現在老人ホームに入居中の佐藤愛子さん、102歳。施設に入る直前に伺ったインタビューと、娘の響子さん、孫の桃子さんからみた「作家・佐藤愛子」のありのままの姿を収録した『ぼけていく私』から、愛子さんのインタビューを抜粋してお送りします。

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孤独と折り合うことはできない

 うちの者は私に、デイサービスやショートステイとかいうものに行ってほしいんです。家にいられるとうるさいから。でも、それはもう、全然だめですね。

 わがままが通らないから嫌なのでなく、私なんかがそういうところへ行ったら向こうが迷惑なんです。諦めて(わがままを)我慢してくれるから、気の毒だし迷惑だろうと思うわけです。そういうことを理解する力は持っている。だから家で頑張っているから、うちの者が迷惑している。それはもう、私の子どもに生まれてきた運命だからしょうがない。


 

 二階に娘家族が三人で暮らし、一階が私です。だから怖いってことはないですね、泥棒の方が怖がりますから。怖いことはないけど、非常に孤独ですよね。夜より昼間ね、誰ともしゃべらないでしょ。お手伝いさんはいるけれど、あちらはあちらで働いていますしね。娘や孫とはそんなにしゃべることもないし、向こうもそれほど二階から降りてきません。

 百歳の孤独というのは、育ち方には関係ありません。どんな育ちをしたって、百歳になればひとりぼっちですよ。受け入れるしかないですね。だって、「あなた、そんな生活してたら寂しいから、少し協調性を持ってやりなさいよ」と言われても、できないものはしょうがないですから。

 孤独と折り合うということはできません。できないから、踏ん張って受け止めている。耳が聞こえないのを怒ったってしょうがないでしょ。だから聞こえるフリをして生きるという。その程度の苦労は、してるんですよ。

 書く力がある時は、孤独などどうでもよかったんです。ところが書くことができなくなってきたの。書いても、読み返すと気に入らないしね。原稿用紙は机の上で真っ白なまま。仕事ができれば一人は最高のことなんですけど、できないから。そうすると、することがない。だから早く死にたいなと、思います。

佐藤愛子100歳の心持ちとは

 心持ちって言ったら要するに、友達がいなくなって寂しい、ですね。百歳になると、友達がいなくなってしまう。作家仲間なら中山あい子にまず会いたい。川上宗薫と遠藤周作にも会いたいですね。

 若い時の寂しさは解決できる寂しさなんです。この年になったら解決できない。賑やかなところへ出ようにも、一人じゃ出かけられない。来てもらうしかないわけです。だからインタビューとか打ち合わせとかうれしいです。とても賑やかだから、気分がいいですよ。

 作家でいうと、そう、司馬遼太郎さんとは同じ年ね。五黄の亥。猪突猛進です。大衆向きの占いの本を読むと、必ず「向こう見ずで突進する」と書いてある。そしてやはり「孤独だ」ってありますね。

 当然でしょうね。言いたいことを言ってるから。司馬さんも「俺はあいつ嫌いなんだよ」って言ったりしてました。大阪の人ってこともあるでしょう。私は兵庫ですが、あの辺の人って言いたいことを言いますから。

 作家同士の楽なのは、作品について「あれはよくない」とか言っても怒る人が少ないことです。率直なアドバイスのつもりだし、相手もそう受け止めてくれる安心感がある。

 でも、親しくしていた女性作家が急に冷たくなったことがあって。きっと私が言ったかハガキに書いたことが気に障ったのだろうと思うけど、わからないから釈明のしようがない。面倒くさいからそのままにしました。おしゃべりな人間には、よくあるんですよ。

 うちの娘など、私を反面教師にしてますから、急にわけもわからず友達が冷たくなるなんてことはないと思いますよ。ええ、娘も孫も、私とタイプが違うんです。

 父の紅緑はもっとひどかったですよ。「笑い方がいかん」とか、それが嫌う理由でしたから。でも私は、反面教師にはしなかった。仲間ですね。私、父にそっくりですよ。それでね、母にもそっくり。母は「備えあれば憂いなし」が標語のような人でした。私も心配性なんです。

「ぼけていく私」というタイトル

 これ、なかなかうまいタイトルだけど、やっぱり「ぼけていく私」っていうのは、きつい悲しい言葉ですね。ぼけていっていることを認識しないでぼけている人がいるでしょう。あれは楽でいいけども、私みたいに、ああもうだめだって思ってばかりっていうのもつらいですよ。ぼけているってことが、わかるから。

(このタイトルは)衰えと闘っているイメージなんですか。へー。闘っているというより、つぶやいている感じですね、自分としては。ぼけていくっていうのは現在形で、衰えていくことを認識している。そのやりきれなさを、本人は感じるわけですよ。だから、本人にしてみれば、一歩踏み出したタイトルですよね。

「ぼけているように見えない」と言っていただくけど、そうね、今日などはわりと機嫌がよかったからぼけていないんじゃないですか。体調もあるかもしれないですね。疲れてる時は、こうはいかない。でもそれよりも、お話の波長があったんですよ。いつもはその椅子に座って、あほうのように庭を見ているだけですから。

構成 矢部万紀子

佐藤愛子(さとう・あいこ)
1923年大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。小説家の佐藤紅緑を父に、詩人のサトウハチローを異母兄に持つ。69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、2000年、65歳から執筆を始めた佐藤家3代を描く『血脈』の完成により第48回菊池寛賞受賞。15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。17年旭日小綬章を受章。

響子(きょうこ)
杉山響子 1960年生まれ。玉川大学文学部卒。両親の離婚後、母の佐藤愛子と暮らす。著書に『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』『憤怒の人 母・佐藤愛子のカケラ』。

桃子(ももこ)
杉山桃子 1991年生まれ。立教大学文学部卒。「青乎(あお)」名義で、映像や音楽作家として活動する。著書に『佐藤愛子の孫は今日も振り回される』。

母が法律だった……娘と孫が明かす「支配して愛した」佐藤愛子の子育てとは〉へ続く

(佐藤 愛子,杉山 響子,杉山 桃子/ライフスタイル出版)