肘の近くまでべっとりと血がついていた。
「待ってください」
奥さんが呼びかけると、犯人は向こうにクルッと向き直り、走り出した。
「目が合っても、こっちの目を通り透かして私のうしろを見ているような感じの目なんです。たぶん左手には透明のビニール傘を握っていたように思います……」(奥さん)
目を覆うばかりの惨状
男はそのまま隅田川沿いを逃げ、途中で包丁を堤防沿いの植え込みに捨て、かぶっていたぬいぐるみ帽子を川と逆方向に投げ捨て、さらにかけていたメガネも捨てている。
一方、犯人が逃走したあとの現場の惨状は目を覆うばかりだった。
「可哀相でとても見ていられませんでした」
とは、駆けつけた近所の住民の一人だ。
「1秒おきぐらいにピクッ、ピクッと身体が痙攣するんです。救急車が到着して運ばれる寸前、女性はピクンッと大きく電気ショックを受けたように痙攣したあと、ぴたっと動かなくなりました。最初は目も口も半分開いて微かに息をしていたのに……」
現場からすぐの交差点には交番もあった。走れば、わずか10秒足らずの距離である。
「あんな近くにいながらどうして犯人を捕まえられないのか。みすみす逃げられるようじゃ交番なんていらねえよ」
近所の住人の口からは怒りの声がついて出る。犯人は警察の緊急配備をあざ笑うように、いずこともなく消え去ったのである。
恋人の応援に
亡くなった女性は板橋区在住で女子短大被服科に通う2年生だった。両親と兄の4人家族。当日は、昨年(2000年)から付き合っていた恋人が現場から数百メートル離れたスポーツセンターでブラジリアン柔術の大会に出場するのを応援にいく途中だった。
「(被害女性は)その彼と滝野川のファミリーレストランのバイトをやっていて知り合ったんです。彼は、葬儀でも(被害女性の)棺をかつぐはずだったんですが、それもできないほど憔悴していた。お通夜の晩も遺体の前にずっと座っていたそうです。明るくて、誰からも好かれる人だったのに……」(友人)
高校時代の友だちもいう。
「高校の時から成績がよかった。クラスの中を成績順に3つのグループに分けて授業をするんですが、彼女はいつも一番上のグループにいました。1年の時には、バトン部に所属。みんなをグイグイ引っ張るのではなく、ついていく感じ。いつも明るくて、(被害女性を)悪くいう子はいないんじゃないかな」
カラオケでは鈴木あみや倉木麻衣を歌い、服飾デザイナーを夢見る陽気な被害女性の未来は、こうして無惨に断ち切られたのだ。
誰もがギョッとする姿
が、その惨劇の主人公はすでに1週間ほど前から、現場近くの住民の恐怖の対象となっていた。レッサーパンダのぬいぐるみ帽子をかぶる長身の男――誰もがギョッとするこの姿が現場近くで目撃され始めるのは、つい4月下旬のことだった。
「ウチは現場近くの二天門通りに面しているんですが、1週間ほど前からその男を見かけました。とにかく変な人。家族で“何かなければいいけど”と話していた矢先でした」
と、住民の一人がいう。
「なにしろこれだけ暖かくなっているのに、あの帽子。あれ、写真では平面的だけど、実際に見ると本物の動物が頭に乗っかっている感じなんです。うちの娘も気味悪がってね。ある時、娘がごく間近で男を見て、その面差しにゾッとしたそうです」
別の住民によれば、
「現場から60メートルほど離れたところにある店屋のご主人が、事件前日に店の前であの男と肩がぶつかっている。相手を睨みつけようとしたら、意思を持たない目というか、普通じゃない表情だった、と」
異常な面貌をした痩せた若い男。身長こそ170センチから180センチまで開きがあるものの、異様な風体と共に、その目が強烈な印象を残している。
フランスパンを齧り……
そして事件発生の数分前、現場から200メートルほどの地点で目撃された犯人の姿はこんなものだった。たまたま車でそこを通りかかった都内の会社員がいう。
「花川戸1丁目の交差点で、現場方向に向かって信号待ちしていたその男を目撃したんです。あんまり異様なので、信号待ちの間、私は男の方をずっと見ていました。メガネをかけ、赤茶色の動物の帽子をかぶり、右手に茶色の傘を持って、左手には透明なビニール袋に入った30センチのフランスパンを持って、そのまま齧っていました。食べながらあちこちに視線を送り、心ここにあらず、といった感じ。事件の数分前ですから、ひょっとしたら、亡くなった女性が男の視線の先を歩いていたのかもしれません」
しかしこの会社員は、公開された似顔絵とは少し違うイメージを持っている。
「男の目は似顔絵のように厳しい感じではありませんでした。あれほど細くなく、もう少し大きかった。眉毛も似顔絵のような細くつり上がったものではなく、何の手入れもせず、そのままの太い眉。それに色白でしたよ」(同)
この1時間ほど前には、現場から500メートルほど離れた吾妻橋で、傘をさして包丁を持った同一人物らしき男に女性が声をかけられている。異様な事態は、まさに刻々と起こっていたのである。
***
犯人が事件前後に見せていたこうした異様な行動から、当局は容疑者を絞り込んでいった。そして冒頭に記した通り、10日後の5月10日、Yを逮捕している。では、凶悪犯罪に手を染めたそのYとは一体、どんな人物だったのか。実弟が語った、Yの秘められた来し方とは――。【後編】で詳述する。
デイリー新潮編集部
