亡き妻への感謝を語ったポール・マッカートニー(ロイター)

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 ミュージシャンのポール・マッカートニー(83)が、妻の故リンダ・マッカートニー(享年56)さんが、1970年のビートルズ解散の苦難を乗り越える上でどのように支えてくれたかについて明かした。米ニュースサイト「ページ・シックス」が5日、報じた。

 ポールは最新ドキュメンタリー映画「ポール・マッカートニー:マン・オン・ザ・ラン」の中で、監督のモーガン・ネヴィルに対し、ビートルズ解散後の人生や、98年に亡くなった愛妻リンダから教わった「あまり神経質にならないように」という言葉が、どのように自分の心の支えになったのかについて語っている。

「仕事を失うような状況では、すぐに神経質になってしまう」とポールは語りつつ「彼女の言葉で一番印象に残っているのは『ああ、どうしよう。あれもこれもやりたいけど、できない。できない』と僕が言うと『それは許されるのよ』と言ってくれることだった。まるで肩の荷が下りたような気分になった。許されるんだ。もちろん許される。そういう言葉に本当に感銘を受けたし、実際よりもずっと多くのことが許されていると思わせるようになった」と感慨深く語った。

 リンダとポールは67年に出会った。当時リンダはカメラマンとして働いており、2年後の69年3月に結婚。結婚生活を通して、2人はメアリー、ステラ、ジェームズという3人の子供を授かった。

 ポールはドキュメンタリーの中でリンダを「解放的な影響力を持った人物」と呼び、彼女はニューヨークの高級住宅街で育ちながら「いわゆる会社員の妻になる道を歩んでいた」ものの、それは彼女が望んだことではなかったと語った。

「彼女はロックンロールが好きで、夜遅くにこっそり家を抜け出して、ボーイフレンドとニューヨークまでドライブに行くようなことをしていた。だから彼女の考え方には自由さがたくさんあって、それは僕にとって本当に良かったと思う」とポールは語った。

 ビートルズ解散から数年後、ポールはウイングスを結成し、リンダはキーボーディストとして正式に加入し、ボーカルも担当した。

 ウイングスはその後、「バンド・オン・ザ・ラン」「リヴ・アンド・レット・ダイ」「マイ・ラブ」などの大ヒット曲を連発し、グラミー賞を2度受賞するなど、1970年代を代表するバンドの1つとなった。

 ポールは当時を振り返り、音楽を聴いて「リンダから聞こえてくる美しいハーモニー」を耳にすると、今でも彼女の才能に畏敬の念を抱くと語っている。

 ポールとリンダは、リンダが乳がんとの闘病の末、98に58歳で亡くなるまで、約30年間結婚生活を送っていた。

 BBCラジオ・スコットランドの番組「リッキー・ロス・ミーツ」のインタビューで、ポールは彼女の死後「1年ほど断続的に泣き続けたと思う」と語っている。