日本列島で唯一クマが絶滅した“九州”に続き、クマがいなくなる地域とは? 「そもそも満足に生息できるだけの場所が限られ…」〉から続く

 クマの社会は過酷だ。特定のオスが繁殖を独占するために闘争に明け暮れ、敗れたオスは淘汰されていく。山の中で彼らは一体どのような1年を過ごし、生存競争を勝ち抜いているのか。

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 東京農工大学大学院農学研究院教授の小池伸介による『クマは都心に現れるのか?』(扶桑社新書)より一部を抜粋し、知られざるクマの社会構造を紹介する。


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「あそこへ行けば美味しい食べ物がある」と記憶

 クマは非常に賢い動物である。この賢さの意味は、記憶力と学習能力が高いということだ。もちろん、これらは人間の知能とは異なる能力だ。母親から教えられたり、後天的に会得した経験から食べ物を探索し、危険を察知したり避けたりする能力と言っていい。

 クマは生まれた後、基本的に最初の1年半は母親に育てられる。その間、母親から生き抜くために必要な様々なことを学ぶ。例えば、これが食べられる、これは食べられないなど、食べ物のことや危険な行動、場所などを学んでいく。同時に、自分なりの経験からも学習しながら育っていく。おそらく最初の1年半の母親との経験、また自分なりの記憶、経験をもとに、残りの期間を生きていくわけだから、知能というよりは記憶能力が非常に高いのだと思われる。そのため、母親の育て方や子育ての習熟度、親離れした後の自分の経験などが、一頭一頭のクマの行動に大きな影響を及ぼす。例えば、食べ物でいえば、同じ森の中に生息するクマでも一頭一頭で食べるものが微妙に異なる。それくらい、母親からの学びや自分の経験などによってバラエティ、人間的な言い方をすれば個性が生じるのが、クマという生き物である。

 親離れしたクマは、一頭で10年以上の期間を森の中で生きていくわけである。そうした中で、例えば食べ物が少ない年があることを考えると、かつてどこかで何を食べたとか、あそこに行ったときに危険な思いをしたというような記憶能力はとても重要になってくる。

 そうした記憶を頼りに生きているのだから、逆に一度でも美味しい思いをした記憶があれば、食べ物が少なくなった年には、またあそこへ行けば楽に食べ物を得られる、というようなことになるだろう。つまり、そうした美味しい記憶を経験させてしまうことは、その後のクマの行動を変える可能性がある。

 ここまで、クマの学習能力の高さを見てきた。では、全てのクマが同じように賢いのだろうか。実は、個体ごとに大きな違いがある。

賢くないクマは死んでしまう

 母親からうまく育てられなかったり、早いうちに母親から離れてしまったり、あるいはうまく経験を積めなかったりしたクマ、つまり賢くないクマはきっと若いうちに死んでしまうのだろう。クマに限らず野生動物というのは、厳しい環境の中で生存競争を勝ち抜くような「したたかな」個体しか生き残れない。私たちが追跡中のクマの中には29歳というクマもいたが、平均寿命はもっと短いはずで、おそらくその長寿のクマの半分程度ではないだろうか。

 賢いクマといっても、明らかにこの個体と指摘するのは難しい。だが、賢い個体は確かにいる。例えば、私たちは25年ぐらいずっと同じ場所にわなを仕掛け、クマを捕獲してGPSを装着する調査を続けているが、毎年のように同じ個体が捕まることがある。毎年毎年、わなにかかってしまう個体もいれば、10年に1度くらいしかかからない個体もいる。

 観察するために仕掛けた自動撮影カメラには撮影されるけれど、わなには決して入らない個体もいる。個体ごとに慎重さ、あるいは警戒心の違いが大いにある。そして、そうした慎重さや警戒心は、例えば山に食べ物がないときに、フラッと人里に出るか出ないかというところに表れてくるだろう。

 また、母親の子育て巧拙は、子グマが親離れした後の生存競争に大きく影響するようだ。私たちはいろいろなメスを長く観察しているのだが、子育てがうまいメスは2、3年に1度、コンスタントに子を生んでちゃんと育てあげる。その一方で、2、3年に1度は子どもを産むけれど、毎回のように何らかの理由で子どもを失ってしまうような母親もいるのである。やはり、次の世代をうまく残すことができるのは、クマに限らず、どんな生き物にとっても重要な資質だ。

 また、個体がどう生き抜いていくかということも、次世代を残せるかどうかに関係する。多くのオスは5、6歳ぐらいで身体の成長が落ち着いてくるのだが、10歳でも体重が40kgぐらいしかない個体もいるし、100kgぐらいになる個体もいる。オスの体重がどう繁殖に影響するかは、まだはっきりとはわからない。だが、身体が大きいほうが子供を多く残す傾向があるので、やはりその個体がどう生きてきたか、身体をどう大きくしたのかという能力は、生存競争を含め、繁殖をめぐる競争において子孫を多く残すことに影響しているのではないかと思われる。

 ここまでクマの能力や性格、個体差について見てきた。では、こうしたクマたちは、実際に山の中でどのような生活を送っているのだろうか。季節ごとの暮らしを見てみよう。

オスとメスの社会構造

 オスとメスの個体数の割合は、オスが若干多いかもしれないが、どの地域でもだいたい半々だ。これは男性のほうが育ちにくいとされる人間でも同じだが、おそらくクマも出産時にはオスのほうが多く生まれるものの、その後の生存競争で淘汰され、成熟した個体ではオスとメスがほぼ同数に落ち着くのではないかと思っている。

