コミュニケーション不足が招く悲劇も少なくないという(Bongkarn Thanyakij / PIXTA)

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「報・連・相」は社会人が職場で円滑に業務に取り組むうえで必須のルールだ。新人も入社の早い段階から先輩や研修を通じ、叩き込まれる。これさえ徹底していれば、トラブルが発生しても、最悪の事態は防げるからだ。

2024年から続々と発覚したM&A仲介に絡んだトラブルでは、オーナー(売り手)―買い手とのトライアングルにおける「報・連・相」が著しく不足し、問題をより大きくした事例が目立つ。売り手の事業の命運を握るM&A仲介がなぜ、ビジネスの基本のキを怠ってしまうのか…。

背景には、仲介の立場の“悪用”や、M&Aのプロセスで守られるべき“約束”に対する責任逃れの姿勢が透けて見えてくる…。

※この記事は藤田知也氏の書籍『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)より一部抜粋・構成しています。

多くの仲介業者の間で常態化する手続きの当事者任せ

中小企業のM&Aでは、株式の譲渡と同時に、譲渡代金の支払いを済ませるのが鉄則だ。

ところが、経営者保証の解除や引き継ぎは契約書のなかに条文を盛り込むだけで、実際の手続きは当事者に任せるやり方が、多くの仲介業者の間で常態化しているようだ。

私が見てきた契約書では、経営者保証の解除は、譲渡後の「義務」として位置づけられることもある。ただ、具体的な期限や手法が書かれていない例もめだち、前出のように「努力義務」としていたケースも少なくない。これは大手のM&A仲介業者の契約でも同様だ。

こうした契約を交わす売り手には、仲介業者からこんな説明がされている。「経営者保証の解除や移行を判断するのは金融機関なので、必ず外すという約束までさせられないのは仕方ない」

だが、経営者保証の解除が確かに実行されたかを見届けないM&A支援が、常識に照らして真っ当だと言えるだろうか。

「買い手の都合と成約を優先し、売り手の利益を軽視」と弁護士は指摘

東京都内で経営者保証が外れないトラブルの相談を複数受けてきた弁護士の一人は、約束された退職金が払われない例にも触れながら、こう批判する。

「成約後の義務や誓約はトラブルのもとになる。顧客が重視する契約事項なら同時履行が鉄則なのに、保証解除や退職金の支払いは事後の買い手の善意にゆだね、仲介業者は何の責任も持たないやり方が横行している。業界全体が買い手の都合と成約を優先し、売り手の利益を軽視しているのではないか」

経営者保証は、黒字や資産超過といった一定の条件を満たせば、M&Aとは関係なく解除できる可能性がある。金融機関を所管する金融庁も、「経営者保証に頼らない融資」を推し進めている。

ただ、赤字や債務超過の会社では簡単には外れないし、そもそも自力では保証を外せない融資を抱えているからこそ、安価で売り出される前提もある。

借り入れのある会社をM&Aで売り買いする場合、真っ当な仲介業者なら、対象会社の借り入れをM&A後にどうするかを確認しておくのが当然だ。銀行などの融資を完済するのか、買い手の取引行に融資をつけ替えるのか、それとも対象企業の融資をそのまま維持するのか。

M&A後にどうするかを事前に確認するのは当然だが…

あるM&A仲介大手の幹部は2024年5月下旬、私の取材にこう解説していた。

「上場する大企業のように、買い手の信用力が高ければ、細かい確認はせずに任せることもある。ただ、買い手と売り手の資金力に大差がない場合や、買い手の信用性に不安がある場合は、売り手の負債を譲渡後にどうするかをきちんと詰めて確実に履行させる必要がある」

対象会社の融資を引き継ぐつもりなら、従来の経営者が連帯保証人となっている経営者保証についても、M&A後にどうするかを事前に確認しておくのも当然ではないか。経営者保証の解除を認めるかどうかは金融機関が決めることだというのは確かだが、そうだとすればなおさら、金融機関にはM&Aについて事前に相談をしておくべきだ。そう考える専門家も少なくない。

金融機関に事前に相談すべき理由は、ほかにもある。

銀行や信用金庫などの金融機関から会社としてお金を借りるときは、貸し手と借り手の約束事が金銭消費貸借契約証書や取引約定に記されている。文言に多少の違いはあっても、こんな一文が「義務」として盛り込まれるのが一般的だ。

〈借入人は、その財産、経営、業況等について重大な変化が生じたとき、または生じるおそれがあるときは、遅滞なく銀行に対して報告するものとする〉

M&Aによって支配株主が変わることは紛れもない「重大な変化」にあたる。それが「生じたとき、または生じるおそれがあるとき」には、銀行などへ「遅滞なく」報告するのが融資を受ける法人の義務として定められている。

そして、借入人が取引約定に違反することは、「期限の利益の喪失」の要件に当てはまる。経営などの重大な変化を遅滞なく知らせなければ、銀行などから債務の一括弁済を求められるリスクを引き起こす。

金融庁幹部もにごす報告義務の解釈

やや判然としないのは、重大な変化が「生じるおそれがある」時点で義務が生じるかどうか。「または」という接続詞で並列されているため、「生じたとき」に報告するだけで義務は果たせる、とする解説もある。金融庁幹部にも確認を求めたが、「どっちにも取れる」として明確な答えは得られなかった。

ただ、M&A後も融資を継続し、しかも経営者保証の移行をしようという立場なら迷う必要はない。

重大な変化が「生じるおそれがあるとき」、つまり株式譲渡の基本合意を結ぶなどしたのちに、かつ本契約を結ぶ前に、金融機関には経営者保証を引き継ぐ意向も含めて知らせておくべきだ。取引約定の趣旨は、そうした考えを補強する材料だと言える。

そして、かりにM&Aの契約前には知らせないとしても、遅くとも株式が譲渡された時点では「遅滞なく報告する」ことが、融資を受ける法人の義務として課されている。義務を怠れば、融資の一括返済を迫られても文句は言えない。そのことにM&Aの仲介業界は、これまでどれだけ気を配ってきたのか。

■藤田知也(ふじた・ともや)
早稲田大学卒業。同大学院修了後、2000年朝日新聞社入社。盛岡支局を経て2002~12年に「週刊朝日」記者。経済部、特別報道部を経て、19年9月から経済部。著書は『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)、『郵便局の裏組織』(光文社)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)ほか。