慶応卒の才女→全身タイツの“ヌーブラ女芸人”に…モエヤン池辺愛(45)が語る「ブレイク当時の父の反応」と「メーカーNG騒動の顛末」〉から続く

 全身赤と青のタイツに身を包み、両手を広げて「ヌーブラヤッホー!」と絶叫する--。2000年代のテレビ界に鮮烈なインパクトを残したお笑いコンビ・モエヤン。そのひとり、赤いタイツでお馴染みの池辺愛さん(45)は、現在2人の子供を育てる母親です。

【画像】「タイツが破けてしまっていた」ライブ配信でハプニング勃発…当時のモエヤンを見る

 2013年に惜しまれつつも解散したモエヤンは、2024年1月に活動を再開。その間、池辺さんはラジオパーソナリティーなどの活動を続け、2015年には19歳上の男性との結婚を公表しました。「ヤッホー!」でブレイクした池辺さんの“現在地”とは。(全2回の2回目/最初から読む)


お笑いコンビ「モエヤン」の池辺愛さん ©︎山元茂樹/文藝春秋

◆◆◆

19歳上の男性と結婚→父は「一回持ち帰らせてほしい」と…

――池辺さんは2015年、仕事関係で知り合った19歳年上の男性と結婚されました。当時、池辺さんが34歳、旦那さんは53歳。年齢差についてはどう考えていましたか?

池辺 当時は「好きだったらええやん」くらいに思っていましたが、結婚して10年経った今の方が、年齢差を感じますね。

 相変わらず仲はいいですけど、夫が「60を過ぎてから疲れが取れにくくなった」とか、「これは五十肩じゃなくて六十肩だ」なんて話をしているのを聞くと、「そうか、私が頑張らないとあかんな」と思うことはあります。

 我が家には9歳の娘と5歳の息子がいますが、保育園のママ友に夫の年齢を話すと、「私の父親と同じ歳だ!」と驚かれます。64歳で息子を肩車していると言うと、さらにびっくりされることもありますよ。

――結婚する際、ご両親の反応はいかがでしたか?

池辺 私と夫と両親の4人で会って、母はすぐに受け入れてくれました。でも、父は反対こそしなかったものの「ちょっと気持ちが追いつかない」と。その日は「消化するために、一回持ち帰らせてほしい」と言われました。

 事前に夫が年上だとは伝えていましたが、両親と夫の年齢差が6、7歳しか変わらなかったので、実際に夫を目の前にして驚いたんだと思います。その後は徐々に受け入れてくれて。今では世代が近いこともあって、両親と夫はすごく仲良しです。

生放送の直後に手術…30代で2度の流産

――2017年に第一子、2020年に第二子を出産されて2児の母になりました。ですが、第一子出産の後に、2度の流産を経験されたそうですね。

池辺 1回目の流産は妊娠9週あたりで、3回目の健診に行ったときでした。先生に「残念ですが、赤ちゃんが動いていません」と言われて、その場で「え……?」と。

 その前の健診では心拍が確認できていたので、あまりに突然のことに呆然としてしまって。どうやって帰ったかも覚えていませんが、今までの人生の中で最も悲しかったことのひとつです。稽留(けいりゅう)流産といって、赤ちゃんがお腹の中に亡くなったまま留まっている状態でした。

 お医者さんから説明を受けて、そのまま子宮内の組織が自然に排出するのを待つか、手術して除去するか聞かれて。いつ自然に排出するかわからず、今後も妊娠を望むなら手術をして早めに体を整えることを勧めると言われ、手術を選択しました。

――流産を告げられたのが午前中。その日の午後にはラジオCMの収録があったそうですね。

池辺 その数日後には、ラジオの新番組が早朝5時から8時まであり、放送終了後にそのまま病院に行って手術をしました。基本的に楽観的なタイプなんですが、そのときは流石に耐えられず、1カ月くらい落ち込んでいましたね。

――その後、同じ年の秋に二度目の流産をご経験されました。

池辺 長女を妊娠したときにつわりがひどかったのですが、1回目の流産のとき、途中から「あれ? 気持ち悪くない」と感じていて。2回目に流産したときも、途中で気持ち悪さが消えてしまったので、嫌な予感がしていました。

 結果は想像した通りになってしまって……。一度ならず二度も流産を経験したことは、本当に悲しかったです。当時2歳だった娘に心配されるほど、精神的なダメージが大きかったですね。

 長女を産んだのが36歳、息子を産んだのが39歳。一般的には高齢出産と呼ばれる年齢でした。35歳くらいまでに出産した方がいいという知識は漠然とありましたが、正直、あまり自分ごとに捉えていなかったんだと思います。

「ヌーブラヤッホー!」で一番忙しかったのが28〜29歳の頃。「いずれ結婚して子供は欲しいけど、今はそれどころじゃない」と後回しにしていました。

 もし、もっと早い時期に結婚や出産に関する知識を持っていたら、別の人生があったかもしれません。芸人より先に結婚を優先したかもしれないし、違う選択肢を考えたかもしれない。すべて、たらればになってしまうんですけど。

子育てをしながら選挙に出馬

――二度の流産を乗り越えて、2020年に第二子を出産されました。

池辺 それはもう本当に嬉しかったです。「よくぞ来てくれた!」って。ずっと早産の傾向があると言われていて、出産前に2週間くらい入院していたんです。とにかく無事に生まれてきてくれて感謝しています。

――その後は子育てをしながら、都議会選挙に出馬。2021年には東京学芸大学特命助教に就任するなど、活動の幅を広げています。

池辺 自分の結婚や出産、キャリアを振り返ったときに、女性の働き方や子育てについて、何かできることはないかと考えたんです。女性がより働きやすい社会になればいいなと思い、いろいろと勉強を始めました。

 1人目を出産したとき、ラジオのパーソナリティーをしていたんですが、産後2カ月でレギュラー番組に復帰していました。今はだいぶ世の中が変わってきましたが、当時はライフイベントで担当を降りることも珍しくない時代でしたから。何事もなく職場に戻してくださったことには本当に感謝しています。

 その後、2人目を出産した時は番組側の事情もあり、そのまま卒業することになりました。仕事とライフイベントの両立に悩まされてきたからこそ、今は自分の歩んできた道を活かして、同じように悩む誰かに寄り添い、伴走することができたらいいなと思っています。

久しぶりに全身タイツを着てみたら…

――2024年からはモエヤンの活動も再開されました。

池辺 去年、久しぶりに2人でYouTubeのライブ配信をしたのですが、そこで久々に全身タイツを着ることになったんです。家でタイツを洗濯して干しておいたら、娘が「うわっ! なにこれ」と。

 相方は久々のタイツに「めっちゃ窮屈やわぁ」とこぼして。私は私で、タイツの頭の後ろの部分が破れているのに気づいて「嘘やん! ちょっと恥ずかしいわ」なんて焦ったりして(笑)。

 でも、今でも求められたら、何にでも応えたいと思っているんです。モエヤンを始めたときからずっとそうですが、「一人でも多くの人に笑顔を届けたい」という思いだけは、一貫して変わっていません。

 この先もチャレンジは続くと思いますが、自分の軸を大切にしながら、一日一日を過ごしていけたらと思っています。

(松永 怜)