 また、私たちは20年以上かけて捕獲した100頭以上のクマの家系図を描いてきたが、ある一時期に特定のオスの子ばかりが増えるような現象が起きる。その後、そのオスが年老いていくと、そのオスの子も生まれなくなる。また別のオスが出現し、同じような現象が起きる。おそらく、オスには生殖をめぐるヒエラルキーがあり、特定のオスがメスとの生殖行動をほぼ独占しているのではないかと考えられる。子を多く残しているようなオスのクマを捕獲してみると、身体中が傷だらけだったりする。日々、オス同士でメスをめぐる闘争を続け、自分の子孫を残しているというわけだ。そうしたオスも他のオスとの闘争に敗れ、いずれはいなくなってしまう。厳しい世界なのである。

 繁殖について述べると、オスもメスもだいたい3歳で生理的には性成熟し、生殖が可能になる。メスの場合、3、4歳で身体の成長が止まる個体が多いが、オスは前述した通り性成熟後の5、6歳まで、あるいはその後も身体の成長が続く個体もいる。オスの場合、父親になれる年齢はだいたい5歳以降になってからが多いことからも、生理的に成熟しても、オス社会での競争が非常に激しいので、まだ3歳くらいの小さいオスのクマは繁殖行動には参加できないのだろう。オスは性的に成熟した後も、ずっと身体を大きくし続け、やっと他のオスに対抗できる大きさになってから、繁殖競争に参加できるようになる。親離れ後の移動距離が長いオスの一生はあまりよくわかっていないが、性成熟後も、身体が大きくなるまではおそらくあちこちを転々として過ごしていると思われる。その間もなんとか繁殖行動に参加できないか、必死に探しながら生き延びていくのだろう。

 一方、メスは比較的、親離れ後も遠くには移動せず、生涯にわたって生息域は固定している傾向が強い。成長しても大きくは移動しないので、母系集団というわけではないが、地域的にはやはりある特定の母系の個体が集まっている。そうした個体群では、メス同士は母娘であったり姉妹であったりするわけで、例えば山の食べ物が少なくなっても、ある程度はお互いに争わず、寛容に行動しているのではないかと思われる。

クマの1年の過ごし方

 クマは山の中でどのように暮らしているのだろうか。クマの生活史から言うと、3月から4月頃に冬眠から目覚める。ただし、冬眠から目覚めても、すぐに100%元気というわけではない。穴から出ても最初のうちは、1日2時間か3時間だけ動くという感じで、徐々に活動を活発にしていく。これはウォーキング・ハイバーネーション(歩く冬眠)と言われるクマの特徴的な生態で、歩きながら寝ているような状態が冬眠明けから2週間ぐらい続く。その後、1日当たりの活動時間を徐々に増やしながら活発になっていく。

 その後、5月中旬頃から繁殖期に入り、だいたい7月終わり頃まで繁殖期が続く。その間、オスはひたすらメスを探す。ただし2カ月半ずっと発情しているわけではなく、波があるようで、日々オスは一生懸命メスを探すが、出会ったメスの発情が落ち着けばオスの活動量も落ちるようだ。おそらく、2カ月間も発情し続けたら消耗しつくしてしまうと考えられるため、こうした波があるのだろう。

 メスのほうはどうだろうか。特に、冬眠中に子を産んだメスは穴から出てくるのが最も遅い。十分に動けない子を連れて穴から出るのは危険なためであり、周囲が芽吹いた後の5月頃になってからである。こうしたメスは、3月や4月には目は覚めているが、穴の中で子と過ごし、なかなか穴から出てこない。その後、子を産んだメスは授乳をして子育てをする。一方、子がいないメスや前の年に生まれた1歳の子を連れているメスは、冬眠を終えた後は普通に行動を始める。1歳の子が親と別れるのも春から夏の間と言われる。その後、子がいないメスはオスとめぐり合い、メスが受け入れれば交尾に至り、ダメならメスは逃げていくということを繰り返す。これが6、7月頃のメスである。

 8月頃になると、オスもメスも繁殖行動が収まってきて、1日当たりの活動時間が一度、急激に落ちる。6、7月頃は1日15時間ほど起きているが、8月頃には1日の活動時間が10時間ほどに落ち、休んでいる時間が多くなるのだ。これを冬眠に対して夏眠という言い方をすることもあるが、寝ているかどうかという表現は別として、あまり動かなくなる時間帯が増える。おそらく、夏の山には食べ物が少なく、無駄なエネルギーを使わないようにしているのだろう。

 こうして活動が急激に落ちた後、お盆明け頃から再び活動時間が増えていく。そのあたりが、クマにとって冬眠前に栄養を蓄える秋モードに入るタイミングとなる。そして、秋の終わりには冬眠を始める。

〈凶暴なオスの「子殺し」から逃げるため、母グマが人里へ…? 専門家が想像する“人間を恐れないクマ爆増”の恐ろしすぎるシナリオ〉へ続く

(小池 伸介/Webオリジナル(外部転載))